後悔
寮に戻り、静かに自分の部屋の扉を開けた。ホラールの言う通りスワンはまだベッドの中ですやすやと寝ている。朝ごはんを食べに行く話をしたので、スワンを起こさなければならないが、気持ち良さそうに寝ている人を起こすのはなんだか申し訳ない。かと言って先に食べに行く事も出来ない。少しだけ揺すってみようかな。足音で起きてくれればいいなと思い、私はわざと音を立ててスワンのベッドに近づいた。だが、起きる様子は一切ない。
起こすしかないか。
スワンの布団に手をかけた時、部屋の扉がドンドンドンッと激しく叩かれ、私の肩が大きく跳ねあがり驚いて振り向いた。勢いよく開く扉と、大股で部屋に入ってくるアムリ。アムリはまっすぐスワンの寝ているベッドに近づくと何の躊躇もなくがばっと布団をめくり床に投げ捨てた。
「もうっ!スワン起きてよ!毎週毎週遅くまで寝て!だから僕中国人が嫌いなんだよ!」
アムリの言葉を聞いて、喧嘩開始のゴングが聞こえた気がした。
元々起きていたかの様に、スワンはゆっくりと上半身を起こした。
「ちょっと、あんた。私の血を馬鹿にしたわね。私だってあんたの国なんて嫌いよ」
ぼさぼさの髪の毛とは反対に声は落ち着いている。
「なんでルーマニアが嫌いなの!いい人ばっかりだよ!色んなお城もあるし街並みは綺麗だし。僕はそんな所に行った事ないけどね!」
「そりゃね、世の中悪い人ばかりじゃないもの。ルーマニアだっていい人はいるでしょうよ。けれど、それはルーマニアに限った事じゃないわ」
スワンは鼻でふんっと笑った。ここは止めないと、と思うがなんと言って止めればいいのか…。二人がヒートアップしている所にホラールが私の肩にポンっと触れた。
「今日はこれくらいにして、早く学食に行こうよ。俺の腹もアムリの腹も我慢できないって言ってる」
その言葉に二人は「そうね」「そうだね」と何事も無かったかの様に静かになった。
アムリは自分で放り投げた掛け布団を拾ってベッドに綺麗にして置いた。
「アムリ、そこの櫛取って」
ベッド横のサイドテーブルに置いてある櫛を手に取りスワンに見せた。
「櫛?これ?」
「それの他にどこに櫛があるのよ」
さっきまでしていた喧嘩が嘘の様に普通に会話をしている二人。切り替えが早くてなんだか笑える。その様子を私は口を開けて見ていた。
「あの二人はいつもこうなんだ。いゆ、昨日から思ってたけど、よく口が開いているよね」
「あっ」
恥ずかしい。私には意識をしていないと口が開いてしまう癖がある。友達が隠し撮りをして送ってきた写真を見た時、すごく間抜けな顔をしていた。その瞬間から直そうと思っていたのだが、直す前に死んでしまった。何でこの癖を生きている時に直さなかったんだろう。初めて死んだ事を後悔した。




