34´.サイクルの本の虫②
「ふん、状況は理解した。またサダエの気まぐれにつき合わされているのか……。お前も災難だったな」
「もう慣れてきましたけどね」
「シラユキ、お前は人が良すぎる。私なら絶対に断るぞ。――まぁいい。さて、花火の本だったな」
フミノは一言「ついてこい」と口にすると、腰かけていた机からヒョイと降りる。だが、その足が地面につくことはなかった。それよりも先に、その身体は再び美しい蝶の姿をかたどっていたからだ。
「おっと。扉、開けてやらねーとな」
そのまま扉に向けて舞う蝶にタクトが道を作る。
蝶はなにかを伝えようとしているのか、タクトの顔の前でその羽を動かしながら停止した。ただ、それも一瞬のことですぐに向きを変え無数の本に囲まれた図書室へと吸い込まれるかのように飛んでいく。
「行こうぜ。シラユキ」
「うん」
タクトと共に先行する蝶の後を追う。虫といってもシラユキの手のひらサイズもある大きさだ。ただでさえ鮮やかで目立つ彼女を見失うことはなかった。
途中、シラユキは周囲に目を向ける。やはりというか、図書室内部にはほとんど人の気配がない。先ほどまで読書スペースに見られた上級生もいつのまにか移動してしまったらしい。
生徒二人分の足跡しか聞こえてこない静寂の中を蝶は進む。
蝶の先にあるのは次々とそびえ立つ本棚。そこに収められている本は当然途方もない数だ。正直、検索機能のないサイクルの図書室で目的のたった一冊を探し出すなど図書委員であるシラユキすら至難の業だろう。
それでも蝶は真っ直ぐに目的地へと突き進む。それはまるで最初から場所が分かっているかのようだった。
やがて一つの本棚へとたどり着いた蝶は上から二番目の赤色の本の表紙に止まる。ここからでは高すぎてタイトルを確認できないが、恐らくあれがシラユキ達の求めた本なのだろう。
「よっと、シラユキ。これでいいんだよな?」
目的の本の一つ下の段までしか到達していなかったシラユキの指を追い越すかのようにタクトの手が伸ばされる。
タクトは手に取った本のタイトルを確認するとその赤色の本をこちらに差し出す。
「異世界人でも分かるシリーズ――花火編……。うん、シンプルだけどこれならなんとかなりそうっ。ありがと、タクト君」
本をパラパラとめくると、どこの世界のものなのか写真付きで花火についての説明が分かりやすくまとめられていた。これならばサダエも満足することだろう。
「どうやら、目的は果たせたようだな」
隣からフミノの声が聞こえてくる。いつの間にか人間の姿に戻っていた彼女は腕を組み、こちらに目を向けていた。
「はい、流石フミノ先輩です! この大量の本の中からたった一冊を探しだせるなんてっ」
「当たり前だ。私は一度触れた本であればどんな本であろうと探し出すことができる。それが私の〝本の虫〟の力なのだからな」
フミノの能力、〝本の虫〟は付着した自身の鱗粉を通して本限定ではあるものの、その位置を瞬時に割り出すというもの。それはたとえ何千何万と並ぶサイクルの図書室であろうともいかんなく発揮され、本に多少詳しくなったシラユキですら苦労する本探しを一瞬で成すことができる。さらに全ての本にマークがついていることを逆手に新書を探し出すのだから恐ろしい。
その力はゲーターとの戦闘においても重要視されていて、いかに素早く弱点を見つけ出すかが勝利の鍵を握る戦いでもフミノの存在は大きなものとなっていた。
事実、ラーフ戦でもその後の戦いでも、フミノのナビがなければどんな結果になっていたか分からない。
「――まぁ、探すためにいちいち元の姿に戻るのは面倒だがな。正直、人間の姿の方が楽ではある」
「そうですか? 私は蝶の先輩も綺麗で好きですよ?」
「…………本当に、物好きだな。お前は」
フミノは表情を変えることなく、視線を横にそらす。ただそれはシラユキの言葉に気分を害したからではないのだろう。
この数カ月で気がついたが、フミノは別に無感情というわけではない。ずっと人ではなく本の中の虫として生きてきたのだ。きっと感情の出し方が分からないだけなのだろう。
「それじゃあ、フミノ先輩。私達はこれでっ。ありがとうございました!」
「あぁ、これで私も読書に戻れる――と言いたいところだが、その前に、だ。――アサミヤ。お前、いつになったら借りた本を返す気になるんだ?」
目的の本を片手に足を踏み出そうとしたところで、フミノがこちらの後方に控えていたタクトへと向き直った。
「えっと、なんのことだ?」
その鋭い視線にタクトは自身を指差して首を傾げている。
そんなタクトの様子にフミノは大きなため息をついた。
「気がついていないと思ったか? 図書室にあるべき本の何冊かが行方知れずになっている。それも私がこの異世界に来る前からな」
さきほど目的の本があったのとは別の本棚を指差すフミノ。その先に目を動かすとそこには本一冊分、スペースの空いた箇所があった。言われて気がつくが、前にフミノの案内でざっと本棚を巡った時にもそこに本が収められてはいなかったような気がする。
「それがオレって、なんで分かんだよ」
「私は本の虫だぞ? こう何年もここにいれば鱗粉などなくとも誰がどの本を手にしているかくらい感覚で分かる。だが、お前からは私ですら感じたことのない紙の気配がするんだよ。理由はそれだけだ」
「…………」
「…………」
「えっと………」
二人の間に挟まれているシラユキは交互にその顔を見る。無言になった彼らからは妙な雰囲気が感じ取れた。
キーンコーンカーンコン。
その時、学園全体にチャイムの音が鳴り響く。図書室内の時計を見ると次の授業まであと少ししかなかった。どうやら、この鐘は予鈴のようだ。
「ヤベェ、シラユキっ! 次体育だろう!? 遅れたらリクになにされっか分かんねぇ。急ぐぞッ」
「う、うんっ。そうだね。フミノ先輩、本当にありがとうございました」
シラユキは素早くお辞儀をすると先を行くタクトの背を追う。他の授業であるならともかく体育の授業で遅刻するのはまずい。もうグラウンドを何十周と走らされるのは御免だった。
「――アサミヤっ!」
その時背後から声が響く。その声はフミノのもので、騒音厳禁の図書室において声を張り上げる姿など予想だにしなかったシラユキは思わず足を止める。
それは声を浴びせられたタクトも同じようで、振り返ることはないもののその歩みを止め、次の言葉を待っているようだった。
「……返す気はあるんだな?」
フミノがタクトに投げかけたのはあやふやになりかけていた二人の話、その続きだ。
その問いにタクトは少し黙り込んでいたが、
「…………あぁ。必ず返すさ」
声の主に背を向けながらも力強くそう答える。
「ならいいんだ。時間を取らせたな。もう行け」
フミノのその言葉を最後に、シラユキ達は図書室を後にした。




