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43´.蛇足現象①

「おっそーい! 待ちくたびれたぞぅ。なんだってここの生徒は全員バラバラで来るんだい? おかげでわたしは何回も同じ説明をするはめになったじゃあないか!」


「わわわわぁ、いきなりなんなんですかぁー!」


 三か月前の悲惨な光景と比べてすっかりと元通りになった視聴覚室。その少し暗い部屋に入ると、やたらとテンションの高いサダエがこちらに目がけて飛んできた。もわっとした触感と共に懐へとくっついてきた幽霊は身体を揺すっても離れる気配がない。


「ねぇねぇきぃーてよ、シラユキちゃーん! 技術部ってば酷いんだよ!? せっかく暇そうだから呼んであげたのにぃ、部室からだーぁれ一人として出てきてくれないのぉ!」


「あ、あれだけ頑張って作ったものが失敗作になったらそれは落ち込むと思いますよ……? それにかなり無理をして花火作りにも協力してくれていたみたいですし。――って、それよりもっ。いい加減に離れてくださいよーー!」


 シラユキが抱きつかれあわあわとしていると隣のタクトは呆れ顔で口を開く。


「たぁーく。そろそろ離れてやれよー。――それにこんな時に呼び出したんだ。オレ達に話さなきゃなれねーほどのなにかがあったんだろ?」


「っと、そうだったね。ごめんごめん」


 抱きついていたサダエはタクトにそう言うと、シラユキの身体を通過しくるりと宙返り。淡い輝きを放つ白髪をなびかせながら、こちらの正面へと向きなおった。


「こほんっ、君たちに集まってもらったのは他でもない。――実は()()()()()()()()()()に進展があってね」


「…………?」


 サダエの言葉に首を傾げる。案件、とは一体なんのことなのだろうか。少なくともシラユキには心当たりがなかった。


「――クジャタの時に出た()()()のことか?」


 シラユキとは違い、内容を察したらしいタクトは少しだけ顔を強張らせる。


「黒い塵……?」


「うん、シラユキちゃんはそれどころじゃなかっただろうし知らないのも無理はないよ。扉持ち、識別名――〝宝珠〟、クジャタ。実はその時に正体不明の黒い塵が現れていてね。ちょっと調べていたんだ」


 言いながらサダエは手にしたリモコンをスクリーンに向ける。すると同時に映像が映し出された。


 そこにはあの時遠目に見えていた猪のようなゲーターの姿が写り込んでいる。タクトの攻撃によって動きを止めたクジャタの宝珠には確かに()()()のようなものが確認できた。


「で、なにが分かったんだ?」


「そうだね、実はあまり時間もないし、結論から言っちゃおう。あの黒い塵は――無数の生命体だ。もっと言ってしまえば、別のゲーターの子ゲーターだと予測している」


「え、えっ? これが……生き物、なんですか?」


 シラユキはもう一度画面を注視する。だが、何度見返してもとても生物には見えない。ましてはゲーターの内部に入り込んでいるのだ。その事実が余計に頭を混乱させる。


「はは、混乱させちゃったかな。そうだねぇ、それじゃあもっと分かりやすく例えるとするならすごく小さな虫、かな」


「む、虫――ですか……」


 虫という単語にシラユキの顔は少し青ざめる。別段虫が苦手なわけではないが、あの一粒一粒がすべて虫だというなら話は別だ。というか、あれだけの大量の虫を好む生徒の方が少ないだろう。


 ――先輩、流石にあの数は無理です……。本当にごめんなさい……!


 シラユキは同じく虫であるフミノに少し申しわけなくなり、心の中で謝罪する。


「ごめんごめん。例えが悪かった。誰だってあれが全部虫だって言われたらそんな顔にもなるか。まぁ、今は()()()()()()()()()()と思ってくれればいいよ」


「は、はい。――それで……この塵はいったいクジャタになにをしていたんですか?」


 当然の疑問を口にする。一体の生物の中に別の生物が入り込んでいたのだ。この塵を虫とするならそれは寄生行為のようなもの。そこに理由がないわけがない。


「まぁ、これは完全に憶測になっちゃうけど……。単純に考えればクジャタを強化していたか、その逆でクジャタからエネルギーを吸収していたかのどちらかだろうね。――これについてはタクト君に意見を聞きたかったんだ。クジャタとまともに対峙したのは君とターニャンだけだからね」


「って言われてもなぁ。オレもあの時は必死だったしよ。そんな所まで頭まわんねぇって」


「それじゃあ、一旦塵のことは置いといてくれていい。その上でタクト君、君はあの戦いでなにか気がついたことはなかったかい?」


「クジャタとの戦いで、か…………」


 サダエに言われ考え込むタクト。しばらく「うーん」と唸りながら目を閉じていたが、やがてなにか思い立ったかのように口を開いた。


「どーでもいいことだと思うけどよ。――あの熱線あったろ? 知ってるだろうが、相当な力を使うみたいでな。あれ打つ前に背中のやつが光らなくなるんだよ。でも、あれって多分アイツの必殺技だよな? だったら威力を抑えてでも視界を確保すべきだ、とは思ったかな。当たんなきゃ意味ないだろ」


「ふむ、やっぱりそこがポイントなのかな。うん、その点に関してはターニャンも疑問を持っていたよ。まっ、あの娘の場合は野性的な直感だろうけどね! ――でもそうか。二人とも同意見か。だとしたらわたしの予想は正しそうだ」


