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第14話 利用

 翌日、いつも通り香織(かおり)由梨乃(ゆりの)は登校した。

 いつもと変わらず通りには花道が作られ、二人に憧れる生徒達が二人に手を振っていた。


「毎日こんなに歓迎してもらってんだな。」


 後ろから声をかけてきたのは、優介(ゆうすけ)だった。隣には朝練が休みだったというクラスメイトで学級委員長の(あおい)の姿もあった。彼はこの花道に自分達が入ることにためらいを感じ、優介の腕を引っ張って外れようとしていた。


「あら水無瀬(みなせ)君、葵君、おはよう。」

「おはよう、櫻井(さくらい)、か…日生(ひなせ)。」


 由梨乃は振り返って二人に挨拶をする。香織は優介を一瞬睨み、すぐ目線をはずした。

 優介は香織を下の名前で呼ぼうとしたことで香織に睨まれたことに気付き、すぐ名字で呼び直したが、彼女からは無視されている。

 そんな様子に気付く余裕のない葵は、おじけづいた声で優介の腕を引っ張り続けている。


「お、おはよう…。優介、俺ら今このタイミングでこの道通っちゃまずいって。」

「えー、ここ校門から校舎までの通路だろ。良いじゃん。」

「そういうことじゃない。」


 花道をつくる生徒達の目線は、乱入してきた男子二人に注がれている。


「あれがこの間の中間試験で櫻井様と日生さんの間に入ったという転校生?」

「例の一般生…。」

「格好良い!」


 外野の声は、次第に優介を見る黄色い声援に変わっていった。


「優介の人気もすげえな。一般生でこんな感じ、初めてじゃないか。」

「確かに。今まで聞いたことないわね。」

「へえ、そうなんだ。」


 由梨乃と葵が驚く一方、優介本人は興味がなさそうな返答をした。


「由梨乃、遅刻するから行くよ。葵君も。学級委員の二人が遅れたらだめでしょ。」


 香織が二人に声をかけると、一人足早に校舎に入って行った。

 由梨乃は「待って」と彼女を追いかけ、葵もそれに続いた。優介はため息をつき、香織の後姿を見ながら二人に続いた。


「おはよう。今日は四人で登校なんて、珍しい組み合わせね。」

「途中で水無瀬君コールになっていたけど、もうすでに学園中の人気者になるなんてすごいわ。」

「朝が更に賑やかになったわね。」


 教室に入ると、千佳(ちか)達が早速声をかけた。

 

 由梨乃と優介の後ろで気まずそうにしている葵は「優介は良くても俺はまずかったよな」とつぶやき、千佳達からは「我がクラスの学級委員長だから」と謎のフォローが入っていた。

