代行人
顔を上げると、私の前に人間が立っていた。全く足音が聞こえなかった。
「はい、そうです」
髪の毛は黒っぽく、見た目は優しそうで柔らかい雰囲気の人だ。猿と同じ様にスーツを着ている。
「代行の依頼かい?」
その人は私の隣に座り、足を組んだ。
「いいえ。私も代行の仕事をしたくて」
「代行の仕事ねぇ。いゆさんは何歳で亡くなったの?」
「二十二歳です」
「二十二歳か。この世界では何歳?」
「零歳です。来たばかりで」
「申し訳ないけど、再生必須の人は、僕達の様な仕事は出来ないんだ。君の年齢だと難しいな」
「アルバイトも出来ないんですか?」
「死国にアルバイトは存在しないよ」
「そうですか・・・」
ホラールの為にどうしても地獄に行きたいし、せっかくのチャンスを無駄にしたくない。猿にした質問をこの人にも聞いてみようか。
少し沈黙が流れた後、先に代行人が口を開いた。
「どうしてこの仕事に興味があるんだい?」
その質問に私は考えた。友達の為に地獄に行きたいからと正直に言ってみようか。
「家族に会いたいとか?」
「あ。そうです!」
私は頷いた。
「そっか。いゆさんの家族は、命を無駄に扱った人間なんだね」
自分の家族を悪者にしてしまった。地獄に行くような人は私の家族にはいないのに。
月明かりに照らされた自分の影をみる。
「いゆさん」
名前を呼ばれて顔を向ける。
「嘘はいけないよ」
笑顔で言われたその言葉に、私は変な緊張をした。
「死国で商売をする上で嘘は決して使ってはいけない。もし君が永住人だったとしても、そういう子には余計この仕事は任せられないな」
嘘が駄目なら、正直に聞けば教えてくれるかも。
「地獄にはどうやって行くんですか?」
私が単刀直入に効くと、「地獄に行きたいのかい?」と代行の人は目を丸くした。
「いいえ。本当は行きたくないんですけど。友達の為に」
「友達って地獄にいる友達?」
「死国にいる友達です」
「この世界にいるのになぜわざわざ地獄に行きたいんだい?」
「友達の恋人が地獄にいるんですけど、」
そこまで言って私は考えた。
ペトラちゃんが地獄にいるから私はどうしたいんだろう。向こうは私の事知らないだろうし、私達は友達でもない。
あの時何も出来なかったのに、地獄に行ってスワンの様に首を絞められたら嫌だ。
スワンの首のあざはなかなか消えず、いまだにくっきりと手形が残っている。
「目的もないのに地獄に行ってしまったら、君も地獄の住人になってしまうよ。地獄に行く時は、自分自身の意思をしっかりと持つことが大切なんだ。地獄の住人や悪魔に心の隙を見せてしまうと、その隙間に入られて悪魔と契約をする羽目になってしまうからね」
その人の笑顔に鳥肌が立った。まるで私の魂も狙っているかの様。
この人、もしかして地獄の住人だったりして。
「もし、地獄の住人になる準備が出来たらまた連絡をしてよ。死国の住人になりたい子達は沢山いるからね。これ、連絡先」
そういうと、ポケットから緑色の紙に包まれた飴を一つ取り出した。
「飴玉が連絡先なんですか?」
「その包み紙に連絡先が書いてあるんだ。飴は美味しく食べてね」
「ありがとうございます」
よくは見えないが、確かに何か文字が書いてある。
「その飴、気分によって味が変わるんだ。悲しい気分の時には気分をあげてくれる味がするし、イライラする時は気分を落ち着かせてくれる味がするよ。変な薬は入ってないから安心してね」
疑ってはいないけれど、そう言われると怪しく感じてしまう。私は飴をまじまじと見た。
「今夜は月明かりをたっぷり浴びる事が出来るから気持ちが良いな」
立ち上がって背伸びをする代行人。
「もう少し、ここでいゆさんと話していたいんだけど、予約が入ってるからもう行かなくちゃ。またね」
「はい。ありがとうございました」
私も立ち上がりお辞儀をし、顔をあげると
その人はもうそこにはいなかった。
優しそうな人だったけどどこか不気味さのある人。
私は怖くなり、小走りで寮に戻った。




