第12話 出会い
遡ること4年前-。
香織は羽岡学園中等部に進学した。
幼稚園からの持ち上がりが多いこの学園では、中等部に入ると少しは新しい顔も増える。それは他校からの編入生や転校生、一般生も入るからだ。
新学期初日、学校の入り口にあるクラス替えの発表の掲示板には人だかりができていた。
香織、由梨乃、千佳、花音、はるひの五人は自分の名前を探し、報告し合った。
「私達五人、中等部で早速離れちゃうなんて。」
「でも香織とはるひ、由梨乃と千佳と私でとりあえず一人ぼっちにならなくて良かったじゃない。」
「それに初等部の時だってクラスが離れたことがあったじゃない。」
「今回は教室が結構離れているから、今までみたいに遊びに行きやすくはないわ。」
「まあでも学校行事では一緒になるかもしれないし。」
そんな話をし、五人はそれぞれ自分達の教室に向かって行った。
中等部の校舎は初等部の隣にある。校舎に入ったのは中等部に進学した今日が初めてだったが、校舎はどれも同じような構造の為、ほとんどの生徒は迷わず自分の教室にたどり着けた。
教室では新しいクラスメイト達が挨拶を交わし、賑わっていた。
とはいえ、ほとんどが初等部からの顔なじみだ。
「そうそうこのクラスにはね、一般生もいるらしいよ。なんと、中等部の入試試験では過去最高点でトップの成績!男子らしいんだけど、千佳の話によると、格好良いらしい。」
「何その情報。」
クラスメイト達の話題は進学したことよりも、一般生の話題が中心となっていた。
「羽岡学園の一般生の入試って難しいじゃない。だからそれをトップで通過なんて、どんな秀才かと思って。」
「羽岡学園に入るからには、それなりの度胸と学力があるってことでしょ。」
「相変わらず冷たいわね。才女の香織には当たり前かもしれないけど。」
新学期初日は出席番号順の座席になっており、日生香織の席の後ろは藤波はるひだった。
香織は後ろから話しかけるはるひの話に耳を傾けている。
すると教室を覗く見慣れない男子生徒がやってきた。
「ここって、中等部1年7組の教室で合ってるか?」
クラスにいた生徒は騒然となる。
「初めて見る顔だな。」
「もしかして、主席入学したっていう一般生って、君のこと?」
男子生徒達が彼に話かける。
女子生徒は見慣れない人物に驚くも、外見の良さからか、そわそわしている。
「一般生とかよくわかんねぇけど、俺、水無瀬優介。中等部からこの学園に来たんだけど…広いし、沢山教室があって迷っちゃってさ。」
軽い口調で話す彼は、水無瀬優介と名乗った。
「水無瀬って言ったな。俺、高辻葵。1年7組の教室はここだよ。よろしく。」
「そうか。よろしく。」
その様子を見ていたはるひは情報通の千佳へ報告ができたとわくわくしており、香織は頬杖付いて冷めた目をしていた。
「彼、水無瀬君って言うんだね。この学園では見ないタイプね。気さくそう。」
「そう?軽い奴にしか見えないけど。」
「もう、香織ったら。」
香織は細目で優介を見た。一瞬目が合ったように感じたが、転校生にも男子にも興味のない香織はすぐ目を反らし、はるひの会話を聞いていた。
優介は広い学園内を彷徨っていた。
「中等部1年7組ってどこだ…?」
独り言を言いながら、案内図を見て教室へ歩みを進めた。
「一般生」の優介がこの学園に来たのには、ある目的があった。目的の為に、ある人物に接触したかった。ただこの広い学園で見つけられるかわからないが、とにかく来てみたかった。
父が過ごしたこの学園に。
たとえその人物に接触できなくても、父がどんな思いでこの学園で学生生活を過ごしてきたのかを知ることが出来れば、それだけでも良いと思った。
父はこの学園で過ごした学生生活を一切語らない。聞いてもはぐらかされるか、怒られるかのどちらかだ。ただ良い思い出が無いだけならそこまでして聞こうとは思わない。しかし優介が何度も訪ねるには理由があった。
それは、その人物との関係性を知る為だ。
やっとの思いで辿り着いた教室に入ると、目的の人物がいた。
日生香織。
父の部屋で見つけた写真に写っていた少女。それについては少しわかったことがあった。彼女もきっと父の過去に繋がる何かを知っているだろうと思った。
