33´.サイクルの本の虫①
「失礼しまーす。フミノ先輩、いますかー」
極力音を立てないようにその重々しい雰囲気の扉を開ける。後に続いていたタクトを手招くとこれまた音を立てぬよう扉を閉めた。
ここはサイクルの図書室。本校舎の隣にある別館、その大部分を占めている広大な本の海だ。三階建てになっている部屋には一階部分のみ机と椅子が設置されていて、その他は全て本棚。そこにはもうこれでもかというほどに本が並んでいる。この静寂に包まれた空間で読書に明け暮れる生徒も多いことだろう。
そうはいっても今は授業と授業の間に設けられた気休め程度の休憩時間中。現在、本を広げているのは教師役をすることで授業の一部を免除される上級生位のものだ。
「……フミノのやつ、いねぇな」
「そうだね、いつもならすぐに分かるんだけど。先輩、目立つし」
「んー、となると――あそこか?」
「司書室、だね。よし、行ってみようか」
シラユキ達は一階にある本の貸し出し受付、そのさらに奥にひっそりと存在している扉の前へと向かった。扉には司書室の札。図書委員長である彼女は同時にこの図書室の司書でもあるのだ。
基本的に図書室の中にいるはずの彼女だが、時折この司書室に籠ることがある。といっても場所が変わっただけでやっていることといえば読書、読書、読書。図書委員長というだけあり、読書への愛は誰にも負けないだろう。
トントン。他の生徒に迷惑をかけぬよう小さく扉をノックする。だが、部屋からの返事はない。取りあえずと、ドアノブを回しても扉が開くことはなかった。どうやら司書室の扉には鍵がかかっているらしい。
「司書室にもいねぇ、か。仕方ない、出直すしかないな」
「ん、待って。フミノ先輩が図書室から出るとは思えないんだよね。でも、図書室の中にはいない。――だったら、この司書室に絶対いるはずだよ」
「つったってなぁ。鍵が開かねぇことには――」
「ふふ、それなら任せてっ」
顎に手を当て考え込むタクトに得意げな笑みを向ける。ガサゴソと制服のポケットを漁ると取り出したそれを見せつけた。
「――鍵か。あいつに怒られても知らねーぞ?」
「大丈夫だよ。あれで先輩優しいんだから。とにかく、これで入ってみよう。いなかったらいないですぐに出ちゃえば問題なしっ」
まとめられたその四つの鍵。一つはタクト達とともに住んでいるホームの鍵。もう一つは学園のロッカーの鍵。そして、後の二つはこの図書室にとって重要な鍵だった。
シラユキは二本の鍵の内少し小さい方を指でつまむとタクトに目配せをしつつカチャリと開かずの司書室、その扉の鍵を解除する。そして、ギギィと低い音を立たせながら扉を開けた。
「フミノ先輩ー、いませんかぁー」
タクトと共に司書室の内部へ。騒音を嫌う彼女のために、より一層声のボリュームには気をつける。
シラユキ達のクラスと同じくらいの広さの部屋。外の図書室と比べれば天と地との差がある狭い司書室だが、そこに保管されている書物はどれも貴重なものだ。何百冊も並ぶその本棚には埃一つ付いておらず、流石に掃除が行き届いている。
「――ごめん、タクト君。ここにもいないみたい」
「いや、シラユキが謝ることはないって。あいつは昔っからこんな感じだしな」
司書室内をざっと見渡してみるも目的の人物らしき影は見当たらない。当然だが人の気配も感じられなかった。
ここにもいないとなれば、彼女は一体どこへ行ったのだろうか。司書室にいるという確信があったシラユキはそう思いながらも、タクトと共に部屋を後にしようとする。と、その時だった。
ヒラヒラヒラ。眼前を七色のナニかが横切る。思わず涙が出そうになるほどの美しいそれは一匹の蝶だ。七色の鱗粉を振りまきながら優雅に飛ぶ蝶はシラユキ達にまるでステンドグラスのような綺麗な模様を見せつける。
本棚に囲まれた部屋を進む蝶。やがて部屋の奥にある机にふんわりと着地すると、こちらに頭部を向けながら動きを止めた。
