42´.祭りの始まりを告げる花
「はぁーい、次の方ぁー」
一限目。シラユキは自分たちの教室に集まってくれた生徒を一人、こちらへと招く。先ほどまですぐそこに座っていた生徒と入れ替わる形で椅子に腰をかけた生徒。その向かい側にはタクトがいた。
「おう、よく来てくれたな! んじゃ、さっそくだけど気力、貰うぜ?」
タクトは訪れた生徒の手を掴み取り気力を受け取る。そして、その橙色に光る手をこちらに向けた。
タクトが手のひらをかざすやいなや、シラユキは手にしていた丸いカプセルを開ける。綺麗に色を塗られたそれに気力が宿るのを確認すると、空気中へ逃げる前に素早くしめた。
「……オッケーっ、確かに受け取ったよ。――あなたも協力してくれてありがとね!」
できあがったカプセルを横に置いてある箱の中に丁寧に入れると、気力を提供してくれた生徒にお礼を言う。
「はぁーい、次の方ぁー――って、フミノ先輩っ、来てくれたんですね!」
再び目の前に佇む生徒を呼び出すと、そこには流石に来ないと決め込んでいたフミノの姿があった。凛とした立ち姿をしている図書委員長の後ろにはもう生徒の姿はない。
思わぬ協力者に頬を緩めているとフミノは少し目線をそらしながら、
「どうやらこの回は私で最後か。まぁいい、それよりも――花火作り、順調みたいだな」
「はいっ、この次のグループが片付けば完成です! 学園祭まであと一日、なんとか間に合いました!」
「結局、〝火薬〟は使わないのだな。一応、貸した本の中に花火とは〝火薬〟を使うものと記してあったはずだが……」
「それが……実際に火を使うのは危ないって生徒会が」
「その代案がこれか」
フミノは自身の目の前に陣取るタクトを指差す。
「おいおい、これ扱いはひでーなぁ。まっ、ここに来てくれたっつうことは協力してくれんだろう? 悪ぃが、手を借りるぜ」
タクトはそう言うと、ぶしつけに差し出されていた手を掴み取り気力の吸収を始めた。
「考えたな。確かにアサミヤの気力なら私達にも無害か。――これはシラユキの案だな?」
タクトに手を握られながらフミノはこちらに顔を向ける。
「そうです。よくよく考えたらここは異世界ですしね。火薬を使わない安全な花火があってもいいと思いまして。タクト君の気力すっごく綺麗で元気がもらえるから思い切って頼んでみたんです」
生徒会への申請が通らなかった時はどうしたものかと困り果てたものだ。サダエに相談しようとも「がんばってっ!」の一点張り。そんな時に思い出したのがタクトの持つ気力というエネルギーだった。
気力とはタクトという異世界人にしか適応されていない概念。けれど、その発生は他者からでも観察できる。その瞬間は今でもシラユキの脳に焼きついている。
入学したてのあの頃はつい一日前までモノクロの中にいたということもあり、単純に色彩というものに慣れていなかった。だからこそ、あの神秘的な光は妙に印象深かったのだろう。気力とはシラユキにとって色を象徴するものだと言っても過言ではない。
さらにタクトに頼み込んだところで衝撃の事実。なんとタクトの意思で色まで変えられるというのだ。それは先ほどまでの作業の中で実際に目にしていた。赤青黄色……と様々な色を体験しながら憧れの主人公と楽しく作業ができる――それだけで、サダエの無茶ぶりなど帳消しにした上でお釣りがくるというもの。この花火計画に携わってくれた全ての生徒には感謝しかない。
「あ、ちなみに打ち上げると気力が破裂する仕組みになっているんですよ! ――て、言いつつも……あはは、実はほとんど技術部の皆さんに頼りきりなので実際どうなるかは打ち上げるまで分からないんですけどね。まだ、発射装置も調整中でして……。でも、絶対に綺麗だと思うので! 先輩も楽しみにしていてください!」
言いながら手を動かす。たったの数日で技術部に仕上げてもらった特注の花火カプセル。それに気力を封じ込め箱に収納すると、その持ち主であったフミノに改めて向き直った。
フミノは薄目でこちらを見据えつつ、
「――ふん、別に期待などしていない。今だってたまたま時間が空いていたから来ただけだ」
「それでも、嬉しかったですよ。ありがとうございました!」
