二十分前
ホラールの呟くような小さな声が聞こえたのか、その子が振り返った。
「ホラール?」
「ペトラ!」
今度はしっかりとペトラと呼んだホラールはその子にかけ寄りそのままギュッと抱きしめた。
「もしかしてホラールの恋人だった人?」
私はスワンに聞いた。
「顔は見た事ないけど、同じ名前だからそうだと思うわ」
ホラールがペトラちゃんから体を離した。
「ペトラ、何でこんな所に?誰かを殺すなんてありえないし。もしかして…自殺、したの?」
「あたしホラールが死んじゃってとても寂しくて。何年経っても、ホラールの事が忘れられなくて。死んだらまたホラールに会えると思ったから」
ペトラちゃんの目から涙が流る涙をホラールが拭う。
「俺がいなくても大丈夫だって言たじゃん」
「そんなの嘘に決まってるじゃない!喧嘩をして、別れようって言ったあの日、いつのもようにホラールがそんな事言わないでっていうと思ったのに、まさか分かったっていうと思わなくて。本当に別れる事になっちゃってあたし後悔したの。だから夜に連絡したのに返事が来なくて。そしたらホラールが病院にいる事を知って急いで病院に行ったの!」
ペトラは泣きすぎて言葉が出なくなっている。
「だったら、嘘でも別れようなんて言って欲しくなかった。いつもその言葉は言わないでって言ってたのに。まさか、ここで再会するなんて」
ホラールは今にも泣きそうな顔をしている。
「こんな思いをするなら生きてる方がましだった。ホラール。お願い。助けて。あたし、ここにいるの辛いの。足も痛いし」
ホラールの胸の中で泣くペトラちゃん。足枷の付いている両足首はあざだらけでかさぶたには血が滲み出ている。
「助けてあげたいけど、俺の力じゃ・・」
「どうして?助けてくれるよね?」
困った顔でホラールがペトラちゃんの頬に優しく触れる。その時、イヤフォンから声が聞こえた。
『集合時間二十分前です』
「ホラール、もう戻らないと。結構遠くまで来たから時間もかかるだろうし」
チヒョンが落ち着いた様子で言った
「急がなきゃ!」
アムリは焦りが足に出ていて足踏みを始めている。
「ホラール」
ペトラちゃんがギュッとホラールの腕を掴んだ。
「ホラール!時間がないよ!僕達帰れなくなっちゃうよ!」
「でもペトラを」
「ペトラちゃんも連れて帰れないの?」
無理だろうけど、もしここから帰れなくなったらどうしよう。とりあえず歩きながら話したい。
「集合場所についた時点で先生がわかっちゃうんじゃないかしら。脚に重りも付いてるし」
「でもやってみなきゃ分からないよね?」
時間が気になり、私は早口になる。
「普通に考えたらやって見なくても無理だろ。見た瞬間に気付かれると思うよ。額に地獄人の証がついてるし」
ペトラちゃんの額を見ると確かに前髪の隙間から何か火傷のような痕が見えた。
「ホラール。その子を連れて行ったら、犯罪者になるよ」
チヒョンが冷静に言った。
「ペトラとまた一緒にいられるなら、俺はそれでも」
「ホラール」
それを聞いたペトラちゃんがホラールにぎゅっと抱きついた。
こんな状況じゃなかったらすごくロマンチックだろうけど、今はそれどころじゃない。直ぐにここを出発したい。早く戻らないと扉が閉まって死国に戻れなくなるのに。
「ホラールだけじゃなくて、この事を知ってる俺達も犯罪者扱いで地獄送りだよ。みんなは良いとしても俺は勘弁してほしい。俺は必ず再生してまた人間としての人生を始めたいんだ」
チヒョンが真剣な顔でそう言うと、アムリも口を開いた。
「僕も。僕もまた人間に生まれ変わってルーマニアを世界で一番幸せだって言われる国にしたい…。だからごめん。僕も連れて行きたくない」
「私も反対だわ。一人の為にみんなが助け合うのは素敵な事だけど、一人の為にみんなが犠牲になるのは素敵な事とは思えない」
三年も一緒にいたはずの二人がホラールに賛成をしない事に驚いた。自分だったら何とかして方法がないが考えて嘘をついても連れて行こうと言うかもしれない。
「酷い人達ね。こんなに愛し合ってるのに、あたし達の事を全然考えてくれない。そうよね。所詮他人事だものね」
ペトラちゃんはうつむいて言った。




