最終話 最強夫婦の誕生!猫はかぶらず、天下を獲る
王都の青空に、祝福の鐘の音が鳴り響いていた。
大聖堂の周囲は、歴史上類を見ないほど盛大なパレードを一目見ようと集まった何万もの王都の民衆で埋め尽くされている。
本日は、フェルナンド王太子と、南方のフローレンス男爵令嬢エレノアの、正式な結婚式であった。
「……うふふ、完璧だわ。この純白のウェディングドレス、人生で一番お上品で可憐ですわ。見てちょうだいマーサ、今日の私はどこからどう見ても、か弱く愛らしい悲劇のヒロイン――ではなく、本物のプリンセスよ!」
大聖堂の控え室で、エレノアは鏡に映る自分の姿にうっとりとしていた。
シルクとレースを何重にも重ねた豪奢な白のドレス。ハチミツ色の美しい髪は優雅に結われ、純白のベールが彼女の顔を包んでいる。
「お嬢様、大変お美しゅうございます」
メイドのマーサが、ハンカチで目元を押さえながら、ドレスの最終調整をしていた。
「ですがお嬢様、本日のドレスのコルセットの芯地には、フローレンス家特製の『特級鋼鉄』を仕込んでございます。万が一、式の最中に他国の暗殺者や巨大魔獣が乱入いたしましても、そのまま体当たりで肉片に粉砕できますので、ご安心召されるな」
「だから式場に魔獣は来ないって言ってるでしょうが!!! 私は今日、誓いのキスの最中に気絶しそうになるくらい、おしとやかな花嫁になるの!!鋼鉄のコルセットで体当たりなんて絶対にしないわよ!」
エレノアが上品に、しかし部屋の調度品が微かにカタカタと震える気迫で叫んだ、その時。
扉が開き、プラチナ色の髪に最高位の正装を纏ったフェルナンド王太子が姿を現した。その端正な美貌は、今日も世界一のスパダリとして輝いている。
「――おめかしは済んだか、私の可愛い戦女神」
フェルナンドは琥珀色の瞳に極上の愛おしさを浮かべ、エレノアの前に進み出た。
「まぁ、フェルナンド殿下。お上品な私に見惚れてしまわれましたの?おほほ……」
エレノアが生まれたての小鹿の笑顔を見せると、フェルナンドはその白く、しかし世界を蹂躙する力を秘めた手をそっと取り、甘く微笑んだ。
「ああ、見惚れているとも。今日のドレス姿も、あのベヒモスを素手で解体した時と同じくらい神々しくて美しい。お前を誰にも渡さず、私の正妃として迎えられるこの日を、どれほど待ち望んだか」
「殿下、まだその話を引きずっていらっしゃいますのね……!?」
エレノアが顔を真っ赤にしてパニックになりかけていると、控え室の奥から、またしても地響きのような足音が近づいてきた。
「がーっはっはっは!エレノア!観念して大人しく嫁ぎおれ!」
「エレノア、王宮の裏庭の強度は確認しておいた。いつでも全力で大剣を振り回していいぞ!」
入ってきたのは、フローレンス男爵家の父バルトと、兄ライナスをはじめとする実家の男たちだった。彼らは正装をしているものの、全員がいつでも武器を抜ける戦闘態勢の歩法のままだ。
「フローレンス男爵、そして義兄上がた。これからはエレノアと共に、我が国の平和を『物理的』に守っていこう」
フェルナンドが不敵に笑うと、父バルトは巨大な胸を叩いた。
「おお、王太子殿下!いえ、我が最高の義理の息子よ!娘をよろしく頼みますぞ!」
その様子を後ろで見守っていた筆頭側近のシド・ヴァレンタインは、新調した高級な胃薬の瓶を握りしめながら、遠い目で呟いた。
「……終わった。これでエレノア様が正式に王妃になられたら、我が国の軍事力は大陸最強になるな。胃薬の予算を来期から三倍に増やしてもらわねば……」
◇
大聖堂の重厚な扉が開かれ、フェルナンドとエレノアは、手を携えてバージンロードを歩み始めた。
参列した大貴族や令嬢たちの視線が、一斉にエレノアへと注がれる。
かつては「田舎の無知な男爵令嬢」と彼女を侮り、数々の陰険な罠を仕掛けてきた都会の貴族たちだったが――今の彼らの目に、かつての侮りは微塵もなかった。
「……あの方が、歩くだけで魔獣を自滅させるというフローレンスの聖女様か……」
「お美しい、だが、あのドレスの下には国を滅ぼす武力が眠っているのね……!」
「悪意を持って近づいたら、一瞬で消されるぞ。目を合わせるな……!」
貴族たちは青ざめながらも、割れんばかりの拍手と、恐怖を通り越した最大級の敬意をもって二人を称えていた。
(……あら?皆様の視線が、なんだか神仏か天災を見るかのような、神聖な生き物を見る目に統一されている気がいたしますの。……まぁいいわ!今日という日は、私が世界で一番おしとやかで、可憐なお妃様になる記念すべき日なんだもの!)
エレノアは、無理に猫をかぶるのをやめ、堂々と胸を張り、凛とした「強くて美しい次期王妃」として、満面の笑みを民衆へと向けた。その姿は、文字通り戦場を照らす戦女神の如く、まばゆいほどに気高かった。
祭壇の前で、二人は向き合う。
「エレノア。一生、お前を愛し、お前のその圧倒的な武と愛のすべてを、私が受け止めよう」
フェルナンドが、琥珀色の瞳に無限の溺愛を宿して誓う。
「ええ、フェルナンド殿下。私も、殿下の隣を……世界で一番お上品に、かつ【物理的】にお守りいたしますわ♡」
エレノアが最高の笑顔で答えると、フェルナンドは彼女のベールを上げ、深い、誓いのキスを交わした。
地鳴りのような大歓声と、鳴り響く鐘の音。
勘違いから始まった二人のロマンスは、おしとやかさの概念を180度塗り替えながら、国中を巻き込む最強のハッピーエンドへと辿り着いた。
王都のスパダリと、南方の戦女神。
二人の規格外な「最強夫婦」の伝説は、この日、ここから永遠に続いていくのである。
【完】




