ジン
「探したわよ!」
びっくりして振り返ると、キャリアウーマンが少しいらだった様子で立っていた。
「もう!私から離れないでちょうだい」
「すみません」
腕を掴まれたまま、キャリアウーマンの襟元にあるバッチと同じ模様がペイントされている、モスグリーンの四角い車に乗せられた。
「出発してちょうだい」
キャリアウーマンがそう言うと、運転手は「承知いたしました」といって車を発進させた。
車内は外の音もエンジンの音も聞こえず、振動もない。人が沢山いるのに、映画が始まる前のあの無音の数秒間がずっと続いている。
「あの」
映画館ではわくわくするあの数秒。この空間では少し怖い。
「すみません、名前を聞いてもいいですか?」
「私はジュリエンヌよ。ジュリって呼んでちょうだい」
「ジュリエンヌ?日本人ではないんですか?」
見た目が日本人っぽいし、日本語が上手だし、日本人だと思っていた。
「いいえ。日本人よ」
鞄からスマートフォンを取り出し、手に持っていたタブレットと交互に見ながら答えた。
「珍しい名前ですね。本名ですか?」
「本名はジンよ」
男の人みたいな名前。
「生まれたときは男だったから両親が男っぽい名前を付けてくれたのよ」
「えっ?」
さっきの建物にいる時も感じたけど、私の考えている事が分かってる気がする。
「女の子に見えるでしょ?性転換手術したのよ。生きてる時にっ」
今迄きりっとした顔しか見えていなかったが、少し口角が上がってなんだか嬉しそうに見える。
「そりゃもう、嬉しかったわよ」
「わ。やっぱり!ジンさんて、私が思っている事分かるんですか?」
もしかして、ベッドで目が覚める前に、変な物でも埋め込まれてるとか。私は自分の体を触て確かめた。それをジンさんが見て笑う。
「あははっ。何も埋め込んでないわよ。あと、ジンじゃなくてジュリって呼んでちょうだい」
ジンの方がなんだかしっくりくる。勝手にジンさんって呼ぼう。心の声が聞かれないように直ぐ他の事を考えた。
今どこに向かっているんだろう。行き先を聞こうと思ったが、ジンさんは忙しそうなので質問はせず、そのまま流れて行く景色を見続けた。うっすらと窓に映って見える自分の顔。だんだんと瞼が重くなりいつの間にか寝てしまった。




