第五話:集合
「ふぅむ、やはりか」
「どうだ? 見つかったか?」
「いや、何処にも、一つも無いな」
天和らを置いて普賢の間を出た大海原と海堂は、気になっていたものを探しに天守の中を歩いて回っていた。黒く塗られた漆喰の壁を隅から隅まで観察し、窓の外に見える城壁にも目を通した。一通り見終わったところで、二人は同じ結論を見出した。
「無いな。一つも」
「あぁ、まさかとは思ったが、本当に狭間が一つも無い」
狭間というのは、城の天守や城壁などに設置されている防御用の穴のことである。敵が攻めてきた際には、その穴から銃や弓矢を突き出して攻撃することができる。使う兵器によって適切な形が異なるため、丸や三角、長方形など様々な形が存在するが、いずれも目的としては同じである。
重要な防衛設備の一つである狭間が、この霧雨城にはただの一つも無かった。表面だけ漆喰で固めてカモフラージュした隠し狭間というのもあるが、それにしても内側から見れば分かるようになっている。だがこの天守の壁にはそれすら見当たらなかった。
海堂が呟く。
「よくよく考えてみれば、階段も違和感があるな」
「何が?」
「普通城の階段というのは、狭く急に作られている。敵が攻め入った時簡単に登れないようになっているものだ。だがここのはそうじゃない。普通に登りやすいものだ」
「それは住む人間が不便になるからじゃないのか?」
「城ってのは攻防の要、いわば要塞であって生活拠点じゃない。まぁ籠城戦なんてのもあるがあれだって一時的なものだ。基本的に人が住むようには出来ていない。だから迷路のようになっていたり、道が若干上り坂で進みにくなったりするんだ」
「なるほど。そう考えるとこの城は、無虎口はあるが坂でもなければ迷路でもない。狭間も無しで階段も……防衛設備としては造りが甘すぎないか?」
「あぁ。城造りの名手の一人、藤堂高虎の設計と聞いていたが、こんな有様では何の信憑性も無い」
やれやれといった様子で首を横に振る海堂。その様子を見ながら大海原が尋ねる。
「先程の話、霧生辰政とかいう妖術師とやらが城を造ったと言っていたが?」
「それが本当かどうかはともかく、一般的な認識とやらは否定されるな」
確認が終わると、二人は早々に集合場所である普賢の間に向けて歩いていく。戻ってみると、天和、秋川、マミの他に片山教授の姿があった。こちらを見つけた片山教授が小声で話しかけてくる。
「あぁ、君達。戻ってきたのか。実のところちょっと助かったよ。アッチはちょっと声をかけ辛くて」
そう言って天和を指し示す片山教授に、大海原は苦笑する。咳払いをすると、声量を戻して尋ねてきた。
「それで、調査の方はどうかな?」
大海原と海堂は、自分達が気になった点と検証の結果を手短に伝える。それを聞いた片山教授は、満足げに笑みを浮かべた。
「なるほど、実に面白い。中々収穫は多そうだね。時間はそうだなぁ、ちょっと早いけど、揃うなら切り上げてもいい感じかな?」
片山教授が腕時計を見て考えていたところに、何処からか足音が響いてきた。皆が首を傾げる中、海堂は西側の戸の陰に身を潜める。足音は段々と大きくなっていき、やがてその主が姿を現す。
「――ッハハァ、こーこまーでおーいでーって、ありゃ?」
部屋に飛び込んできたのは、頭にバンダナを巻いた少年だった。その姿に気付いた瞬間、海堂は相手の襟元を引っ掴んで宙にぶら下げる。急なことに、少年も呆然とした様子だ。
だがまだ足音は聞こえてくる。幾分か遅れてもう一人、普賢の間に駆け込んできた。
「ハァ、ハァ、ハァ……ど、何処行った……な、なんて、速さ……」
「ん、誰かと思ったらミコちゃんじゃないか」
肩で息をしている女性の顔を見て、大海原が呟く。その声に気付いて顔を上げた美琴は、きょろきょろと周囲を見やる。ここが普賢の間であるということに気付き、次いで自分が追っていた相手が海堂の手中にあるのに気付いた。
「や、やっと、追いついた……なんで、こんな、速いの……」
「こいつの逃げ足は現役スプリンター顔負けだからな。それで? なんで三倉に追われてる?」
「あれ、誰かと思ったらマサ兄じゃん。なんでここに?」
振り向いたところで、文太は自身を釣り上げているのが海堂であるということに気付く。深呼吸をして息を整えつつ、美琴が尋ねる。
「海堂君、知ってるの?」
「まぁ、知り合いだな」
「――あ、ここに来たのか……お、流石海堂君」
のんびりと歩いてやってきた高沢が、文太を捉えている海堂を見て口笛を吹く。その後ろから、真琴が顔を覗かせている。
それを見た片山教授が、好機とばかりに手を叩く。
「ちょうど皆揃ったな。ちょっと時間は早いけど、本日のフィールドワークはとりあえず終了ということにします。後は各自自由解散で――」
――異変が起こったのは、その時だった。




