37´.狂言交じりの人狼少年少女③
「はい、リクさんっ」
左の指でタクトの刀を挟み込み、右の手でノーズの手を掴み取る、そんな状態で口を開くこともなく静止していたリクにスケッチブックを手渡す。
すると刀から手を放し、リクは試合を行っていた二人の顔を交互に見た。
『少し遅くなってしまいましたが、そこまでです。これ以上は危険と判断しました。せっかくの試合を中断させてしまったことを許してください』
その文字を見たタクトはチャキッと刀をしまう。ノーズはといえば気が抜けてしまったのか、そのまま床にへたり込んでいた。
『さて、タクトさん。私が言いたいこと、あなたなら分かっていますね?』
場が落ち着いたことを確認するとリクはタクトに向き直る。
綴られる文字にタクトはバツが悪そうに頭をかきながら、
「……あぁ、分かってる。自分で扱いきれていない力を人に使っちゃいけねぇ」
『そうです。コントロールのきかない力は実戦で必ず隙となります。ましては今の技は明らかに制服の強度を上回るもの。仲間を怪我させてはせっかくの力も意味がないでしょう』
「…………っ」
リクの言い分にシラユキの胸がちくりと痛む。タクトだけではなく、能力自体を扱えないこちらにも言い聞かせているような気がしたからだ。
「……少し熱くなっちまった。――ノーズも悪かったな」
タクトは未だに地に腰をつけるノーズに歩み寄ると手を差し出す。
「ったく、しょーがねぇな。許してやるよ。タクト先輩だから、特別なんだぜっ?」
「おう、ありがとな」
二人して笑みを浮かべ合うタクト達を見てリクが再びページをめくる。
『仲がいいことは素晴らしいことです。えぇ。それに水を差すのは大変心苦しいのですが――一ついいでしょうか。タクトさん、先ほどあなたのしようとしていた技、あれは居合術ですね?』
「ん? あぁ、つってもあれであってんのか分かんねーけどな。オレはあくまでスポーツマンガの住人だ。さっきのだってここの本で見たのを真似ただけさ」
目線を少し下げながら、タクトはそう言う。
正直な話、タクトの性格的に読書をしている姿など想像できない。さっきフミノから聞いた借りっぱなしの本の存在すら意外に感じる程なのだ。だからこそ、実際に読書をしているらしい発言は新鮮だった。
『――真似、ですか。私も刀は演技でしか触れませんでしたが――確かに先ほどの居合は少し重心が前に傾いていたように感じます。速さと威力を調節できないのはこれが原因でしょう』
「流石はリクだな。なるほど、重心ねぇ。少し考えてみるよ」
『いえ、そこで後回しにしては身につくものも身につきませんよ。私もタクトさんの技の完成を見てみたくなりました。さぁ、さっそく今から特訓です!』
そう口にするとリクは車椅子を動かし、タクトの目の前へ。そして、手を伸ばすと、
「おい、待てっ! 近寄んな! 練習すんのは良いがせめて飯食ってからに――、ちょっ話を聞けぇッ!」
座ったままのリクにヒョイと担がれるタクト。ジタバタと抵抗するもしっかりと肩に固定されているようで、身動きがとれないようだった。
「みんなも見てねぇーで助け――生徒会!? お前らどっから湧きやがったッ! おい椅子に手をかけるな! 無言で押すなぁ! このバトルジャンキー共がァーー!」
いつの間にやら現れていた生徒会の生徒に車椅子を押され、どんどん遠ざかっていくタクト。最後に修練場中へ絶叫を響かせるとそのまま姿を消した。
その場に残ったのはシラユキと一連の様子をゲラゲラと笑っていたノーズだ。
「…………えっと。と、とりあえずお疲れさま。ノーズ君」
「はいっ、ユキ先輩もおつかれです!」
ノーズに声をかけると帰ってくるのは人懐っこく、明るい声。よく見てみると目の前の人物はローブを被り直していた。
「あ、ノースちゃんだったんだね。ごめん、私また間違えちゃって……」
「いえいえ、気にしないでください! 私達の存在がややこしいのは自分でも理解していますから。不便ですよねぇ、――多重人格ってのもっ」
「〝人狼ゲーム〟……。確か能力を使うごとに人格が入れ替わるんだよね?」
「ですっ、正確には能力ごとに担当人格が出てきているんです。戦闘の時ならノーズ寄りの誰かが、攻撃の意思がないのなら私達寄りの誰かがって感じですねっ!」
ノース、いや彼女たち〝ワーウルフ〟の能力は人狼ゲームという別世界のゲームに登場する〝役職〟を自らの力として扱うことができるというものだ。
〝騎士〟であれば自分の別人格も含めて他者を物理的脅威から守ることができる。
〝占い師〟なら扉持ちの名前を当てることができる。
〝人狼〟であれば異常なまでの戦闘力を得て、噛むことでゲーターからエネルギーを吸収することができる。
その他にも〝霊媒師〟、〝狂人〟、〝共有者〟と役職にはきりがない。同時にそれはワーウルフという少年少女の使用できる能力が桁外れに多いことを示している。
しかし、この能力にも例外なく条件が存在する。――それが人狼ゲームの役職の一つ、〝多重人格〟だ。
能力の使用の有無に関わらず、常に発動しているこの〝多重人格〟は、現在存在する全ての役職それぞれに人格を付与しているらしい。
その為、能力を使う度に雰囲気が変化するのだ。そうはいっても現在数多ある人格の中でまともに意思の疎通ができるのは〝ノース〟と〝ノーズ〟の二つのみ。役職ごとに割り振られている人格も今は彼らをベースにしている為、慣れればそこまでの不便はない――とはタクトの受け売りだが、それでも未だに見分けのつかないのが現状だった。
「でも、すみません。正直分かりづらいですよねぇ。いくら〝共有者〟で他の人格と情報を共有できるからって見た目は同じですし。一応私達の時はこうしてローブを被ってはいますけど」
「それだけでも全然違うよ。みんなはそれで実際に区別してるしね。それに、タクト君なんか見ただけで分かっちゃうみたいだし」
「あの人さっきだって私が入れ替わった瞬間に力の込め方が変わりましたもんねー。ホント見た目と言動とは違ってよく他人を見ている人だと思いますよ。まぁ、いくら私達が女性だからっていきなり手を抜くのは失礼極まりないですけどっ」
わざとらしく頬を膨らませるノース。その姿はまさしく年相応の女の子のものだった。正直、この仕草を見た後では彼女たちに怪我をさせたくないという思考は正しいようにも思える。
「二人共――っ! そこで暇してんならちょっとこっちに来てくれないかしら! せっかくリクがいないのよ!? 昼休み前にみんなで遊びましょうよぉーー!」
遠くからターニャの声が聞こえてくる。どうやらお昼最後のイベントに参加させられるようだった。遠目に映る彼女の周りには多くの生徒が集まっていることから、かなり大掛かりなことをやるらしい。
普段であれば授業中故に許されない行為だが、ちょうど今は監督役である生徒会長がいない。たまには全員で身体を動かすのも良いことだろう。
「おっ、なんか始まるみたいだぜ? ユキ先輩!」
「あはは、なんだろ。取りあえず行こっか。――ノーズ君」
「おぅ! どーせ勝つのは俺達だけどな!」
フードの取れた年齢的には後輩の少年と顔を合わせる。遠くでその小さな身体をピョピョンとさせているターニャの姿に二人して笑い合うと、手を振りつつクラスメイト達の集まるその場所へと駆け出した。




