額の印
チヒョンの臭いを誤魔化さなきゃ。
「さっきの女の人の臭いかも!」
私は地獄の番犬を自分に注目させる為、震える膝を抑えながら立ち上がり、「ほらっ」と両手を広げた。緊張と先程とは別の恐怖で全身が震える。
「いや。さっきの女と同じ臭いもするが何か違うニオイだ。姉ちゃんからもするが兄ちゃんの方が強く感じるな。地獄の臭いか?」
番犬がチヒョンに近づこうとした時、一匹の犬が口を開いた。
「その子達はさっきの女に襲われたんだから、同じ地獄の人間なわけないだろ。今夜は何件も処理をしているから臭いが酷くて鼻が狂ったのかもしれないな。兄ちゃん達。ちゃんとシャワーしろよ。臭いが染みつかないように。それとその服、捨てたほうがいいぞ。服についた臭いは染みついて消えないから」
どこからか遠吠えが聞こえる。
「今夜は忙しいな。これで五件目だ」
「ああ。全く何でこんな事になったんだか。死国の探知犬君達は俺達と違って鼻が悪いな」
「兄ちゃん達の寝どこまでついて行ってやりたいが、俺達はもう、行かなきゃならん。また襲われないように早く帰れよ。物騒な世の中になっちまったからな」
「あぁ。ありがとう」
地獄の番犬は遠吠えをしてから一斉に走り去っていった。
よかった。私は膝から地面に座り込んだ。
完全に地獄の番犬達の姿が見えなくなってからチヒョンが口を開いた。
「俺の服を着てたからいゆもニオイがするって言われたのかも。怖い思いさせてごめん」
「大丈夫。疑われた時よりも襲われた時の方が怖かった。ねえ、早く帰ろう」
私はチヒョンの袖を引っ張り、歩くように促した。
「おんぶしようか?」
足がまだ震えていて、恥ずかしい事なんて気にせずにおんぶをして欲しいが、チヒョンはまだお腹をさすって痛そうに歩いている。
「ありがとう、でも大丈夫・・・チヒョンも地獄にいた時はあんな感じだったの?」
さっきの人を見たら、チヒョンが少し怖くなった。
「いや。俺はあんなんじゃなかったよ。きっとあれは地獄から抜け出した人なんだと思う。地獄にいると噂を聞くんだ。死国の人間の魂を奪えば完全に死国の人間になれるとか、脱獄した地獄の人間の話とか。所詮噂だけど、どうやって抜け出しているのかはまだ誰も分からないみたいなんだ。俺がこっちに来た時は、目を開けたらベッドの上にいた。予定に入っていないって言われたから、元々地獄にいた事がばれるかと思ってドキドキしたけど」
チヒョンの言葉を聞いて、私はドキッとした。チヒョンも自分も予定に入っていなかった人間。ということは私も?
「私も、予定に入っていないって言われたの。もしかして、私も地獄の人間だったのかな」
「まさか。地獄の記憶なんて一つも無いんだろ?」
「うん。でも、地獄の番犬も地獄臭がするって」
「それはさっきの女の臭いだろ。それに」
チヒョンは立ち止まり、目線に合わせて屈むと、私の前髪をあげて額を見た。
「ほら、俺みたいに地獄の証がないから大丈夫だよ」
「そうだった」
自分の額を触っても焼き印がないので凸凹していない。少しほっとしたが、なんだかすっきりしない。