まさか一発で本人を見つけるとは。
彼女と一瞬目が合ったようだが、すぐ反らされた。頬杖付いて、友人と話しているようだ。無表情というか、不愛想というか、あまり表情豊かではないようだ。
とは言え、探す手間が省けたと優介は安堵した。
翌日登校した優介は、中等部の正門の前にできる花道に驚いた。
花道を歩くのは、二人の女子生徒。前にいるのは大きな瞳に明るい栗色のパーマがかった長い髪を一つに結った可愛い少女、そしてその後ろを歩く、細身に黒髪セミロングの無表情の少女…香織だった。
その光景に驚き、呆然としていたところ、後ろから声を掛けられた。
「おはよう、水無瀬。どうしたんだ?」
「ああ、おはよう高辻。あれ、なんだ?」
優介は花道の光景を指さして葵に尋ねた。
「ああ、櫻井と日生の花道のことか。」
「何で花道?」
「櫻井は今この学園に在籍する生徒の中では一番の名家の令嬢。でも家柄を鼻にかけたりせず、優しいし気さくだし、容姿端麗、才色兼備。学園の憧れだからさ。」
「後ろにいるのは確かクラスメイトだったよな。あっちは全然そんな感じじゃないけど。」
「日生だろ。あいつは櫻井の付き人だからな。それにあいつは学園始まって以来の成績優秀。櫻井の家で一緒に暮らしていて、毎日一緒に登校している。」
「一緒に?」
「ああ。なんでも小さいころに両親を事故で亡くして、それで櫻井の両親が引き取ったって聞いているけど。親同士が知り合いだったとかで。」
「ふーん。」
優介は香織とどう接触しようかと考えていた。
多くの女子生徒は優介が学園では気さくで明るく社交的、そして一般生という物珍しさで話しかけて来てくれるが、彼女はそんな輪に入ってこない。葵達男子の話によると、初等部までは居候先である櫻井家の令嬢や、幼稚園からの馴染みの友人達という固定のメンバーで一緒にいることが多かったという。中等部ではその中でも唯一同じクラスになったはるひと一緒にいる。
まあ中等部は三年間ある。その間に仲良くなれば良いと思うようにした。
入学早々、各部が入部希望者を募っていた。羽岡学園では、中等部と高等部が一緒に活動している部が多い。香織が入部した陸上競技部もその一つだった。
「まさか香織が陸上競技部に入部するとは思わなかった。」
香織の隣にははるひがいた。
「そういうはるひこそ。確かにいつも徒競走一位だったけど。違う運動部に入ると思ってたよ。」
「私より足が速い香織が言うとただの嫌味よ。そういう香織こそ、なんで陸上部?」
「一番お金が掛からないと思って。」
「そんな理由?まあ重要だけどさ。」
それから香織は陸上では短距離走の選手として活躍し、一年生からずっと大会で輝かしい成績を取ることになる。
一方優介はサッカー部に入部した。クラスメイトであり、入学初日教室で挨拶をしてくれた葵の誘いがきっかけであり、元々地元のクラブでの経験もあってのことだった。
葵をはじめ、同じ部の同級生、先輩からも期待のエースとして活躍した。
中等部最初の中間試験が始まった。
学園一の秀才と言われる香織は、姉妹のように育ってきた由梨乃と共に、常に一位と二位を独占していた。初等部の頃とは勝手が違うとはいえ、中等部でも二人が上位二位になると予想していた。
そして試験が終わり、結果が発表された。上位者は順位と得点が張り出される。
誰もが一位は香織、二位は由梨乃だと思っていた。しかし番狂わせが起きる。
1位 日生香織 495点
2位 水無瀬優介 494点
3位 櫻井由梨乃 493点
「水無瀬って誰だ?」
「櫻井様を抜かすってどんな方?」
「しかも上位三人一点差って…。」
因みに五百点満点である。
予想外の結果に、学園では騒然となっていた。
「あの水無瀬君て、香織やはるひのクラスの人だったわよね!?」
「確か一般生で、入学試験トップだったと言う…。」
「7組が1、2位独占なんて、凄いわね。」
香織は由梨乃が落ち込んでいないか気になったが、彼女は間に入った彼のことが気になっているようだったので、気にしないことにした。
「香織のトップの座も危なくなって来たわね。」
「そうならないように気を付ける。」
優介も葵達と結果を見に行き、驚いていた。
