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【紅】死んだよ

初めてメイズが死を経験したのは、あの窓の前のことだった。


「この前は春方しゅんぽう戦線に突っ込まれたとき、ケガしたらロクシェメリスまでかつぎこまれちゃってさ。しょうがないから女神像まで拝んでやったよ」

「自慢かい、それ。ていうか外様の君がなんでそんな手厚い治療を受けられたんだ」


“ヒュペーリオン”の本拠ビルはクォンテリアの中心部にある。

技術都市を標榜ひょうぼうするこの街は、技術発展のためならば何をやってもいいという事実上の無法都市にあたる。

本拠ビルの控室の窓から見下ろすその街はいつ見ても汚かった。

打ち捨てられたコンバータが濁った幻想リソースをばらまき、自身の身体をも人体実験の対象に使った脱法魔術師がうろつている。


「さぁ、よくわからなんが、いたんだよ。あの戦場には、なんつうか、嵐のようにこっちを助けてくれる猫女が」


そんな雑多な街を見下ろす形で、カールと親し気に話している男がいた。

名前はパンフィロ。メイズが以前、登録の場に同席した男だ。

彼は登録されて以来、カールとよく話していた。

この頃にはカールは既に“ヒュペーリオン”の一員として兵士たちを戦場へと送る立場にあった。

そうして仕事を続けていくうちに、馬が合ったのかカールとパンフィロは互いに時間を見てはこうして談笑していた。


「…………」


メイズはそれを遠くで見ていた。

彼女自身はパンフィロという男にはさして縁も興味なく、ただ兄であるカールの友人という認識だった。


“ヒュペーリオン”の一員として働きだしたばかりのカールは、その若さからいっても苦労しているように見えた。傭兵というのは大抵が表社会で生きていけないような、騎士崩れだ。

当然粗暴な人間が多く、侮られればそれを派遣する立場にあるカールの業務も立ち行かなくなる。


だから、ここしばらくはカールも目に見えて分かるほど気疲れしていたのだが、その窓の眼でパンフィロと話している間だけは別なように見えた。

戦場での環境の話だとか、新型の魔剣の話だとか、また全く別の賭場ゲームの話だとか、そんな話をしている間はカールも気が抜けているようだった。


「だからさ、カール。今度戻ったら、サインバックの方まで行って喜劇でも見よう。“アンナメリー”やら“冬の女王”やら……」


それから一年ほど経った頃だと思う。


メイズは窓の前で話しているカールを見つけた。

そのときの彼はやはり楽しそうに笑っていたことを覚えている。

違ったのは、話し相手だ。

パンフィロではなかった。

見たことのない男だった。

どこか軽薄な印象のあったパンフィロと違って、大人しい雰囲気のある男だ。

そんな彼があの窓の前で、パンフィロと同じようにカールと話している。

変に思ったメイズは、二人の会話が終わったあとにカールに聞いてみた。


「パンフィロはどこにいったんだ?」


するとカールは答えた。


「死んだよ」

「死んだ?」

「この前のアルノマ城攻略戦で、補給物資を護送中に異形バアバロイたちに襲われて死んだ。僕が知っているのはそれだけだ」


平坦な口調で彼はそう答えた。

別段重みのある口調ではなかった。

その口調のまま、彼は言った。勿体なかった、と。


「良い腕をしていたし、多少の面倒事も聞いてくれた。愚痴は多かったが、使い勝手の良い人ではあった。全くこれから大変だな」

「それでは、先ほどの人は?」


メイズが食い気味にそう問うと、カールは不思議そうに、


「アイツ? ディオネオか。ああ、最近登録されたばかりの兵士でね、アイツもまた愚痴が多いんだ……パンフィロと同じようにね」


……それがメイズが初めて経験した死だったように思う。

兄の友だと思っていた人間が――実のところ友などではなかったのだろうが――気付かぬうちに消え、それが別の誰かによって簡単に代替される。

兄にとって唯一無二に見えたあの窓の前での時間は、ただの仕事の一貫に過ぎなかった。

それを知ったとき、メイズは自分たちが“死の商人”と揶揄される理由も同時に理解した。



 ◇



風が、止んでいた。


「捕まった」


雪の森を飛ぶメイズは、自分たちが外れを引いたことに気付いた。

画面バイザーには十一時の方向から猛然と迫ってくる部隊がある。

蔵書データベース照合の結果、『フラウ・フラウ』の四騎編隊だということがわかる。


“すまない、メイズ。敵がそちらに行っている。第一陣の方は抑え込んでいるが、そっちは距離的に間に合わない。どうにか逃げてくれ”


カールの言葉こえも聞こえた。


“無理だな、『フラグナッハ』はそう足の速い魔剣じゃない。それに”


メイズは抱えているルーシィと『ノワレクォード』を一瞥した。


“荷物がデカい。幻想リソースも薄いし、逃げるだけじゃいずれ追い付かれる”


そう言いつつ、メイズは共に飛ぶケインやリットの様子を窺った。


“了解”

 

ケインは察したように言った。

同時にリットがぴんと親指を立てるのが見えた。


“女神様を逃がす。後ろからやっくる四騎はこっちで足止めだ”


ケインがそう言い放った。その言葉こえはその場にいた全味方騎に伝わり、部隊の総意となった。

どうやっても追い付かれるのならば、足止めするしかない。

メイズは彼らを盾にして安全な場所まで逃げおおせるのだ。


“ご武運を”

“そちらこそボーナスが貰えるぞ、死ななければな!”


