第15話 はるひ
連載を始めて一年が経ちました。
続きが書けていませんが、頑張って更新を続けたいと思います。
放課後、クラスメイト達が各々部活へと向かっていく。
この日香織に助っ人を頼んだのははるひだった。
「香織、今日はうちの部に来てくれないかしら。新入部員の指導をして欲しいんだけど。」
「えー今日はちょっと…。」
はるひのお願いに、香織は渋っていた。
休み時間、由梨乃に連れられて優介と話し、とりあえず情報共有の協力体制を作ったが、香織はあまり期待していなかった。優介との過去を無かったことにできず、許せない気持ちの方が強かったのだ。また、昨日由梨乃の両親から自分の両親や優介の父との話を聞いたばかりのこともあり、気持ちの整理をつけたかったのだ。
「何か用事があるの?」
「何も無いけど…。」
「じゃあ行ってあげなさいよ。」
「茶道部ばかりじゃ申し訳ないし、息抜きがてらどう?」
「勉強の後は運動ってことで。」
由梨乃は香織の気持ちを知ってか知らずか、やけに笑顔で勧めてくる。
「お願い!今日顧問やコーチの先生達皆職員会議で来ないからさ。」
千佳と花音にも促され、香織ははるひに引きずられる形で部活に行った。
はるひと香織はグラウンドにいた。
はるひは中等部の頃から陸上競技部で短距離選手として活躍している。香織を誘ったのは、彼女も中等部でこの部の部員だったからだ。
中等部で本格的に始めた二人は、どちらも部のエースだった。香織に至っては全国大会出場経験もある。
はるひはいつでも香織が助っ人に来られるよう、彼女のユニフォームとスパイクを常備している。
「あー、足が痛い。」
「靴が合っていないんじゃない?」
「買ったばかりなのに。」
トラックの内側でしゃがみ込んでいる女子部員達がいた。
「どうしたの、朱里。」
はるひが朱里と呼んだ女子部員は、今年高等部に進学した一年の入江朱里だ。一緒にいるのは、同じく一年の山科みちる。二人とも中等部からこの部にいる。
「はるひ先輩、か、香織先輩まで!」
「あの、朱里のスパイクが合っていないみたいで。」
「見せてみて。」
香織が入江のスパイクを見る。香織と同じものを履いていた。
香織は彼女の靴の靴紐に注目した。
「入江さんは足が大きいから、靴紐をアンダーラップレーシングにしてみたら?」
靴紐の結び方には大きく二通りある。一つはアンダーラップレーシングと言い、穴の下から上に靴紐を通す方法だ。圧迫感が少ないため、長距離ランナーに適していると言われる。もう一つはオーバーラップレーシングと言い、穴の上から下に紐を通す方法で、締まりが良く緩みにくい為、短距離ランナーに適している。
ここにいる四人、香織、はるひ、朱里、みちるは、皆短距離が専門の為、オーバーラップレーシングの方法で靴紐を通している。
「でも香織、入江さんは短距離専門よ。その結び方だとどうかしら。」
はるひの問いに、香織は言った。
「私が履いているスパイクと同じだけど、これ、割ときつめなの。彼女の場合、足のサイズや形状からすると、ちょっとゆとりがあった方が足を痛めなくて済むと思う。陸上やるなら、足は大事にしないと。」
朱里は「早速やってみます!」と言い、靴紐をほどき始めた。
隣でみちるも様子を見ていた。
進級して初めて陸上部の練習に来た香織は、大歓迎を受けた。
同じく二年の大原美希もその一人だ。
「今年は香織とクラスが離れちゃったから連れて来られなくてどうしようと思ったけど、はるひが一緒だったわね。」
「そうよ。その為の私よ。」
「うるさい。」
部員と共に準備運動やトレーニングを一通り終えた部員達は、それぞれ専門競技の練習へと別れた。短距離はこれからレース始めるようだ。
はるひに呼ばれた香織は、スタートラインに着く。同じレーンには、美希もいた。そして部員の合図で駆け出した。
香織はセミロングの黒髪を軽やかになびかせ、風のように颯爽と走る。それを追うはるひや美希、他の部員達。
あっという間に香織が大差を着けてゴールした。
「香織、相変わらず早いわね。」
息を切らしながらはるひは言った。
「中等部の頃に比べたら、大分遅くなったよ。」
「それにしてはまだ余裕そうじゃない。」
「こんなに息切らしてるのに?」
はるひほどではないが、香織も息が上がっていた。
元々スポーツ万能な香織だが、その才能が開花したのは陸上だとはるひは思っている。