 サダエは顎に手を当てるとうんうんと頷く。タクトの話を聞いてなにやら結論が出た様だった。けれども、その予想とやらは口にすることはなく、そのままぶつぶつと呟きながら思考を始めてしまう。


「サダエさーん、戻ってきてください! ただでさえ私は蚊帳の外なんですからっ。なにか分かったなら教えてくださいよ」


 一人思考の海に沈んでいくサダエの顔の前で手を振る。そのかいもあってか、ハッと我に帰ったサダエは再び話を続けた。


「おぉっと、ごめんごめん! わたしの悪い癖が出てしまったようだ。どーにも考え込んでしまってね。――さて、話を戻そう。さっきのタクト君の話をまとめるとだね。クジャタにはなんらかの致命的な欠陥があった可能性がある、そういうことだ」


「致命的な欠陥ねぇ。けどよぉ、クジャタは扉持ちだ。それが弱点っつーなら分かるけど、そんな欠陥なんか持ってるもんなのか? 少なくともオレはそんな奴知らねぇ―ぜ?」


 タクトの言う通りだった。扉持ちとは通常の個体よりも強力な存在だ。だからこそその代償として明確な弱点が存在する。だが、今サダエはあえて欠陥と称した。決して弱点とは口にしなかったのだ。そうであるのなら――、


「えっと、私はまだ扉持ちに二回しか遭遇してないので、完全に理解しているわけではないですけど……。元からクジャタには欠陥なんてなくて、後でなにかがあって欠陥を抱えることになった、とかないですか?」


 するとサダエはその首を縦に振り、


「うん、わたしもそう言おうとしていた所さ。そう、ゲートからこの世界に現れたクジャタには欠陥などなかった。多少威力は下がるかもしれないけど、熱線もリスクなしで打てたのかもしれない。でもそうだとしたら、クジャタにそんな()()()()()()()()()()がいなくてはならないよね? つまりそれが――」


「――あの黒い塵ってわけか」


「その通り。でもってそんな芸当ができるのは同じゲーターしか考えられない。その上で塵の大きさから見るに本体ではなく子ゲーター、と考えたわけさ。と言ってもあくまで推論だよ? これが欠陥ではなくて弱点だとしたら今までの話は全部絵空事になるからねー」


「いや、こーいう時のサダエさんが言うことって大体当たりだかんなぁ。オレはあまり考えるのは得意じゃないし、信じるぜ」


「そう言ってもらえると助かるよ。それでね、ひとまずこの塵そのものは〝蛇足〟。その蛇足が引き起こす事象を()()()()と呼ぶことにしたんだ。まぁ、そのまんまだけどね」


「――蛇足? なんだそりゃ。シラユキ、分かるか?」


 ポカーンとした顔を向けてくるタクト。どうやら、〝蛇足〟の意味を理解していないようだった。無理もない、普段の生活ではまず使わない単語だ。むしろスポーツしかしてこなかったらしいタクトがその意味を知っていたらそれこそ驚くべきことだろう。


「蛇足……。ちょ、ちょっと待ってね。確か図書室の本に……」


 図書室の本の数々を頭に浮かべる。図書委員としての活動を認められたあの日。フミノから教え込まれた本の中に辞書があったのを思い出したからだ。あの時は全ページに目を通せと無理難題を課せられたものだが、ここにきてそれが役に立ちそうだった。


「えっと、蛇足だからた行だよね。うん、大丈夫。ちゃんと覚えてるよ。――コホン、タクト君。蛇足はね、〝余計なもの〟、〝無用なもの〟という意味なんだ。それで……ほら、塵はクジャタに〝余計な力〟を与えたってサダエさんは言ってたじゃない?」


「――――だからまんま、()()()()……か。あぁ、なんとなくオレでも理解できた」


 やや渋い顔をしながらもシラユキの説明に理解を示すタクト。正直こちらもかなり曖昧な記憶から引っ張り出してきた知識だった。全て――、とまではいかなくともなんとか説明できたようで少しホッとする。どうやら、図書委員としての役割は果たせたようだ。


「さっすが図書委員っ、説明ありがとね。この目的不明の現象のことをみんなにうまいこと説明するのには苦労していたんだ。すごく助かるよぉ」


「す、少しでも役に立てたのなら良かったです」


 こちらに浮遊してくるなり「偉い、偉い」と頭を撫でてくるサダエ。その行動にシラユキは少し目線を下に向ける。流石にこの年齢?にもなって子供のような扱いは少し恥ずかしい。


「はは、恥ずかしがってる君も可愛いね。どうだいタクト君! この仕草、男ならたっまんないだろう!?」


 そんなシラユキ達にタクトは額を押さえながら、


「――頼むからオレに振らないでくれ。反応に困る……。――ほら、サダエさん。話はまだ終わってないだろ。取りあえず塵の起こす現象は分かったよ。けど、その目的はまだ分かってねぇーんだよな? だったらオレ達を呼びつけた理由はなんなんだよ。いつもならもう少し調べてから、でもって全員に話すはずだ」


「……ご名答。正直なところわたしも確信を得てからみんなに話したかったのが本音さ。でも、そうも言っていられなくてね。――まずはこれを見てほしい」

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