【紅】クリオ・リリック
クリオ・リリック。
内通者からの情報を参照した蔵書がそう敵の名を表示した。
「この前の青い精鋭さんとはまた違う、か」
言いながらメイズはその手に抱えるルーシィを離した。
「きゃ」と小さく声を漏らす。
が、すぐに安全弁がかかり、ゆっくりと墜ちていった。
『ノワレクォード』を抱えたまま、彼女は森に堕ちるだろう。
「君はとりあえず下で待っていて。私が負けたらあのお姉さんに塔に帰してもらってね。私が勝ったら“城”に連れて行ってあげるから」
そう言い放ち、メイズは『フラグナッハ』を構えた。
同時に戦闘モードへとシステムを移行させる。
コンバータを覆う装甲が飛び散り、異様に細くアンバランスな造りをした刃が露わになった。
“どうにも片手間でやり合える相手じゃなさそうだ”
そう言って剣を構えたメイズに敵、クリオの刃が猛然と突っ込んできた。
『フラウ・フラウ』と『フラグナッハ』が激突する。
衝撃の瞬間にメイズはコンバータより言語を展開。
敵の攻撃を剣身を中心に展開した耐衝撃で受け止める。
“魔剣に残ってた記録を見たよ、貴方、笑っていた”
――人を殺すときは、できるだけ笑って殺す
“貴方ような奴だけは! 人の命を何とも思っていないような奴は”
ぎりぎりと押し合いながら敵の言葉が聞こえてくる。
その身すらも焼き尽くさんとするかのような、苛烈な憎悪がそこには込められている。
「嫌いなのよ! 本当は! こんな場所に来るのも厭だった」
そう言い放つと同時にさらに『フラウ・フラウ』の出力が上昇する。
コンバータより吐き出される幻想がさらに濃く激しくなり、紅蓮の炎が『フラウ・フラウ』を中心に翼のように広がっていく。
「この力は――」
知る限り『フラウ・フラウ』の通常の出力ではこれだけの圧は考えられない。
考えられるとすれば、あの見慣れない追加兵装だ。
言うなればあの魔剣は『強攻型フラウ』とでもいうべき改造が施されているらしい。
“コンバータをわざと暴走させているのか、しかしこれでは剣士自身も焼きかねないぞ”
“どうでもいいのよ! そんなこと!”
「私の居場所は! アイツの隣にしかなかったのに! アンタはそれを踏みにじったんだ。笑ってさ! 恥ずかしくないのか!」
ヒステリックに叫びながらクリオは魔剣を振るう。
その強引な攻めにメイズの身体は弾かれる。メイズは舌打ちし、翼を展開。
ぐるりと一回りする世界。
敵の力を利用して距離を取ろうとする。
「にいいいがあああああすかああああああ!」
絶叫と共に再びクリオがやってくる。
その圧倒的な加速にメイズはぎりぎりのところで反応する。
紅い刃で燃え盛る炎の幻想に立ち向かわんとした。
「私は、アイツだけいれば! それでよかったんだ」
「――――」
「アンタにそんな人がいるか? いないだろう? いたら、あんな風に笑いはしない! 何も大切なものがないから! 喪っても笑っていられるんだ!」
「――――」
クリオの言葉に晒されながらも、メイズは戦っていた。
たった一人、この風のない雪原でメイズは戦っているのだ。ただ自らのために生き残るべく――
“そうかな”
そこに割り込む言葉がした。
“メイズさんは多分違うよ、そんな出来た人じゃない”
メイズはその声の主を見て声を喪う。
黒い修道服がゆらりと舞う。
その手に握られた魔剣『ノワレクォード』は、漆黒に染め上げられた幻想をコンバータより吐き出していた。
先ほど落としたはずのルーシィが、自ら魔剣を起動させて二人の間に割り込むように現れていた。
“それに貴方だって、そう”
彼女はそう呟き『ノワレクォード』を頭上へと掲げた。
“クォード・シフト”
その言葉と同時に魔剣の奥から――本当の刃が出現した。
◇
いつかの遠いどこかの場所で、一人の少女が不機嫌な顔をしてどこかを見ている。
「バカみたい。みんなで群れてさ」
そう語る少女の視線の先は黒いもやに包まれて見えない。だが少女は一人だった。
「私一人なら、もっとうまくできるのに」
場面が暗転する。同じ場所で少女がなおも、むすっ、とした顔を浮かべている。
けれども今度は彼女は一人ではなかった。少し離れた先に少年がいた。転びでもしたのか、ケガをして血が出ている。
「待ってよ、ねえクリオ」
そう情けない声で呼ぶ少年を前に少女は大きく息を吐いた。
“何が見えている”
メイズは脳裏を過る光景に理解が及んでいなかった。
さらに暗転。
場面が切り替わった先で、もう少しだけ大きくなり、騎士候補生の制服を着た少年と少女がいる。
「貴方とペアになったせいで、また補修」
「ごめんっ、本当に申し訳ない」
「……最悪」
ひら謝りする少年に対し、そう少女は漏らした。だが仕方がないといった風に、彼女は蔵書を広げた。どうやら共に肩を並べて学習するらしい。
“私の――記憶”
言葉が聞こえた。それは先ほどまで刃を交えていた敵のもの。
“こんなものを、こんなものを!”
暗転。
そこではまた少女は一人になっている。
何やら荘厳な装飾の取り付けられた手紙を手に持っている。
「確かに、一人の方がうまくいくんだけどね」
彼女は声を漏らした。そこに初めて、少女の声に不安の色が混じった。
どこか遠くにいるクリオは激昂する。
“私の中に入ってくるな!”
暗転。随分と大きくなった少年の隣で、少女がだるそうに座っている。
二人はしばし黙っていたが、不意に少年が口を開いた。
「よかったのかよ」
すると少女は答えた。
「よかったのよ」
二人は笑った。
“これは単なる記憶じゃないわ”
また別の言葉がした。今度はルーシィのもの。彼女は抑揚のない声で語る。
“これは過去。この世界に刻まれた言語”
暗転した先には、もう少年少女とは呼べなくなった二人がいる。
騎士候補生ではなく、正規軍の軍服を身に纏った彼らは会話を交わす。
「ずっと怖くて聞けなかったんだけどさ、俺がいなければ、もっと早くあそこに行けただろ、お前。でも何で――一緒にいてくれたんだ」
かつて少年だった男が尋ねた。
「そうかしれないわね」
それに対し、同じくかつて少女だった女が答えた。
「確かに私一人なら、もっと早かったかもしれない。でも一人だったら折れるのももっと早かった。きっと私は焦ってた。孤独で、焦って、嫌われて、仲間と呼べる人もできなかったと思う。アンタと一緒だったからこそ、見えたものがあったいうのもホントなのよ、サキト」
彼女がその言葉を告げると、サキトと呼ばれた男の方が、ピン、とその指で何かを弾いた。
“私の記憶を見て――!”
暗転、その先は機械伯の塔の戦いだった。
男は新型魔剣を奪うために襲撃してきたメイズに斬り裂かれ、絶命していた。
メイズはそれを見て、ニッと笑ってみせていた。
“私の記憶を見て、私を理解したつもりか!”