それをあっさり辞めて高等部では帰宅部を選んだことを残念に思い、必死で引き留めたこともあった。
「ねえ、何度も言ってるけど、また部活に戻って来てくれない?香織ならすぐエースになれるし、部としても実力が上がるわ。」
「助っ人なら考える。」
「部員達も香織が戻って来てくれるのを待ってるんだけど。」
一緒に走っていた他の部員も、香織が走っていた様子を見ていた部員達も、はるひの言葉にうなずいている。
だが香織は首を縦に振ることは無かった。
幼稚園からの馴染みである香織は、はるひにとっては由梨乃や千佳、花音と共に過ごす大切な友人の一人だ。
名家御用達のこの学園で、由梨乃の付き人という立場で在籍しているが、ただの主従関係ではないだろうと思っている。どういう理由かはわからないが、由梨乃の家に居候しており、二人の仲には入れないと思うこともあったが、それは他の二人も思っていたらしい。
ただ、それで自分達の関係が変わるわけでは無いと、時を重ねて思うようになった。
成績優秀、スポーツ万能、冷静沈着で頭脳明晰。一見すれば彼女は完全無欠のようにも見えるが、はるひは時折見せる少し寂し気な顔が気になった。事故で亡くなったという両親を思っているのか、それとも別のことなのか。中等部に進学し、同じクラスになったり、一緒に陸上部に入部して、共に過ごすことが増えてから気付くようになった。
部活では短距離走専門で、エースだった。誰も彼女に勝てない。はるひも走りには自信があったが、彼女の背を追い駆けることで精一杯で、追い抜くことはできなかった。高等部に進学しても変わらないだろうと思った。
ところが香織は部活をあっさり退部してしまった。大会でも負け無しだったのに。顧問の先生とも何度も引き留めたが、高校ではやらないと一点張りだった。コーチの先生は黙って見ていただけだった。
これには由梨乃や千佳達も残念がっていたが、引き留めることはしなかった。
だから、たまに部活に顔を出してと頼み、時々助っ人に来てもらうようにしている。
顧問やコーチの先生がいる日は、勧誘がしつこいなどの理由で来たがらないので、敢えていない日を狙って来てもらう。
こうしてはるひは香織が陸上を離れないようにと、勝手な願いでつなぎとめていたのだった。
香織は翌日もはるひのお願いで陸上部の助っ人に行くことになった。
香織は更衣室に入ると、先に来ていたはるひの他に、昨日靴紐の指導をした高等部1年の朱里とみちる、同級生の美希がいた。はるひが香織のユニフォームとスパイクを渡そうと自身のロッカーの鍵を開けるが、無くなっていた。
「あら、香織のスパイクが無い。」
「え?よく探した?」
「見てみて。」
はるひに促され彼女のロッカーを見ると、整理されたロッカーの中には、確かに香織のスパイクが見当たらなかった。
「残念、今日はできないわね。」
香織はにやりと笑ったが、はるひはあきらめきれなかった。
「そんなはずないわ!確かに置いてあったし、鍵もかけておいたのよ。ねえ、誰か知らない?」
更衣室にいる部員達に尋ねるが、皆首を横に振った。
皆ユニフォームに着替えるところだった為、ロッカーや椅子などに制服や鞄などが散らかっていた。因みにユニフォームは皆同じデザインである。
はるひは三人に断り、荷物を探る。
他の部員達も自分のロッカーや荷物、他の用具入れなどを探し始めた。
香織は仕方なくはるひに事情を聴くこととした。
「はるひ、私のユニフォームは昨日使った後どうしたの?」
「洗濯して自分のロッカーに入れたわ。」
「香織、自分のユニフォームをはるひに洗濯してもらってるの?」
「私が勝手にやってるから気にしないで!」
美希の問いにはるひが答えた。香織が使っているスパイクは自分のではあるのだが、ユニフォームははるひのだった。自分が使わせてもらっている為、当然香織が洗濯すべきなのだが、はるひが譲らなかったのだ。
香織は美希の疑問には苦笑いするしかなかった。
「ロッカーは鍵もかけたのよね。」
「もちろん。朝登校してからここへ来て入れておいたもの。」
「ロッカーを開けっぱなしにしていた時間とかある?」
「せいぜい五分程よ。香織が来るちょっと前にトイレに行って離れたくらい。」
更衣室は部員達の荷物で散らかったままだったが、とりあえずこのままにし、香織は一つひとつの荷物を確認することにした。
「まずははるひの荷物ね。」