「お前、こんなに頭良かったんだな…。」
「入学試験トップで入っただけあるよ。」
「へえ、そんなに凄いんだ。」
試験結果に驚く周囲をよそに、当の本人はあっけらかんとしていた。
「凄いとかじゃねえよ!あの二人はとんでもなく優秀なんだぞ!」
「それをまさか一点差で…。」
「もしかして日生を抜いちまうんじゃねえか。」
「へえ、じゃあ次はそうできるよう頑張るよ。」
いたずらっぽく笑う優介だったが、葵達は冗談に聞こえなかった。
そして次の期末試験では、香織と優介は同率一位の成績が貼り出され、更に学園内で話題となるのだった。
試験から間もない日の放課後、たまたま部活が休みだった香織は図書室にいた。部活が無い日や試験前はよくここで勉強や読書をして過ごしている。部活が再開されている日のこの時間帯に図書室にいる生徒は少なく、今日に限っては香織しかいなかった。静かな空間で本を選んでいたところに、ガラガラと扉が開く音が響いた。
「あれ、日生?」
声を掛けて来たのは、クラスメイトの優介だった。一般生で入学しつつ、早速中間試験では学園一の秀才である香織に次ぐ成績を取った人物だ。
「いつもここにいるのか。」
「ええ。部活が無かったり、試験前とか。」
「そうなんだ。部活って確か陸上部だったよな。」
「まあ。」
「文武両道ってやつだろ。凄いな。」
軽い口調で話しかけてくる優介を、香織は苦手に感じていた。
「この間の試験で早速二位になった人に言われても。」
「ああ。初回の試験だから結構頑張ったんだけど。俺が抜かしたっていう櫻井も成績優秀らしいな。良いとこのお嬢様って聞いたけど。」
「あなた、櫻井家を知らないの?」
「確か、国内有数の四名家に数えられる茶道の名家だっけ?葵達が教えてくれた。」
「そんなことも知らないのに、よくこの学園に入ったわね。」
「俺には関係ないからな。」
香織は飽きれてため息をついた。
「そうそう日生、この間のテストだけど、ここってどうだった?」
「何で私に。」
「俺より点が取れてるから、日生に聞いた方がわかると思って。」
「たかが一点でしょ。」
そう言いながら優介はこの間のテスト用紙を見せてきた。九十八点という点数が書かれていた。教えて欲しいと言った問題は、このテストで彼が唯一間違えたところだ。因みに香織はこのテストでは満点だった。
「これはここをこうすれば良い。」
聞かれたことに対し、香織は端的に説明した。
「なるほど。そういうやりかたもあるのか。ありがとな。」
そう言うと優介はテスト用紙をひらひらさせながら図書室を出て行った。
彼は何のために図書室に来たのだろうかという疑問を香織に持たせたのだった。
優介は香織が珍しく部活に行かず図書室に向かう姿を見かけ、着いて行った。優介は部活があったが、サボることにした。静かな図書室には本を探す彼女しかいなかった。これはチャンスだと思い、声を掛けた。
ただし会話は弾まないと思った。今まで特別接点が無く、集団の輪に入らず、あまり表情を出さないから。でも思ったより普通に会話ができた。これで彼女や知りたかったことがわかるかもしれないと思った。
しかし思った以上に彼女からは何の情報も出てこない。多分知らないのだろう。
そして最大の誤算だったのは、自分が彼女に惹かれたことだった。
それからというもの、優介は香織の図書室にいる日を見計らってか度々訪れては、勉強を教えてくれと頼み、気づくと二人で勉強を教え合う日々を過ごしていた。
居候とはいえ名家で養育されている香織と、一般生の優介。勉強の他に、香織はこの学園の人間関係、優介は学園の外の話をし、育ってきた環境が違う二人が惹かれ合うのに、そんなに時間が掛からなかった。
二人の関係は隠していたわけでは無いが、二人で会うのは試験前やたまに部活が休みになる時で、いつも人がまばらな放課後の図書室が多かったこともあり、気づく者はいなかった。
学園一の秀才と、異質な一般生の組み合わせは目立ちそうなものだが、教室で話すことは無く、この二人が親しい関係とは誰も予想していなかった。
その関係が終わったのは、優介が転校することになった時だった。親の仕事の都合で、家族で転居することになったのだ。
