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剣を捨てたい男爵令嬢は、冷徹王太子の心を【物理的に】射止めたい!  作者: 初 未来
第1章 男爵領の秘密兵器、王都へ行く

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第2話 令嬢のドレス選び、ただし素材は防刃仕様

「違う、そうじゃないのよ。絶対に違うわ……!」


 フローレンス男爵邸の衣装部屋に、エレノアの絶望に満ちた叫びが響き渡った。

 部屋の中央には、王都での夜会のために新調されたという、豪奢なドレスがいくつか並べられている。シルクやサテンの艶やかな生地、繊細なレース、散りばめられた真珠――一見すると、最先端の流行を取り入れた、淑女のための最高の一着に見えた。


 見えた、のだが。


「……ねえ、マーサ。私の気のせいかしら?このドレス、持ち上げようとしたら信じられないくらい重いんだけど。あと、生地の裏から『シャリシャリ』って、明らかに金属が擦れ合うような音が聞こえるのはどうして?」


 エレノアは、淡いピンク色のドレスの裾をめくり上げ、専属メイドのマーサをジト目で睨みつけた。

 三十年来フローレンス家に仕えるベテランメイドのマーサは、ふっと誇らしげに胸を張る。


「さすがエレノアお嬢様、お目が高い。そちらのドレスは、シルクの裏地に『ミスリル鋼の極細ワイヤー』を編み込んでございます。不意に暗殺者から短剣で刺されても、刃が通らない優れものです。なお、重量は通常のドレスの約四倍となっております」


「いらないわよ、そんな防刃ベスト付きドレス!!」


 エレノアはドレスをバサッとハンガーに戻した。重すぎてハンガーの鉄がミシッと悲鳴を上げる。


「私は夜会に行くのよ?戦場に赴くわけじゃないの!それに何、このお隣の紺色のドレスは?パニエの形がなんか不自然に四角いんだけど!」


「あ、そちらはサイラス坊ちゃまからの差し入れです。パニエの竹骨の代わりに、特殊加工の『投げナイフ用ホルダー』を十二個仕込んでおいた、とのことです。ドレスの裾を翻すだけで、扇状にナイフが射出される仕組みになっており――」


「お兄様を今すぐここに連れてきて!!その顔面に右ストレートを叩き込んで目を覚まさせてあげるから!!」


 エレノアは頭を抱えた。

 一族の人間は、どうしてこうも「王宮の夜会=敵陣への殴り込み」だと思っているのだろうか。彼女が欲しいのは、すれ違っただけで男たちが「おお、なんと儚げな……」とため息をつくような、シフォン素材のふんわりとした、風に舞うドレスなのだ。


「いい、マーサ?私は王太子フェルナンド殿下に会いに行くの。殿下の前で、間違ってもドレスからナイフを撒き散らすわけにはいかないわ。全部抜き取って、普通の綿とレースにしなさい!」


「しかしお嬢様、王都の夜会は『狐と狸の化かし合い』、何が起こるか分かりませぬ。せめてこちらの……」


 マーサが次に差し出してきたのは、一見すると非常に上品で美しい、白レースの「扇」だった。令嬢が口元を隠して「おほほ」と笑うための、定番のアイテムだ。


「これなら普通ね。少し重いけれど……」


「骨組みがすべてチタン合金でできております。いざという時は、相手の喉元をめがけて横一文字に――」


「それ、扇じゃなくて暗器じゃないの!!」


 エレノアは扇をベッドに放り投げた。

 実家の過保護、というか方向性の狂った戦闘準備に、出発前からすでに精神的な筋肉痛が始まりそうだった。


 そこへ、ドタドタと騒がしい足音が廊下に響き、ドアが勢いよく開いた。

 額に大きな包帯を巻いた長男ライナスが、何やら大きな革製の箱を抱えて立っている。今朝、エレノアに叩きのめされたばかりだというのに、その顔は信じられないほど晴れやかだった。


「エレノア!これを持っていけ!」


「お兄様、怪我人は寝室でおとなしくお粥でも食べていてください」


「ふっ、この程度の傷、ツバをつけておけば明日には治る。それよりこれだ!我がフローレンス家に代々伝わる『守護の細剣』だ!」


 ライナスが恭しく箱を開けると、そこには細身で美しい、銀色に輝くレイピアが収められていた。確かに美術品としては一級品だが、エレノアは思いきり嫌そうな顔をする。


「お兄様、何度も言わせないで。私は剣なんて、本当は大嫌いなの。王都へは、素敵な旦那様を見つけるために行くのよ」


「分かっている。だからこそのレイピアだ。これなら細身で、ドレスの腰元に隠してもラインが崩れない! 王都の軟弱な貴族どもが、もしお前に無礼を働いたら、この剣で細切れにして――」


「私にそんな趣味はありません!!」


 エレノアの怒号が部屋に響き渡る。

 ライナスは「なぜだ……完璧な護身刀なのに……」と本気で首を傾げながら、妹の凄まじい威圧感に気圧されてずるずると後退していった。


 結局、エレノアは半日かけて、ドレスに仕込まれたナイフやワイヤー、チタンの骨組みをすべて(マーサが涙目で止めるのを無視して)引っぺがさせた。

 残ったのは、本来の、驚くほど軽くて柔らかなピンク色のドレス。


「ふぅ……。やっと、普通の女の子の服になったわ」


 姿見の前に立ち、ドレスを体に合わせる。

 蜂蜜色の髪に、桜色のシルク。鏡の中にいるのは、どこからどう見ても、風が吹けば折れてしまいそうなほど可憐で、美しい男爵令嬢だ。


(完璧。これよ、これ。フェルナンド殿下は、きっとこういう女の子が好きなはずだわ)


 彼女の頭の中では、すでに王宮の舞踏会が開催されていた。

 冷徹で、誰も寄せ付けない王太子フェルナンド。彼が、大勢の令嬢を無視して自分の前で足を止め、その美しい切れ長の目を見開くのだ。

『……君のような、ガラス細工のように繊細な令嬢は初めてだ。私が一生をかけて、君を傷つきから守ろう』

 そんな甘いセリフと共に、彼の手が自分の腰に回される――。


「ふふ、ふふふふ……」


「お嬢様、顔が大変はしたないことになっております」


「あ、コホン!失礼。つい、王都の素晴らしい景色を想像してしまって」


 エレノアは慌てて咳払いをし、澄ました顔を作った。


 出発は明日の朝。

 フローレンス領から王都までは、馬車で丸三日の道のりだ。

 エレノアは、まだ見ぬ理想のスパダリ――フェルナンド王太子との、甘い甘いロマンスに胸を躍らせながら、荷造りを進めるのだった。


 自分の「隠しきれない野生の本能」が、王都への道中でさっそく火を吹く羽目になるとは、この時の彼女は夢にも思っていなかった。

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