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第六話:閉じられた世界

 地揺れの音が辺りに響く。城そのものが揺れているのを肌と目で感じる。

「キャッ!?」

「捕まってろ」

「地震だ」

「マ~サ~に~い~お~ろ~し~て~」

「だな」

「おいおいマジかよ」

「震度は?」

「一、いや二かしら?」

「わっとと」

「できるだけ部屋の中央に集まるんだ」

 揺れがおさまらないうちから、口々に言葉を漏らす大海原達。そう大きくないとはいえ、地震が発生している最中に口を開く余裕があるのは流石日本人といったところか。

 しばらくしてすると地震はおさまった。数秒して、誰からともなく安堵の溜息が漏れる。

「収まったか。やっぱ震度二くらいか?」

「そんなもんじゃないかねぇ」

 文太を下ろしつつ言葉を漏らした海堂に、大海原がのんびりと答える。皆の緊張の糸が解れかけた、その時。


 ――ゴゴゴゴゴゴ……!!


「――うわっ」

「また!?」

 再び足下が揺れだした。だがその強さは、先程とは比べ物にならないほど強いものだった。

「おいおいマジかよ」

「さっきと比べものにならんぞ」

「ヤバくねぇかこれ!?」

「あわわわわわ……」

「早く!! 早くこっちへ来るんだ!!」

「お姉……」

「マコ、こっち!!」

「強い、しかも長い……」

 滅多に経験しないレベルの地揺れに、流石に皆焦りだす。あまりに強いその揺れの中では、誰もまともに立って歩けやしない。それでも片山の指示に従い、床を這いながらなんとか部屋の中央へと身を寄せていく。

 展示品、床、天井、ガラスケース……ありとあらゆるものが揺さぶられ、不穏な音楽を奏で続ける。その音色は人々の不安と恐怖をただひたすらに煽り続ける。

 息すら忘れ、終わりの見えない恐怖の中をじっと堪える。時の流れに置き去りにされたように感じた大海原だったが、やがて正常な流れの中へと戻された。

 気付けば振動も音も止んでいた。

「……おさまった?」

「そのようだな」

「勘弁してくれよなぁもう」

「若、智美!!」

「勇次さん……」

「マコ、大丈夫?」

「ダイジョブだよー」

「こ、こんなの初めて……」

「皆、無事かね?」

 張りつめていたものが緩み、溜息交じりに口を開く。大海原の顔に、乾いた笑みが浮かぶ。

「いやぁ、これは――」


 ――ガチャリ。


 どこからともなく、微かな音が響いた。


『我ぞ椒圖。閉じるを好む竜子なり』


 馴染みの無い不穏な声が響いた。そして。


『――!?』


 寒くもないのに身体が震えた。皿のように目を丸くしながら、周囲に目をやる。大海原だけでなく、他の九人も皆同じような仕草をとっている。誰もが総毛立ち、冷や汗を浮かべている。

 皆同じものを感じているのだと、大海原は思った。霊感や第六感といったものを持っている自覚はなかったが、今回ばかりはそれが働いているのだと理解できた。

 警鐘を鳴らしている。ここにいてはいけないと告げている。脱せよとまくし立てる。

 だが、もう遅かった。

「……!!」

 何度か深呼吸をして、ゆっくりと部屋の様子を確認していく。皆訳が分からないといった様子でしきりに顔を動かしている。部屋にあったはずの展示品が、いつの間にか姿を消している。それも十分驚愕に値するのだが、一周見回したところで愕然とした。

 部屋と廊下を隔てる三つの襖。勝手に閉められることのないよう固定されていたはずのそれらが、全て閉まっていた。

 そのことに気付いたのは、大海原だけではなかった。

「ねぇ、あれ……」

 美琴の呟くような声に誘われ、部屋にいる残りの八人も認識していく。やがて理解が及ぶと、息を飲んだ。


『賢者たらんと欲するならば、口開かざれ普賢の間』


 大海原達の脳裏に、氷室の言葉がよぎる。

「……ハ、ハハ、んなわけあるかよ」

 乾いた笑みを浮かべながら、天和が襖の一つに歩み寄る。震える指を引っ掛けると、勢いよく開け放つ。

「……何なんだよ、こりゃあ……?」

 襖の先にあった光景に、天和は呆然と呟いた。夕暮れ時というわけでもないのに、空はいつの間にか赤銅色に染まり、紫がかった黒い雲のようなものが浮かんでいる。観光地ということである程度人がいたはずなのだが、二の丸や三の丸に人影は一切見当たらない。城壁を越えた先に広がる平野も、建築物が全く無いように見える。

 現実感の無い禍々しい光景に、誰もが言葉を失う。頭の処理が追いつかず、何も考えることができない。

「ようこそ、我が城へ」

 不穏な声が、再び耳に届いた。息を詰まらせながら、ゆっくりと振り向く。

 そこにいたのは、白銀の毛色を持つ狼を侍らせた、着流し姿の骸骨だった。闇を湛えた眼窩が、一同を見やる。透かし彫りの扇子を片手に立つその姿。口は無いが、不敵な笑みを浮かべているように感じられた。

 その咢が、開く。

「よくぞ参られた。久方ぶりの招かれざる客人よ」

 紫がかった黒い靄のようなものを身に纏い、カラカラと音を立てる骸骨。既に思考が停止している彼らの中で、いち早く動くことができたのは片山教授だった。

「何なんだ、一体……? 何がどうなってる? アンタは誰だ!?」

「織田の地に入る主の命……終わりぞ」

「おい、ちょっと――ガッ!?」

 骸骨の呟くような声の後、傍らの白狼が目を赤く光らせて飛び出した。一足飛びに距離を詰めると、前足の爪で片山を貫いた。相手の後ろ足で蹴り飛ばされた片山が床に叩きつけられる。腹に空いた穴から鮮血が広がっていく。

「ヒッ……!?」

 誰かの悲鳴が漏れる。その声に反応したのか否か、白い狼の赤い目が、九人の方に向けられる。狂気の笑みを浮かべながら、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。深紅に染まった片腕が、実に生々しい。

「来るな、来るな!! ――!?」

 喚きながら、天和が自分の手荷物を投げ飛ばす。比較的正確に飛んでいき、正面の顔を捉える。だが手荷物は白狼をすり抜け、床に落ちてしまった。

「に、逃げろ!!」

 文太の高い声が響いた。と同時に背後の襖を開け放ち、全速力で駆けだした。ようやく正気に戻った他の面々も、蜘蛛の子を散らすようにその場を離れた。

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