32´.サイクル学園祭
ホームを出てから数分。居住区を抜けた先に見えるのはサイクル本校舎をぐるりと囲むように流れる大きな水路。そこにかけられた横に長い橋を渡ると正面に校門が見えてくる。
普段よりも少し早い時間に出ているからか歩みを進める生徒の数はそれほど多くはない。だが、居住区から学園の正面玄関へ行くためにはこの橋を渡る他ないため、数十分もすればいつもの通りに生徒たちで溢れることだろう。
もはや慣れ親しんだ校門をくぐり玄関に到着する。上履きに履き替えるとタクト達と共にそのまま一階から四階へ。目の前に続く廊下の奥から二番目にあるのがシラユキたちのクラスだった。
「おはよーって、誰もいないね」
扉を開けお辞儀をするもその朝の挨拶に反応はない。すぐに顔を上げるとシラユキたちのクラスにはまだ誰も来ていないようだった。
「そりゃまぁ、流石に誰もいねぇよな。みんなが集まるのはもう少し経ってからだろうさ」
「だからこそさっさと片づけるのよ。騒がしくなる前にっ!」
「そうだねっ、二人ともよろしく!」
女性陣二人よりも身長の高いタクトに正面の壁へと設置されている巨大な黒板を任せ、ターニャと綺麗に整頓されている机を拭いていく。通常であれば少し時間のかかるこの作業も二人でやれば早く済ませられるはずだ。
机の数は全部で十五。その数は他のクラスでも大差なく、今この学園には約十のクラスが存在している。各クラスは年齢別で分けられていて、最も多い十六歳前後の生徒は形式上二年生という肩書となる。
実際問題として元はモブだったシラユキには年齢などないのだが、良くも悪くも適当な学園長に「君は今日から十六歳だっ」と言われてしまっては仕方がない。
「ふぅー、こんなもんか?」
「うん、朝にやる日直の仕事はこれで終わり。二人のおかげで早く終わったよっ。ありがと!」
「どういたしまして――っと、言いたいところなのだけど。ほら、ユキ。忘れものよ」
十分後。二人の協力もあり日直の仕事はスムーズに終えることができた。ふぅと息をついているとターニャがなにかを手渡してくる。その手には黒いノートが握られていた。
「…………あ、日誌。忘れてた」
「もうっ、ほんとになにやっても詰めが甘いんだから。ほら、さっさと書いてきなさい」
「あはは、いつもありがとね。ターニャ」
ターニャに促され自分の席へと向かう。新入生として後からこの教室に入ったからかシラユキの席は廊下側の一番後ろだった。タクトやターニャのいる窓側でないのは残念ではあるが、それは来たるべき席替えまで待つとしよう。
「……よし、完成っ」
席に座り日誌作成に取り組むこと数分。朝に書くべき日誌を書き終えた頃には、すでに他のクラスメイトもゾロゾロと登校してきていた。やってきた友人達に声をかけたり、かけられたり。そんなことをしている内に教室の前方、黒板の上方二ヵ所に設置されているスピーカーからチャイムが鳴る。それと同時だ。学生の一日を告げるその音色と共に扉から何者かが浮き出してきた。
「はっはっは、いつもの通りに扉は開けずに失礼するよ! さぁ、今日も一日頑張ろうじゃないかっ」
扉を開けることなく頭からまるで水中へと飛びこむかの如く教室に入ってきたのは学園長、サダエ・シンレイだ。
このクラスの担任教師でもあるサダエは出席簿を開くと、出席番号一番から順に名前を呼んでいく。
「一番――、タクト・アサミヤ君」
「おうっ」
「二番――、わたしのターニャン」
「死ね」
「はは、今日も元気でおねぇさん嬉しいよっ!」
「し・ん・でっ?」
一般的な番号の付け方とは違い、名前順ではなくリサイクルされた順番で行われる出席確認。初期メンバーであるタクト達が真っ先に呼ばれるのは当然だった。そして、もちろんシラユキは一番最後となる。
「それじゃあ最後だね。一五番――、シラユキ・オルシオーネちゃん」
「はいっ」
自分の番号と共に呼ばれるタクトと占い同好会が付けてくれたその名前にシラユキは笑顔で返事をする。その表情を確認するとサダエはにっこりと微笑み出席簿を閉じた。
「――欠席者はなしっと。うん、みんな健康でなによりだ。さて、それじゃあ、ホームルームを始めるよ」
生徒会からのお知らせや物資確保の協力要請、設備の故障について……。重要なことは時折背後にある黒板へと書き出しながら、サダエは次々と今日の連絡事項を伝えていった。
日直であるシラユキも書き写すべき重要なお知らせを日誌に記していく。これも日直の仕事の一つなのだ。
「――今日の予定はこんな感じかな。あと、昼前には低学年との合同体育があるからね。しっかりと水分補給をするようにっ。それじゃあ、このまま一限に入ろう」
伝えるべき連絡を終えたらしいサダエは教卓に設置されている機械を操作し始める。するとシラユキの席の机から画面が浮かび上がった。それは他の生徒の机も同じでこの学園では主にこの目の前の立体映像と前方の黒板によって授業を進めることとなる。
こんなにハイテクなら日誌を書く必要もないような気がするが、サダエ曰く「日直なのに日誌を疎かにするなんて学園物じゃあないだろう?」とのことだった。
なんというか、サダエはこのサイクルが学園であることに相当なこだわりがあるようにみえる。全てをハイテクで済まさずに重要なことだけはわざわざ黒板に書きこむあたり筋金入りだ。
「さぁ、今日の一限はラービッシュの歴史。――なーんなつまらないことは例によって変えさせてもらったよ。諸君、これを見たまえっ!」
サダエに言われるがままに目の前の映像へと視線を向ける。そこに表示されていたのは、
「――学園祭開催のお知らせ?」
「そうさ、今日の職員会議でね、ようやく決めることができた。大体今までなかったのがおかしいんだ。学園といえば学園祭! そうだろう!?」
つい溢したシラユキの呟きを聞き逃すことなく、サダエは自信ありげに胸を張る。そのままチョークで大胆に〝学・園・祭ッ!〟と書き出すと黒板をバンっと叩いた。
「日程は一週間後! クラスごとに別の出し物を出してもらうことになるからね。これから少なくとも一限はこの学園祭のことに集中してほしい! さぁ、みんなで最高のサイクル学園祭を作り上げようじゃないか!」
サダエの宣言に教室中が湧く。いや、よく聞くと他のクラスでも同じような歓声が上がっているようだった。つまりは朝っぱらから学園サイクルでは至る所で声が上がっているということになる。なんというか、いつも通り賑やかな学園だ。
「――学園祭……!」
そう思いつつも内心シラユキも心を躍らせていた。この三カ月、様々な経験をしてきたが、それでもここまで学園を上げて盛り上げるイベントは初めてだったのだ。
シラユキにとって初めての学園祭という学園物らしいイベント。今この瞬間、その準備が始まろうとしていた。




