44´.蛇足現象②
タクトの指摘にサダエはこちらに添えていた手をそっと放す。ゆっくりと頭を上げると前方にあったスクリーンは別の画像に切り替わっていた。
「えっと……枯れた、森……です、か? でもこれって――」
そこに映っていたのは広大な草原に囲まれた巨大な森林地帯だった。ざっと見ただけでも普段目にしているサイクルにある林の数十倍はあるだろうか。規模だけならサイクル全体と同じくらい広大だ。
当然というかシラユキがこの場所を目にしたのは初めてだった。ただ、そうであるのにも関わらず、一目見てこの森が異常であることに気づいてしまう。なぜなら、サイクルの林とは違い、そこには緑がなかったからだ。
無数に立つ樹木の全てが緑の葉を散らし、上空から撮影したらしいこの画像からでも茶色の地面が確認できる。だが、異常なのはそれだけではない。ちょうど、画像の中央だ。そこにそびえ立つそれは――妖しい藤色を放っていた。
「――おい、この景色……見覚えがあるぞ。シラユキがこっちに来る少し前だったっけか。調査した、あの森だよな?」
「うんうん、その森だよ。あの冒険も楽しかったらしいじゃないか」
どうやらタクト達には馴染のある森の様だった。サイクルでは定期的に調査の為、課外活動へとおもむく生徒もいる。どこにあるのかも分からぬこの地をタクトが知っているのは当然なのかもしれない。
「……まぁ、こんな短期間で森が枯れるのか、とか言いてぇことは山ほどあるけどよ。そんなことよりも――なんだこれは」
シラユキも先ほどから注視していた画面中央を指差すタクト。その表情は険しいもので、まるでサダエに問いただしているかのようだ。
それでもサダエはそのひょうひょうとした態度を崩すことはない。それどころか次に出てきた言葉は全て、わざとらしい棒読みだった。
「ははは、見て分からないのかーい? 樹だよー樹ぃ―。いやー、随分と立派な大樹だねー」
感情の込められていないサダエの声。それでも、その言葉は正しい。
画面の中央には大樹がそびえ立っていた。それもそこらの大樹とはわけが違う。その幹は他の木々の何百倍、その高さはまるで天に届くのではないかというほどの高度を誇っていた。
さらに、周り全てが枯れている中、ただ一つ存在感を示すその巨大樹の葉は全て藤色だ。けれど、その色に美しいという感想は抱けない。むしろ底知れぬ恐怖を駆り立てられるかのような、この世のものとは思えぬ妖しい藤色だった。
「タクト君、この樹は前からある――訳ないよね……?」
タクトの様子から察することはできるが一応確認する。もしかしたら、この森が枯れるよりも前からこの巨大樹が存在していたかも知れないからだ。なにも分からないシラユキは質問することしかできない。
「……あるわけがねぇ。オレ達が調査に行った時、この森は平和そのものだったさ。特にゲーターの気配もない、動物たちが伸び伸びと暮らす――ただ広いだけの森だった。それは確かに覚えているよ。あんな目立つモン見逃すはずがない」
「だ、だよね」
「あぁ。――だからこそ、だ。周りの木が枯れんのは百歩譲っても、こればっかりはあり得ない。そうだろ? サダエさん」
最初はこちらに向けて話していたタクトだったが、途中からその言葉はサダエに向けられていた。真剣な眼差しを向けられたサダエはそれでもニコニコとしながら、
「枯れたことは認めちゃっていいのかい? ちなみにこれが昨日観測された画像だよ」
言いながらリモコンを操作するサダエ。すると同じ場所から撮影されたであろう画像が表示される。
「なっ――」「うそっ――!?」
差し替えられた画像に二人して絶句する。なぜなら、そこに映されていたのはただの森だったからだ。森全体に青々とした葉を持つ木が立ち並び、広大な自然が広がっている。当然、その中央に巨大樹の姿は微塵もない。
「たったの一晩でこれさ。森中の木が枯れ果てたと思ったらいつのまにかあんな大層な巨大樹が立っていた。ついでにその葉は緑ではなく紫。でも、これだけじゃあ終わらない。――えーと、そうそうここだ。見てごらん」
サダエは驚愕の表情のまま固まるシラユキ達へ追い打ちだとばかりにそう言うと、元の画面に戻し、再び現れた巨大樹の一部を拡大表示させた。
「…………」
言われたとおりに拡大された画像を注視する。無理やりに拡大したためか少し荒い画像。それでもそのナニかに気がつくことができた。紫色の中に紛れる、黒いもやだ。そして、これが意味することはただ一つ――、
「――これ、蛇足……ですよ、ね……?」
そうとしか考えられなかった。もしかしたら、画像がただぼやけているだけかもしれない。それでも、先ほどの話をサダエがした意味を考えればこのもやが蛇足であることは決定的だろう。