「――シラユキ、司書室には勝手に入るなといつも言っているだろ。お前にここの鍵を預けているのはアサミヤとの遊びに使わせるためではない。万が一に私が死んだ際の保険。そう伝えたはずだが?」
シラユキが一度瞬きをした瞬間、目の前に現れたのは目的の探し人にして、シラユキの所属する図書委員会をまとめる〝サイクルの本の虫〟こと、フミノ・リードナビだ。
背中まである銀の髪を後ろで結び、きっちりと着こなした制服のリボンはシラユキの赤とは違う、上級生の証である青のリボン。虹色の鱗粉が舞う中で足を組み机に座る姿はシンプルに美しい。
「――フミノ先輩っ、やっぱりここだったんですね!」
整っているにも関わらず鉄仮面のような顔をこちらに向けているフミノ。そんな姿にシラユキは嬉しそうに駆け寄る。
「たく、フミノ。せっかく後輩が訪ねてきたんだ。いるなら声かけてくれてもいいじゃねぇ―か」
頭の後ろに手を組みながら後からついてきたタクトが苦言を漏らした。
フミノはそんなタクトをふんっと一瞥しながら、
「先輩後輩だと? はっ、笑わせるな。昆虫図鑑の世界から来た私に年齢なんて概念はない。この青いリボンだってサダエの奴が勝手に押し付けてきたものだ」
「でも、シラユキにはなにも言わねぇじゃねーか」
「シラユキはいいんだ。同じ図書委員なんだからな。上下関係がなくては始まらない。――いや、今そんなことはどうでもいいだろう? 私は早く読書の続きがしたいんだ。さっさと要件を言え」
悪戯っぽい笑みを浮かべているタクトから視線をこちらへと移すフミノ。「早くしろ」と圧をかけてくるその瞳に、シラユキは慌てて口を開く。
「ほ、ほら、学園祭あるじゃないですか。私達のクラスは簡単な劇をやることになったんですけど……」
「学園祭、か。そういえば今朝サダエがそんな話をしていたな。読書の邪魔だから聞き流していたが……結局やることになったのか。――そうかなるほど、どうりで今日は図書室の入りが多いわけだ。表ではとても落ち着くことができない」
フミノはシラユキの後方にそびえる扉を見つめる。今でこそガラリとしているが、恐らく先ほどまで様々な生徒が図書室に訪れていたのだろう。そうであるなら内部が騒がしくなるのは必然。静寂を好むフミノが司書室に身を移したのもきっとこのためだ。
「――では、お前たちが欲しいのはその劇につかう脚本かなにかか」
「あ、そっちの方はなんとかなりそうなんです。いくつか候補が出ているので」
「……? ならお前たちはなにを探しにここまで来た」
「実はサダエさんが学園全体でなにかを企画したいって言いだしたんです。それで開会式に花火を打ち上げることになったんですけど……。でも、ほら――みんな異世界人じゃないですか」
「なるほどな。確かに異世界人の中には花火を知らない者も多いだろう。実際私も知識でしか知らない。それで資料が必要なわけだな?」
「はい。ここにはいろんな能力持ちがいますし、花火がどんなものか分かれば再現も難しくはないと思うんです」
そう、今朝サダエの宣言と共に始まった学園祭会議。紆余曲折あったもののなんとか出し物は演劇に決まった。演劇といえば学園祭の定番。シラユキを含めクラスの仲間は異を唱えることもなく賛成の手を上げた。
案外早く出し物がきまったシラユキ達はそのまま題材や配役を決めようとしたのだが、その前に「そうだ、学園のみんなで花火を打ち上げたら盛り上がるんじゃないかなっ」とサダエが口にする。
そうは言ってもここは異世界の学園。花火を知る者は少ない。実際、シラユキを除いたクラスメイトはその単語に首を傾げていた。そこで全校生徒への説明のために花火のシーンを知るシラユキが資料集めに駆り出されたのだ。
そもそもこれはサダエの唐突な思いつき。資料集めなど自分でやってくれと心から思う。それでも結局日直だからと押し付けられてしまったのだが。
そうして断り切れなかった自分に苦笑しつつ、手伝うと同行してくれたタクトと共にこの図書室を訪れたのだった。




