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第13話 過去

部活を終えた由梨乃(ゆりの)と共に帰って来た香織(かおり)は、終始無言だった。

由梨乃は中間試験発表の頃からずっと香織の様子が気になっていたが、彼女の性格上、尋ねてもろくな返答が返ってこないことはわかっていた為、様子を見ていた。


「今日試験結果の発表だったわね。二人ともどうだったの。」


由梨乃の母であり、櫻井(さくらい)家当主である眞梨子(まりこ)が二人に尋ねた。


「香織は変わらず一位よ。私は三位に下がっちゃったわ。」

「あらそう。でも相変わらず二人とも好成績を維持しているなんて凄いわね。」

「ちなみに私達の間に入った人、最近来た転校生なの。一般生なんだけど、噂では編入試験も凄く良かったらしいわ。」

「転校生…?」

「それってなんていう子なの。」


眞梨子と、由梨乃の父で眞梨子の夫でもある京一(きょういち)が険しい顔をし始めた。


水無瀬優介(みなせゆうすけ)君という人よ。中等部にも途中までいたみたい。香織と同じクラスだったらしいんだけど、香織ったら全然覚えていなくて。」


由梨乃が香織を見るが、彼女は顔をしかめていた。

眞梨子と京一は香織に言った。


「香織さん、あなたには話さなければならないことがあるの。」


いつになく神妙な面持ちの二人に、香織は何かを察した。


この場には、櫻井夫妻、由梨乃と香織の四人が対面になるように座っていた。

両親が香織に話があると行った際、由梨乃は席を外そうとしたが、香織が引き留め、二人で聞くことにした。


「彼が学園に戻ってくることは彼の父親から話は聞いていたよ。でもまた香織君と同じクラスになるとは、あちらもきっと驚いているだろうね。」


京一は静かに言った。


「私の母と、優介の父のこと。何かご存知ですよね。今度こそは教えて頂けますか。」

「今度こそ?」


一人状況がつかめていない由梨乃は首をかしげると、二人が答えた。


「中等部の頃にも香織さんに聞かれたのよ。その、優介君が香織さんのお母さんのことや『あの家』のことを聞いてきたと。でもあの頃のあなたには、まだ早すぎると思って先延ばしにしてしまったの。ごめんなさい。」

「今回はきちんと話をしよう。私達が知っていることを。」






それは、櫻井夫妻が羽岡学園(はねおかがくえん)高等部に在籍していた頃の話に遡る。

眞梨子は四名家の筆頭である茶道の家元、櫻井家の一人娘として学園に在籍していた。一方京一は一般生として入学した優秀な生徒だった。

そしてその一学年下に在籍していたのが、香織の両親だった。


香織の母、木之本詩織(きのもとしおり)は国内随一の名門、木之本家の一人娘だった。あまりに高貴な家柄であった為、名家御用達の羽岡学園でも特別な存在だった。彼女は元来人見知りが激しく、控えめな性格であったこと、そして立場的に敬遠され、友達と呼べる存在がいなかった。そんな中、高等部に一般生として入学してきたのが香織の父、日生貴仁(ひなせたかひと)だった。彼は社交的で交友関係が広く、同じく一般生の先輩だった京一とも親しくしていた。

貴仁は、詩織の家を知ってか知らずか、気軽に話しかけていたという。詩織にとっては初めてのことであり、やっと友人らしいことができたと喜んでいたようだが、周囲からはそれはあまりに非常識で恐れ多いこととして貴仁は彼女と関わることを止められた。そして当時既に交際していた櫻井夫妻の協力を得て密かに交際を始めた。しかし身分違いであることから二人の関係は彼女の家からは決して許されないだろうと、二人が大学を卒業後に櫻井夫妻の協力の元、駆け落ち結婚をした。


というのが、香織が聞いていた話だった。


「実は、二人の交際に協力していたのは、私達の他にもう一人いたんだ。」

「それが、水無瀬大樹(ひろき)さん。優介君のお父さんよ。」

「大樹さんは、詩織さんの付き人だった。学園では、私達の一つ上、詩織さんと貴仁さんの二つ上の先輩だった。」


優介の父である大樹は、幼少の頃から詩織の付き人をしていたらしい。学園で友達がいなかった彼女にとっては、唯一頼れる存在でもあったようだ。詩織と貴仁との交際にも協力的だったと言う。

そして、駆け落ちの提案をしたのも、大樹だったらしい。


詩織と貴仁が大学に進学した頃、詩織に結婚話が上がった。名家の令嬢であればなんら不思議ではない。大学を卒業したら良家同士で結婚する者もいる。しかし詩織の場合、その相手が付き人の大樹だった。

どういう経緯で彼だったのかわからないが、貴仁と交際していた詩織は受け入れられなかった。大樹も彼女が今まで家のせいで我慢してきた様子を見てきたことから、彼女の想いを叶えようと考え、駆け落ちを提案したそうだ。