口には出していないがタクトもそう考えているようで、小難しそうに眉をひそめている。
「やっぱり君たちもそう思うかい? そうなると、だ。この異常現象に蛇足が関わっている可能性が出てくるのさ。いや、もしかしたら他のゲーターにすら干渉できるほどの蛇足。それを操るゲーターそのものが潜んでいるかもしれない」
サダエがそう言うと正面のスクリーンが真っ暗になる。どうやら、今回話したいことはもうないようだった。
目的不明の蛇足現象。蝕まれたゲーター。朽ち果て創造された巨大樹。どれも重要な話ばかりだ。学園祭前とはいえ、警戒するに越したことはないだろう。
そう思いシラユキも心の中で少しだけ気合を入れた。
「なるほどな、それでオレ達に蛇足現象の話をした、と。――分かったよ。ちょっと前線組で調べてくるわ」
「流石話が速くて助かるよ。でも、本当にちょこっとだけでいいからね。君たちの実力なら滅多なことはないと思うけど、極力戦闘は避けておくれ。わたしはただ、学園祭前に不安な要素を取り除きたいだけだからさ」
「んなこと分かってんよ。何かあったら……いや、何かある前に切り上げるさ。――でもよ? シラユキを連れて行くのは反対だ」
「えっ!?」
と、ちょうど気合を入れていた所でタクトがそう言い切る。話を聞かされた以上、極自然についていく気満々だったシラユキは思わず声を上げてしまう。まさか、タクトから同行を拒否されるとは思ってもみなかった。
「うーん、最初はわたしもそう思ったんだけど……。今回の目的は調査だからね。だったら、図書員の同行があった方が捗るはずだろう? さっきフミノ君から許可は取っておいたし――だから、もしもなにかあったら君たちが守ってあげてほしいんだ」
〝精々休んでおけ〟。先ほどフミノの残していった言葉、その真意を理解する。そう、恐らくあの時には既に話が済んでいたのだ。その上でこちらの様子を伺うために現れたのだろう。
どうせならあの時言ってくれればとも思うが、そこはフミノだ。シラユキを案じて来てくれていたという事実だけでも嬉しかった。
「――そこまでいうなら、まぁ従うよ。――でも、一応確認な。シラユキ、この先どんな危険があるか分からない。当然オレ達が守るが……万が一ということもある。それでも本当に行くか?」
改めてこちらへと向き直るタクト。真剣なその表情からはやはりシラユキにはついてきてほしくない、そんな感情が伝わってくる。当然だ。いまだに能力も十分に扱えない、ただの図書委員がついていったところで足手まといになる可能性の方が高い。だったら安全な学園に残るべき、そう考えるのが自然だろう。そこにはタクトなりの優しさが感じられた。
しかし、もう既に答えは出ている。タクトの優しさはもちろん嬉しいが、それ以上にサイクルの役に立てる時がようやくきたのかもしれないのだ。だからこそ、当然答えは――、
「うん、私も一緒に行くよ。戦ったりとかは――まだできないけど。私なんかでも役に立てるのなら、ついていく」
「そっか、分かった。んじゃっ、いっしょに行くか! なんだかんだシラユキは学園の外に出たことほとんどなかったもんな。だったら、たまにはこーして冒険すんのもいいかもしれねぇ。けど、なにかあったらすぐにオレ達を頼ってくれよ?」
「ありがとう。よろしくね、タクト君」
「おう、任せとけ」
シラユキの決意を聞くなり顔の力を緩め、いつも通りの笑顔に戻るタクト。その姿につられてこちらも笑みを向けた。
「よーし、話はまとまったかな! それじゃあ今回の課外授業は枯れた森林地帯の調査っ。明日は学園祭だ。こんなことさっさと終わらせちゃおう!」
「はいっ!」「おうッ!」
パンっと両の手を叩き笑うサダエにタクトと共にそう答える。その後、手を振るサダエを背にシラユキ達は視聴覚室を後に――――、
「――ちょい待ちっ、シラユキちゃーん。こっちにおいでー」
先を行くタクトが部屋から出たタイミングでサダエに呼び戻される。なんだろうか。首を傾げながら元いた場所へと戻ると、
「――よしっ、これでいいね! うんうん、美少女だ!」
「え、なにが、したいんですか……?」
「まぁーまぁ。たまにはいいじゃないか。それに普段と違う君をみればタクト君も喜ぶんじゃないかなー」
「は、はぁ……?」
「うんうんっ、それじゃあ――、行ってらっしゃーい!」
にやにやするサダエに見送られ今度こそ視聴覚室を後にするシラユキ。それでも今の行動には疑問を感じずにいられない。どうしてサダエはこんなことをしたのだろうか。




