第26話 愛と衝撃の剣戟!語り合う刃と、真の相棒
キィィィィィンッ!!!!
訓練場に響き渡る金属音は、もはや一つの絶え間ない悲鳴のようだった。
青い雷光となって縦横無尽に地を駆けるフェルナンド王太子と、白銀の闘気を身に纏い、微動だにせずそれを迎え撃つエレノア・フローレンス。二人の火花散る攻防は、観客席の者たちの動体視力を遥かに置き去りにしていた。
「――素晴らしいな、エレノア!私の全力の連撃を、一歩も退かずにすべて受け止めるか!」
フェルナンドの長剣が、一瞬の間に無数の残像となってエレノアの死角へと襲いかかる。
王家最高峰の魔力によって加速されたその剣技は、まさに神速。並の騎士であれば、刃を見た瞬間に首が飛んでいる。フェルナンドは、一国の主君たるにふさわしい、紛れもない「最強のスパダリ」であった。
しかし――それを迎え撃つエレノアは、さらにその遥か上を行く「戦女神」であった。
「おほほほ!殿下の剣、とっても早くて素敵ですわ!ですが、我が家のライナスお兄様の『変則三連大車輪』に比べれば、軌道がとってもお上品ですわね!」
エレノアはコーラルピンクの、動きやすいように事前に裾を少し短くしたドレスのフリルを美しく翻しながら、三十キロの大剣を羽毛のように軽々と操っていた。
フェルナンドの放つ神速の刺突を、ある時は大剣の腹でミリ単位の狂いもなく弾き、ある時は優雅な社交ダンスのステップを応用したフットワークで、髪一筋の隙間でひらりと回避してみせる。
その姿は、凄惨な果し合いのはずなのに、息をのむほどに美しかった。
飛び散る火花は彼女のハチミツ色の髪を黄金に照らし、白銀の闘気は夜空に舞う星屑のように訓練場を優美に彩っていく。
「くっ……!」
フェルナンドの琥珀色の瞳が驚愕に、そしてさらなる歓喜に染まる。
彼がどれほど速度を上げようとも、どれほど魔力を練り上げようとも、エレノアという巨大な壁を揺るがすことすらできない。彼女の武の底深さは、まさに底なしの深淵。
(……ああ、なんて心地いいのかしら)
刃を交わしながら、エレノアの胸の奥には、今までに感じたことのない熱い感情が込み上げていた。
(実家でお兄様たちと戦う時は、いつも『殺るか殺られるか』の泥仕合。でも、殿下の剣は違うわ。鋭くて、冷徹で、だけど私のすべてを受け止めようとしてくれる、温かい意思を感じるの……。私のこの、誰にも理解されなかった『ゴリラ並みの全力』を、こんなにも楽しそうに、愛おしそうに受け止めてくれる男の人が、この世界にいたなんて――)
ドクン、と心臓が跳ね上がる。
それは恐怖でも、戦意でもない。フェルナンドという一人の男に対する、本物の、狂おしいほどの恋心だった。
「――殿下!私、殿下のことが、本当に、本当に大好きですわ!!!」
エレノアのハチミツ色の瞳に、真実の愛の炎が灯る。
次の瞬間、彼女の纏う白銀の闘気が、それまでの数倍の密度で爆発的に膨れ上がった。
「フローレンス流一刀術、二番――『春雷』!!」
エレノアが床を強く踏み込んだ。
ドゴォォォォン!!!
訓練場の分厚い石畳が放射状に爆砕し、彼女の姿がフェルナンドの視界から完全に消え去る。
「しま――」
フェルナンドが背後に気配を察知した時には、すでに遅かった。
上空から舞い降りたエレノアの、大剣の重さをすべて乗せた、容赦のない、愛の詰まった一振りが振り下ろされる。
バキィィィィンッ!!!!
フェルナンドが咄嗟に掲げた長剣の刃が、エレノアの圧倒的な怪力に耐えきれず、中央から鮮やかにへし折れて虚空へと舞った。
凄まじい風圧だけで、フェルナンドの身体が数メートル後ろへと吹き飛ばされ、地面を滑るようにしてかろうじて踏みとどまる。
勝負あり。
フェルナンドの首筋のすぐ横には、エレノアの放った白銀の大剣が、寸止めの状態でピタリと静止していた。彼女の背筋は、勝利の瞬間でさえ、完璧におしとやかに、美しく伸びていた。
「ハァ……ハァ……。……見事だ、エレノア。私の、完全な敗北だな」
フェルナンドは折れた剣の柄を落とすと、前髪をかき上げ、降参だと言うように両手を挙げた。その顔には、敗北の悔しさなど微塵もなく、己の最愛の婚約者が「自分を遥かに超越する最強の戦女神」であったことへの、誇らしげな、歪んだ至福の笑みが浮かんでいた。
「まぁ……!殿下、お怪我はありませんか!?私、大好きな殿下の前で、またこんな乱暴な真似を……っ」
大剣を放り出し、急に我に返って「やっちゃった」という顔で涙目になるエレノア。
しかし、フェルナンドはそんな彼女の元へ迷いなく歩み寄ると、その引き締まった細い腰を力強く引き寄せ、今度こそ本気で、熱く彼女を抱きしめた。
「もういい、もう猫をかぶるな、エレノア。お前のその圧倒的な強さも、美しさも、すべてが愛おしい。私の命も、この国も、すべてお前のその美しい腕の中に預けよう」
「殿下……っ」
フェルナンドの胸の中で、エレノアは今度こそ、本物の「おしとやかで、幸せに満ちた笑顔」を咲かせるのだった。
「がーっはっは!良い一撃だったぞ!」
観客席では、父と兄たちが大歓声をあげていた。
「命があるだけで奇跡だ……」
側近のシドが涙を流して胃薬を飲み干していたが、今の二人には、互いの鼓動の音しか聞こえていなかった。