そう言ってメイズは『フラグナッハ』のテクストコンバータを稼働させた。

魔剣より吐き出された言語テクストが円環となり空に浮かぶ。

メイズは機械仕掛けのウイングを展開。

加速魔術アクセルの中に飛び込み――加速した。

白と黒の世界。

みなを置いて彼女は飛ぶ。

空を切る鈍い音が耳に障る。

だが同時に、ひどく静かだと思った。


「なぁ」


途中、メイズはルーシィに声をかけた。


「なんでここまで着いてきたんだ、君」

「私?」


ルーシィは腕に抱えられたまま、メイズを見上げた。

これほどの速度で飛んでいるというのに、その瞳に恐怖の色は一切ない。

言語テクストが効いている今、仮にメイズが彼女を離したところで安全弁セイフティが発動するが、それでも普通は本能的な恐怖が湧きおこる筈だ。


にも関わらず、この民間人の少女は何も恐れてはいない。

まるで絶対に自分が死ぬことはないと、そう確信しているかのように振舞っている。


「なんで何もかも置いて、誘拐されるなんてことしたんだ。そんなにあの塔が厭だったのか?」

「違うよ」

「じゃあ、なんで」

「兄貴のため」


ルーシィは即答した。


「兄貴? 兄さんがいるのか? 君は」

「いるよ、貴方はいないの?」


カールの似合わない髭を思い浮かべた。


「いるな。実はさっき会ったあの男が、私の兄だ」

「そうなんだ。仲は良いの?」

「まぁ、悪くはないな」


どこか上滑りした、座りの悪い会話だった。


「私は兄貴のために来たの、ここまで。それ以上の意図はないよ」

「そうか、殊勝なことだ」


気持ち悪いほどに、とメイズは付け加えた。


「自分のためにしか戦ったことがない私にしてみれば、よくわからないよ」

「嘘」

「ん?」

「さっきも言ってたけど、嘘でしょ、それ」


ルーシィは、赤い瞳でメイズを見上げた。


「貴方は、自分より大切なもの、ある人でしょ?」


そう言うルーシィの声は、それまでと少し違う声色に聞こえた。


「私には、ないからさ……」


端的に言えば――彼女は今、ひどく寂しそうだった。


“メイズ、すまない!”


そこでふとケインの言葉こえが聞こえた。


“そちらに一騎行く。抜かれた! なんだこの、突破力、ただの『フラウ』じゃ――!”


そこで言葉こえが途切れた。

メイズは、はっ、と目を見開く。

同時に魔剣のグリップを操作。

探知魔術レーダー上にケインの反応を探るが、しかし既に彼の『リカッソR』の反応はなかった。


「墜ちたか、ケイン」


ぼそりとメイズは声を漏らした。

正規軍と真っ向からやり合うことになった時点でこうなる可能性は十分にあった。

そして彼をそんな状況に追い込んだのはこの自分だ。

“ヒュペーリオン”のメイズとして彼らの命を売り飛ばすことで、依頼主クライアントからの任務をこなし、自分たちは金を得る。


「君も古株だったからな。代わりを探すのは、大変なんだよ」


わかってるかい。届かないと知ってメイズは言葉こえを漏らした。

同時に彼女はウイングを羽ばたかせる。制動をかけ、減速。やってきた騎影と相対した。


“君か、うちの商品《、、》を傷つけてくれたのは”


ぼそりと呟く。振り向いた先に青い軍服を着た女がいた。

彼女の手元にあるのはピンク色に塗装された『フラウ・フラウ』がある。

コンバータには何やら見流れない追加兵装が取り付けられており、吐き出される幻想リソースの勢いを増幅させているようだった。

猛然と立ち昇る橙色の幻想リソースは、まるで苛烈に燃え盛る炎に見える。

そしてそれはクアッドの使っていた魔剣と同じ色だった。


アカい、魔剣士”

「ようやく見つけた」


敵の二つ言葉こえが震え、重なり合う。

その女は血で汚れた頬をうっとうしそうに拭った。

軍服にはところどころ煤がついていたがそちらは気にする様子すらなかった。

そして画面バリア越しに見えるその瞳は、剣のように研ぎ澄まされた純然たる敵意が存在した。


“あの人には渡さない! お前だけは、私がこの手で殺してみせる!”

「お前がサキトを殺したんだ! 私の! 私のサキトを!」


敵は、メイズへ糾弾の叫びを上げ、襲いかかってくる――

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