「……あぁ。それと――ついでだ。最後のグループを呼んでくるとしよう。その間、精々休んでいるといい」
「え、いいんで――」
バタン。シラユキの言葉が届く前にフミノは教室の扉に手をかけ廊下へと消えていった。静寂に包まれた教室の中でタクトとシラユキは顔を見合わせる。
「あはは、気を使わせちゃったかな?」
「まっ、アイツなりに後輩を心配してんじゃねーの? シラユキが入るまで図書委員だってフミノ一人だったんだしさ」
「そうだと――、かなり嬉しいかも……」
図書委員。異界の書物を管理し、異世界人または異世界からのゲーターの分析を担う委員会。その実態はフミノという図書委員長一人によって、活動されていた。恐らく人が苦手な彼女のことだ。加入を申し立てる生徒がいても断ってきたのだろう。それに実際問題、他の役員がいたとしても役に立てることは少ない。すべてフミノ一人で事足りるからだ。
そんなフミノがどのような心境でシラユキの加入を認めてくれたのかは分からない。もしかしたら数多ある部活動や委員会の勧誘嵐から必死に逃げていた、あの頃のシラユキを憐れんでの行動かもしれない。それでも図書委員に入れたことは嬉しかったし、忙しいのにも関わらずこうして文化祭の手伝いにも駆けつけてくれた。それが何より彼女に認められているようで顔が緩んでしまう。
ピーンポーンパーンポーン。タクトとそんなことを話していると、突然教室のスピーカーから放送が流れてくる。
〈祭りの準備中すまないね。ちょーと視聴覚室に来てくれないかな。前線組と手の空いている子だけでいいからさ〉
聞こえてきたのはサダエの声。相変わらず緊張感がまるでない。だが、今は学園祭前日という大事な時期だ。そんな時に呼び出しとはなにかあったに違いなかった。
タクトもそう思ったのだろう。教室の一角に作られている花火作りのスペースから出ようとした、その時だった。
「花火作ってるんだって? 来たよー」
フミノが呼び出したらしい生徒たちがクラス内にぞろぞろと入り込んでくる。今まさにサダエの元へと向かおうとしていたシラユキ達はその姿に慌てて元の位置に戻った。
「はは、流石に集まってもらって帰すわけにもいかねぇーわな。――シラユキ、視聴覚室に放送頼めるか?」
「うん、任せて。今、私もそう思ってたところだよ」
新たに列を作る生徒とその対面に座り直したタクトを横目に、教室の前方にある黒板の方へと歩みを進める。
シラユキはちょうどボードの中央に位置する場所でしゃがみ込むと、そこに取り付けてある機械を操作した。マイクのついたそれを少しいじると対象を〝視聴覚室〟と入力する。
〈あーあー、聞こえてますか。こちらシラユキです。サダエさんすみません。ちょっと今作業中なので、私とタクト君は少し遅れますね〉
マイクに向けそう告げると機械の電源をオフにする。緑のランプが点灯していたそれは赤いランプに変わると停止した。
「ふぅ……」
シラユキはそっと息を吹く。やはり放送というものは緊張するものだ。
サイクルには学園にもかかわらず放送室というものがない。この学園の施設の中であればどこでもどこへでも放送をかける手段があるからだ。それが今シラユキの操作した機械だった。
ゲーター、とくに扉持ちともなるといつどのタイミングで現れるか分からない。その為、どのような状況でも全体へ情報共有ができるようにこのようなシステムになったらしい。
とはいえ、電源をきちんと切らないと声はダダ漏れになり、もっと言ってしまえば最初の対象をしっかり設定しないと全校放送になってしまう。そこだけは気をつけなくてはならないことだった。
「ただいまー、放送しといたよ。あっちから反応はないけど、たぶん平気だと思う」
「ありがとな。よし、こっちも再開すっか。これ終わったらシラユキの分作って終わりだな!」
「あー、私の分は後回しでいいよ。なんなら今日の夜、ホームで作ればいいじゃん?」
「まぁ、それもそっか。んじゃあ、ここにいるやつの分作ったらサダエさんのとこ行こうぜ」
「うん、頑張ろうーっ!」
自分達のために集まってくれた最後の生徒達の花火を作り始めるシラユキ達。十数人分のそれを見事作り上げると、箱に封をしてサダエの待つ視聴覚室へと向かった。




