心の赴き
アムリは落ち着いてきた様で、もう鼻をすする音しか聞こえない。やっと上げた顔の目は腫れてた。
「へへへ。なんか。ずっと泣いてたらいつ泣き止んだらいいか分からないね」
鼻声のアムリ。
「気分が良くなるまで泣いたらいいんだよ。いゆハンカチ持ってる?」
「持ってない」
私の答えを聞くと、チヒョンは自分のワイシャツの袖を伸ばし、涙で濡れたアムリの顔を、トントンと優しく拭いている。
「アムリは今まで泣いたことなかったでしょ。強いね。俺なんて妹の前で何回も泣いた事あるのに。妹に慰められた事もあったな」
優しく話しかけるチヒョンの言葉を聞いて、アムリはまた目に涙を溜め始めた。
「涙が出たいって言っているなら出してあげなよ」
アムリが三粒ほど涙を落した。
「地獄には悪い奴しかいないと思ってた。チヒョンみたいにこうやって優しく涙を拭いてくれる人もいるなんて、僕知らなかった」
チヒョンは涙を拭く手を一旦止めた。
「地獄にも色んな奴がいるんだよ。詳しく話したくないけれどね」
「あ。ごめん」
「でも、こんな風に目の前で沢山泣いてくれる人はいなかったな。俺に心を許してくれてるって事だよね。ありがとう」
チヒョンがアムリの頭を優しく撫でると、アムリは照れた顔をした。
「僕ね、泣いたら負けだと思ってたの」
「何に?」
「弱い心、かな。正直、僕も分からないの。負けだなんて、何かと戦っていた訳ではないのに」
アムリは出てきた涙が流れる前に自分の手で拭った。
「アムリ。チョコ食べる?元気になるよ」
チヒョンがスーツの内ポケットから食べかけの板チョコレートを出してパキッと割った。
「臭いを消す為に食べてるチョコなの?」
「普通のチョコだよ。何でもないそこら辺に売ってるチョコ」
アムリは口元に出されたチョコレートを口で受け取って食べた。私は手で受け取る。
「おいしい。ありがとう…チヒョン、ごめんね。僕、チヒョンが地獄の住人だって聞いてから何となく距離をとろうとしてたの。チヒョンの事は嫌いじゃないんだけど、地獄に行く人って妹をさらった奴らのイメージしかなくて、悪い人が本当に苦しめられて当然な所だと思ってたから。なのにそんな罰を受けずにこっちに来て、ずるいと思って、ちょっと嫌だった。でも、チヒョンは悪い事をしたんじゃなくて、悪い事をされて辛くなっちゃったんだよね。どうして代行人に選ばれたのか分かる気がする。チヒョンが死国に来てくれて、僕嬉しい。えへへ」
アムリは月明かりでも見えるくらい真っ赤な鼻と目を見せて笑った。
「俺も長男で生まれて、アムリと同じ様に妹がいるけど、アムリみたいなお兄ちゃんになってあげたかったよ。命がけで妹を守ってやったなんて俺は出来なかったからさ」
真実の話を知らないチヒョンが言った。
「あ。その話、それ、嘘なんだ。僕、本当は」
チヒョンはアムリの頬を両手で包み、自分の方に向かせた。
「妹を助ける為に大人と戦って死国に来たのなら立派に助けてるよ。きっと妹はアムリの命の分、幸せに長生きすると思うな」
「そうかな。そう、だったらいいな」
涙がぽろんとチヒョンの手に触れて落ちた。




