38´.シラユキと主人公①
「よいしょっと」
ビルジ湖へと向かうために通過する林。その正規の道順から外れ夕日すらも届くことのない青々とした茂みをかき分ける。
すると目に入るのは細い道。それもちょうど人が一人通れるような道幅だ。どう見ても人工的に作られていたものではない。何者かがここを何度も訪れるうちにできたであろう獣道だった。
そんな道を歩き始めて数分が経っただろうか。またもや茂みが目に入る。木々に囲まれているそれをかき分けた先にシラユキが目的としていた場所があった。
「あ、やっぱりここにいた」
まるで秘密基地の入り口のように存在していた茂みの奥には、森の中にぽっかりと空く小さな広間。そこにはおびただしい数の刀が突き刺さっていて、そのほとんどが錆びれていた。中には中心からポッキリと折れてしまっているものもある。
そんな朱色の木漏れ日が降り注ぐ空間の中央に目的の人物がいた。静寂の中、シュンッと風を切りながら刀を振り続ける男子生徒はタクトだ。
シラユキはタクトの邪魔にならぬよう少し離れた木の下に腰掛ける。今日も何百と刀を振っていたのだろう。その表情からは並々ならぬ必死さが伝わってきた。
それから三十分程が経過した。素振りをしていた手を下ろし、フゥと息をつくタクトと目が合う。
タクトはこちらに気がつくと片手を挙げてシラユキの座る木陰に歩みを進めてきた。
「なんだよぉ、いたなら声かけてくれりゃ良かったのに。ジッと見られんのも恥ずかしいんだぜ?」
「ごめんごめん。でもさ、いつも以上に集中してるみたいだったから。リクさんとの特訓、うまくいったみたいだね」
「いやぁー、ありゃ特訓なんて生易しいもんじゃねえ……! あの後、体育館貸し切りで生徒会の連中全員と試合させられたんだぜ? それも何回も! あんだけやって成果がなかったら逆にへこむって」
「あはは、それはまあ、お疲れさま」
予想通りスパルタな特訓を課せてきたらしい生徒会長への愚痴を漏らしながら、シラユキの隣に腰掛けてきたタクトにタオルを手渡す。
タクトは「いつもありがとな」と一言口にすると、素振りによって流れ落ちていた汗を拭った。
そんな姿を横目にシラユキはここに初めて足を踏み入れた時のことを思い出していた。
入学してしばらくした頃、ターニャと共に森の散策の途中で見つけたこの秘密の特訓場。数多の刀が突き刺さる中でこちらの姿に驚きの表情をしていたタクトの姿は未だに覚えている。
あの時は『あー、特別な主人公でもこんな風に特訓をするんだなぁ』と思ってしまったが、よくよく考えれば、スポ根もしくはバトル系漫画において特訓という行為は誰しもが通る道なのかもしれない。
モブの上にギャグ漫画の世界で生きていたシラユキでは想像することしかできない。けれど、きっとどの主人公も本編以外のコマの外で人知れず特訓をしていたに違いなかった。
「この素振りだって、サイクルに呼ばれてから毎日続けてるんでしょう? リクさんとの特訓もあったんだし、今日はしなくても良かったんじゃない?」
「んー、そーいうわけにはいかねぇなぁ。確かにあいつとの特訓はきつかったけど、それとこれとは別の話だ。こちとら八歳の時からこいつ等と向き合ってきたんだぜ? 毎日やってたもんを止めちまうと逆に調子が出なくなっちまうよ」
少し自慢げにタクトは自身の隣へと置いていた刀にそっと触れ、そう口にする。
そんなタクトの顔を覗き込みながら、
「――それは午後の授業全部サボってでも?」
「…………」
楽しそうにやにやと笑みを浮かべるシラユキにタクトは口を紡いでしまう。先ほどまでとは打って変わってなんともいえない困った顔つきをしていた。
「全くもうっ、特訓もいいけどちゃんと授業にも出てよね! いくら落第や赤点がないからって勉強を疎かにしちゃいけないんだよ。こんなんでも私達は一応、学生なんだしさ」
「お、おぅ……」
そう、今日ここに来たのは単純にいつもの様にタクトの様子を見たかったわけではない。リクに強制連行された後、昼食時はおろか午後の授業すべてに顔を出さなかったタクトを探しに来ていたのだ。まぁ、探すといっても彼が行きそうな場所はおおよそ見当がついていたため、こうしてあっさりと見つけられたのだが。
「まぁ、今日のところは許してあげる。サボったこともターニャと適当に理由つけておいたから心配しないでね」
「――悪りぃ、ほんと助かるわ。次からはちゃんと出るからよ」
座りながらも頭を下げてくるタクト。そんな主人公の姿に慌てて口を開く。
「も、もうっ、頭なんか下げないでいいって。リクさんとの特訓でなにか思いついたんでしょう? こーゆー時のタクト君が真っ直ぐなのはみんな知ってるからさっ! だから本当に気にしないで!」
「――はは、どうにも落ち着かなくてさ。さっきリク達と手合わせして改めて実感したよ。オレはまだまだ頑張らなきゃならねぇってな。そう、頑張りが足りないんだ。――でも、だからってサボって良い理由にゃならねーのは頭では理解してんだぜ? だから、本当に悪――」
ぐぅぅーーーー。タクトがこちらにもう一度頭を下げようとしたタイミングでそんな間の抜けた音が聞こえてくる。音の主は言うまでもない。どうやらタクトの身体が空腹に耐えきれなかったようだった。
「……い、いやぁー、どーにも集中しちまってさー。昼飯、食うの忘れてたわ」
少し恥ずかしそうに自らの腹部をさするタクト。そんな姿にシラユキはふふんと得意げに胸を張る。
「ふっふっふ、そうだろうと思ってたよ。――じゃぁーんっ!」
ずっと後ろ手に隠していたそれを満を持して取りだす。
なにごとかとキョトンとしているタクトに向けてシラユキはそのふたを開けた。