ロッカーの中には彼女のユニフォームとスパイク、タオルが入っているだけだ。
次に他の部員達のも見ていく。
朱里は、ユニフォームに着替えたばかりで足元はスパイクに履き替えている。ロッカーには制服がかけられていた。通学鞄とローファーも入っており、部活の準備万端だった。
みちるは、着替えるところだったようで、まだ制服である。ロッカーに通学鞄を入れたばかりだった。運動鞄には、ユニフォームが二着とスパイクが入っていた。
美希は、ユニフォームとスパイクを運動鞄から出したばかりだった。
「香織、正直ユニフォームは皆同じだし、スパイクも被っている人はいるけど皆じゃないわ。なんで無くなったかはわからないけど、そもそも自分で管理していない香織や、預かっていたっていうはるひの問題じゃないかと…。」
美希は言いづらそうに目線を反らした。
美希のいうことはもっともだ。香織自身、自分がいくら助っ人だからとはるひに管理を任せていたのだから。
この場に気まずい雰囲気が流れる。後輩達も居心地が悪いだろう。
香織がふと目線を足元に向けると、違和感を覚えた。
「ねえ、そのスパイク、もしかして私のじゃない?」
香織が言った相手は、朱里だった。
「え、何でですか。」
「香織先輩、確かに朱里は先輩と同じスパイクでしたけど。」
朱里の返答にみちるも反論する。
「確かに香織と同じね。そういえば昨日、そのやり取りしたわよね。でもそれがどうしたの?」
「ただ同じスパイクだからと言っているわけじゃなくて、結び方のことを言ってるの。」
「え?」
朱里が今履いているスパイクの結び方は、穴の上から下に紐を通すオーバーラップレーシングだった。昨日彼女は足が痛いと言い、香織の助言で穴の下から上に紐を通すアンダーラップレーシングの結び方に変えていた。
「私、割と足が小さいから、あなたの足のサイズだと、きっと窮屈で足が痛いんじゃない?」
朱里はスパイクを脱いだ。足の指が少し曲がって痛そうな様子だった。
「どうしてこんなことを。」
はるひは彼女に尋ねた。
「すみません。昨日家でもトレーニングする為に持って帰ったら持ってくるのを忘れてしまって。今日も香織先輩が来るとは思わなかったですし、先輩みたいに早く結果を出したくて。」
泣きじゃくる朱里の背中をみちるはさすっていた。
「だからと言って、人のものを黙って持っていったら駄目でしょ。」
「サイズが合わなくて痛い思いをしてまでやることではないわ。もし忘れたら他のトレーニングをする手もあるわけだし。」
腕を組んだ美希は呆れており、はるひは一年の二人をなだめていた。
「香織先輩に憧れて中等部からこの部に入りました。先輩と同じスパイクにしたのも、目標にしていたからです。だから先輩はどんな感じで走っているのか知りたくて、ちょうどこの機会に…。」
朱里のやったことに対しては、香織は何も思っていなかった。自分を慕う後輩がいたことに少しの嬉しをさを感じつつも、自分は憧れられる存在ではないと思っている。
「私はただ無心で走っているだけ。何も考えていない。入江さんはただ自分が思うように走れば良いのよ。」
その後、はるひの指示で朱里はスパイクの代わりに運動靴で行えるトレーニングを行うことになり、その指導を香織に任せた。彼女の的確な指導により、朱里は自信がついたようだ。次の大会メンバーに選ばれるように頑張ると意気込み、再度香織に謝罪した。
今回のことは大した事件でもなく、香織自身が大事にしたくないこともあり、その場にいた五人だけの秘密となった。
「香織、後輩がごめん。」
部活終わり、はるひは香織に謝った。
「別に悪気があったわけじゃないし、気にしてないけど。」
相変わらず無表情で答える。
「ありがとう。それで、こんなことがあっていうのもなんだけど、また助っ人に来てくれる?」
「別に構わないけど。今日はトレーニング指導だったし。」
「あと洗濯も。」
「面倒くさい。助っ人代と思ってやってよ。」
「えー!」
二人は制服に着替え、更衣室を後にした。
靴紐に関する資料は、下記サイトを参考しています。
作者は陸上競技に詳しくない為、実際と内容が異なる場合があります。
誤っていたら申し訳ありません。
https://www.asics.com/jp/ja-jp/mk/support/help/shoes/lace?msockid=39867175c79368eb13eb6096c6b169ea