 すると七人の元に声をかける人物が現れた。


「皆さんごきげんよう。」


 堂々とした立ち振る舞いの舟橋麗華(ふなばしれいか)が現れた。

 由梨乃はにっこり笑って「ごきげんよう」と返し、他のメンバーも無難に挨拶をする。


「先程の朝の花道、拝見しましてよ。まあ由梨乃さんと香織さんはいつものこととして、水無瀬さんは既にファンクラブがあるのですから、当然でしてよ。」

「ファンクラブ?」


 一同声が揃った。


「ええ。会長はもちろんわたくし。他に加奈子(かなこ)さんとあかりさん、高等部だけでなく中等部にもいますわ。」

「加奈子とあかりは絶対無理やり入れたでしょ。」


 千佳が反論した。


「一般生ながら成績優秀、先日の定期試験でも由梨乃さんを抜いて二位!中等部の頃に存じ上げなかったことが残念ですわ。」

「勝手にライバル視している由梨乃を抜かしたからっていう理由じゃなくて。」


 今度は花音(かのん)が反論した。


「それにアイドルのような端正な顔立ち、長身でスポーツマン体形。見惚れる方が多いのも納得ですわ。」

「ただ自分がイケメン好きなだけでしょ。」


 はるひも反論した。


「お三方は黙ってて。というわけで、陰ながら支えていきますので、何かありましたらわたくしにまでお申し付けください。」

「ああ、ありがとな。」


 優介は適当な返事で麗華に言ったが、彼女は顔を赤く染め、教室を出ていった。


「で、あいつ誰?」

「お前、知らないで適当に返事していたのかよ。」

「ああ。」

「舟橋麗華。旧公家の家系で、生粋のお嬢様だ。」

「いつもおんなじ名家だからって由梨乃と張り合っているの。」

「正直櫻井家とは比べられないんだけどね。」

「悪い人ではないのよ。ただプライドが高くて面倒なだけ。」

「笑顔で言うはるひが一番毒舌よ。」

「そう?」


 まるで興味のない優介に、葵は呆れ顔だった。

 千佳、花音、はるひが説明する。

 香織は輪に入らずそっぽを向いていた。

 そんな様子を見て、由梨乃はある決意をした。






 休み時間、由梨乃は香織を連れ、優介を人気のないところに呼び出した。

 香織は嫌々連れてこられ、不機嫌な顔をしている。


「で、話って。」

「実は、うちの両親や香織から聞いたわ。あなたのお父さんと香織のお母さんのこと。」


 由梨乃の言葉に優介は驚いた顔をしている。


「櫻井の両親、親父のこと知っているのか。」

「ええ。学生時代からの知り合いらしいの。香織のお母さんを通じて。」


 優介は腕組をして考え事をし始めた。


「そうだったのか…俺、正直あんま知らねえんだ。親父が『あの家』に出入りしていたこととか、この学園にいたこととか、か…日生の両親と交流していたくらいしか。」


 優介は再び香織の名前を呼ぼうとして名字に呼び変えると、由梨乃が笑った。


「もう香織のこと、名前で呼んだら?」

「それは嫌。もう『他人』だから。」

「まあこの場だけは良いでしょ。」


 香織は断固として認めないようだ。

 由梨乃は仕方なく妥協案を提示した。


「櫻井の両親も絡んでいるとは初耳だ。良かったら教えてくれないか。」

「ええもちろん。でも先に、今更だけど自己紹介するわ。直接話をするのは今日が初めてだからね。私は櫻井由梨乃。香織とは、両親を亡くした後から一緒に過ごしてきた、兄弟みたいな感じかな。両親同士がこの学園で学生時代からの親友だった関係で、香織をうちで引き取ったそうよ。でもその中に水無瀬君…もう名前で呼ぶわね。優介君のお父さんがいることを知ったのは昨日なんだけど。」


 ついでに葵と学級委員もやっているとさりげなくアピールした。


「俺は水無瀬優介。親父がこの学園出身って聞いて興味があって中等部に進学したけど、途中で親父の仕事の都合でイギリスに行くことになって、最近帰国したってところかな。香織とは中等部で同じクラスだった。親父が『あの家』に出入りしていたのは、遠縁だったからとかって聞いたけど、詳しくは教えてくれなくてよく知らない。今は関わりがないみたいだけど。」


 二人のやりとりを遠目で見ていた香織は、やっと口を開いた。


「でもなんでわざわざ『一般生』として入学したの?少なくとも、お父さんがこの学園出身なら、通常の方法でこの学園に受験できたと思うけど。」

「親父は『あの家』とは関係無いって言い張るし、そもそもこの学園に行くことを凄く反対された。受験するって言ったら親子の縁を切るとまで言われて。まあ、何とかおふくろが取り繕ってくれて、受験も入学も出来たんだけど。ただその際は『一般生』として入学することが条件だったんだ。皆みたいに名家の家とかだったらそんなに試験も難しくないみたいだけど、一般生は難易度が上がる。だから受かるはずないと思ったらしい。受かった時は親父だけ暗い顔をしていたよ。」


 この学園の入試は難しい。名のある家であっても、様々な条件や面接、筆記試験があり、ある程度の学力や教養が無ければいけないが、「一般生」はそれを遥かに超える。香織と由梨乃の父もこの学園の高等部から一般生として入学しており、それぞれ優秀な成績を収めていたと由梨乃の母、眞梨子(まりこ)から聞いていた。

 一般生ではない由梨乃やそこに居候している香織も幼稚園から在籍しているが、それでも受験時は色々と大変だった記憶がある。


「まあ俺は名家の教養みたいな教育を受けてきていないから、『一般生』であっても特に気にしていないけど。」


 香織に至っては、表向き「由梨乃の付き人」という立場である。しかし事件のこともあり両親のことは公にできず、名家出身の母は駆け落ちし実家とは無縁ということになっていることから、彼女自身は一般生と見られることもある。身寄りがなく、特殊な経緯で櫻井家の庇護下にあることから、名家でも一般生でもない中途半端な立ち位置となっており、それが原因で学園内で嫌がらせを受けていることもある。


「で、本題なんだけど、その香織の事件のことは知ってる?」

「ああ、多少は。親父が事件の新聞記事をスクラップしていたから、そこに書かれた内容とか、ネットに載っている情報くらいは。あんまり公開されていないみたいで、調べても詳しいことはわからなかったんだけど。」

「事件の真相を知るために、あなたのお父さんに会わせて欲しい。」

「親父に?」

「母のことをよく知っているみたいだから。『あの家』のことも。私は事件のショックでそれ以前の記憶が無くなった。だから、両親の話を聞けば、何か思い出すんじゃないかと思って。」

「それは構わねえけど…。」

「一応、私の両親からも連絡するとは言っていたんだけどね。念のため優介君にも伝えておこうかと思って。」

「ああ、香織の助けになるなら。」


 香織は優介を睨んで言った。


「今度は利用させてもらうから。」


 それだけ言うと足早にその場を立ち去った。

 残された由梨乃はため息をつき、優介は曇った顔をしていた。


「ごめんね、優介君。香織、あなたのことがまだ許せないみたい。」

「俺と香織のことも聞いたのか。」

「ええ。もちろん、他言はしないわ。」

「俺があいつをだまして近づいたのは事実だから、許せなかったり、恨まれたりするのは当然だし、仕方ない。自業自得ってやつだよ。」


 優介は頭を掻きむしりながら言った。


「でもまだ香織のことを?」


 由梨乃は香織への好意を感じる優介に好感を持ち始めていた。しかし、それとは裏腹に優介険しい顔をし始めた。


「イギリスにいた時、『あの家』に関連する人物と接触する機会があった。親父達は知らないけど。そいつが香織のことを狙っている。だから帰国した時、この学園に戻ることにしたんだ。」

「どういうこと?」

「今はまだ動きが無いから良いけど、何かあった時に香織を守れるようにしておきたい。」


 詳しいことはそれ以上言わなかったが、彼なりの香織への意思表明だった。そこに過去の後悔から来る反省や懺悔が含まれているのかは、由梨乃にはわからなかった。

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