「香織、ごめん。俺、お前を騙していたんだ。」
優介の言葉に、香織は首を傾げた。
「騙していたって、どういうこと。」
香織の問いに、優介は目線をずらしながら言った。
「俺が香織に近づいたのは、香織の母親を調べる為だった。」
「私のお母さんを?」
香織は幼少期に両親を謎の事件で亡くし、両親の親友である櫻井家で生活していた。両親の事件は極秘であり、学校や周囲には事故死したと伝えていた。
そんな両親、特に母の話題を出され、香織は怪訝な顔をする。
「俺の父親と香織の母親は婚約関係にあったんだ。それを調べる為にお前に近づいたんだ。」
「婚約…?どういうこと…?」
香織は初めて聞く母の話に、警戒心を持つ。
「親父は、香織の母親と長年親しい関係だったらしい。結果的にお互い別々の相手と結婚し、俺達が生まれた。俺は偶然このことを知って、親父に詳しいことを聞こうとしたけど、話してくれず、それなら自分で調べようとして、お前に近づいたんだ。」
香織は母に婚約者がいたことを知らなかった。それどころか、母の婚約者の話など聞いたことがなかったのだ。
「残念ながら、私は両親に知っていることはほとんどない。それに、それを調べてどうするつもりだったの?」
「『あの家』を探りたかった。」
香織は目を見開いた。「あの家」とは謎多き名家だ。政財界に絶大な力を持ち、それ故黒い噂も多い。「あの家」という呼び名は、その家があまりに高貴な家で名前を言うことも恐れ多いという理由から、敢えて示した言い方である。
そして「あの家」は、香織の母の実家であった。
「あなたのお父さんがどういう経緯で母と知り合いだったか知らないけど、私は『あの家』のことは知らないし、ましてや幼い頃に亡くなった両親のこともほとんど知らない。知りたくもない!」
香織は珍しく声を荒げた。両親のことや「あの家」のことは、香織にとってはあまり聞きたくない情報だった。香織は事件の影響で記憶喪失となり、事件以前のことをほとんど覚えていない。
そして初めて聞く母の過去。父とは駆け落ちだったとは聞いているが、それは婚約者であったという優介の父を捨てたということだろうか。そうなれば、きっと彼の父は母を恨んでいるだろう。そうなれば娘である自分にも何かしらのアクションがあるはず。
彼の父は、自分達の関係を知っているのだろうか。知ったらどうなるだろうか。
珍しく香織は頭の中でぐるぐると思考を巡らし、動揺していた。
「ごめん。でも、香織のことが好きなのは本当だ。…その、きっかけが不純だっただけで。」
「そんな言い訳がましいこと言われても。」
香織は今自分がどういう顔をしているのかわからない。でも優介が悲しい顔をしていたのはわかった。
「香織のこと、本当に好きだ。だからこのことを隠したままじゃいけないと思って。」
「それなら言わないで欲しかった。」
「騙したまま香織と関係を続けることはできないと思った。」
「優介の言うことはもう信じられない。」
自分に近づいた理由が、両親や「あの家」絡みだったなんて。香織は利用された気持ちになった。
何も知らずにいた頃に戻れたら。
でも過去は変えられない。
夕日が寂しく二人を照らす。
「さようなら。」
香織は優介に別れを告げてその場を去った。
優介は伸びる影を見つめるしかできなかった。
そして現在-。
別れてからの香織は、優介との思い出に蓋をし、勉強や部活に勤しんでいた。その間連絡を取ることも無かった。むしろ連絡先を知らなかったし、聞かなかったのだ。
両親の親友でもある櫻井夫妻に一度尋ねてみたが、今はまだ話すのは早いと言われ、何も教えてくれなかった。
家に帰って来た香織は、自室にこもり、過去を思い出して溜め息をついた。
自分が思っている以上に優介との予期せぬ再会に戸惑っているのだ。
自分を騙して近づき去って、自分を守る為に戻って来た優介。
あの頃は思春期もあって、事件のことなど考える余裕も無かったが、今は違う。時が経つほど、両親の死が闇に葬られることに危機感を抱き、自分でも調べたりするようになった。
優介との再会は、香織の両親の死の真相が解かれる手掛かりになるかもしれない。
今度は自分が彼を利用しようか、と考える香織だった。