貴仁もそれに同意し、大学時代に計画し、卒業後すぐに実行したのだった。


以後、時折二人からは手紙が届き、二人の近況を知ることはできた。しかし居場所を知られぬように送り主の住所は書かれず、毎回異なる場所の消印が押されている為、二人がどこに住んでいるのかはわからず、返信はできなかった。大樹の元にも同様の手紙が二人から送られていたらしい。


櫻井夫妻が大樹と最後に会ったのは、二人が亡くなった時だった。

以後、電話やメールでの連絡をしており、四年前には息子である優介が羽岡学園に入学することになったこと、三年前に仕事の都合で家族とイギリスへ渡ること、そして今回帰国し、優介が羽岡学園に転入することになったという連絡を受け取っていた。中等部時代に香織と優介が接触したことや、今回の転入で二人が会うことがあるかもしれないということも聞いていた。






「私たちはご子息である優介君に会ったことはないのだけれど、四年前羽岡学園に入学することになったと連絡が来て。香織さんと会うために入学したと聞いたわ。だからもし接触した時、どうしようかと話し合っていたの。」

「まさか同じクラスになるとは思わなくてね。ただ香織君からも優介君からも、お互いの話が出なかったから、今はこのままにしようということになってね。それで前に聞かれたときは後回しにしてしまったんだ。すまない。」


香織と優介が親しい関係だったことは、二人の間での秘密である。由梨乃にさえ話していない。


「小父様、小母様、お話ありがとうございます。私が大樹さんにお会いすることができますか。」


香織は今度こそはしっかり聞いておかなければならないと思った。


「あちらも、あなたに会いたがっているわ。直接会って詩織さんのことを伝えたいと言っているの。」

「ただ、向こうは仕事の都合などで今すぐというのは難しい。最近までイギリスにいて、帰って来たばかりだしね。そう遠くないうちに、日程を調整しようと思っているが。」


香織は二人の返答に「わかりました」とつぶやくと、自分の部屋へ向かった。

両親の駆け落ちに関わっていた元婚約者。一見すると、母のわがままにしか聞こえない。だから香織はてっきり母の行動に優介の父は怒っているのではないかと思っていた。


名家の令嬢との婚姻、特に木之本家とあれば、家の名だけで縁戚関係になりたい者はたくさんいる。そんな中で付き人が婚約者として名が挙がるのは異例のことだ。そしてそれを本人に断られたのにも関わらず、駆け落ちを提案するまでしている。いくら母が家のせいで我慢してきたのを見てきたといっても、そんなに割り切れるものだろうか。

とにかく大樹に会って母のことを知らなければと思った。






色々考えを巡らせていると、部屋をノックする音が聞こえた。入ってきたのは由梨乃だ。


「ねえ香織、なんで水無瀬君と中等部の頃のこと覚えていないって言ったの。」

「別に…思い出したくなかったから。」

「彼は突然香織のお母さん…小母様のことを聞いてきたの?」

「それもあるけど…。」

「あるけど…?」


言葉を濁し始めた香織の様子がおかしいと思った由梨乃は彼女を追及した。香織は観念したように中等部時代の優介との関係を話した。


「えー!!ちょっと初めて聞くんだけど!!」

「ちょっと声が大きい。」

「そりゃあ大きくなるわよ!」

「…だって言ってないし。」


香織は慌てて由梨乃の口を手でふさいだ。

由梨乃は同じ屋根の下で暮らしている自分の知らないところで香織が恋愛をしていたとは思わず、興奮を隠せなかった。


「このこと、他に知っている人は?」

「いないと思うけど。あ、ちなみに小父様と小母様も知らないし。このことは誰にも言わないでね。千佳たちにも!」

「はいはいわかったわかった。」

「本当に?」

「ええ。で、どこに惹かれたの?」

「不可抗力。」

「で、別れた理由は?」

「親の話。まあ、もともと遠方に転校するっていうから遠距離も無理でしょう。海外とは知らなかったけど。」

「連絡先とか聞かなかったの?」

「それどころじゃなかった。まさかお母さんの関係者が身近にいるなんて思わないじゃない。」

「そうだけど…。でも今回が久々の再会だったに覚えていないって言ったのはフリだったということね。」

「戻ってくるともまた会うことになるとも思っていなかったし。それにあいつは木之本家のことを知りたくて私に近づいたのよ。」

「許せないと。」

「当然。」


香織は珍しく感情的に話していた。


「でも、水無瀬君のお父さんに会って、お母さんのこと聞きたいのなら、水無瀬君と嫌でも関わることになると思うけど。」

「わかってる。だから今度は私があいつを利用する。」

「利用って…。」


由梨乃は優介が来てから様子がおかしかった香織の謎が解けて納得した。また、香織がやけに彼に対する話が弾んでいる気がしたことも安心していた。


「珍しく香織がそんなに饒舌になるなんてね。確かに水無瀬君はもうすでに学園で人気者みたいだし、嫉妬しちゃうかもね。」

「違う!」

「でもこれで、また一つ事件が解決する手掛かりがつかめそうじゃない。早く、会って話が聞けると良いわね。」

「うん、まあそうだけど…。」


母のことを知る人物の手掛かりをつかんだ香織は、黒歴史を由梨乃に明かす羽目になったのだった。

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