第四話:妹と悪戯小僧と
「……いやぁ、生きた心地しなかったわ」
「アハハ、そうね」
秋川が姿を見せた瞬間から、三倉と高沢は息を潜めていた。どう見てもヤバそうにしか見えない男に目をつけられたくなかったからだ。年下のはずの天和に敬語を使い、頭を下げたあたりでいよいよ確信した二人は、音を立てないよう静かに部屋を出ていったのである。
「噂は聞いてたけど、やっぱりねぇ」
「あんなあからさまなのは初めて見たかも」
「できれば一生関わり合いになりたくないですよぅ~」
ぼやきながら嘆息する三倉。だが時既に遅しということに思い至り、さらに肩を落とす。
「まぁまぁ、普通にしてれば縁遠い世界だし、一応あと半年の付き合いだし。ね?」
「そうですよねぇ……悠奈さんの仰る通りです、はい」
高沢に慰められ、仕方がないことと諦めをつける。高沢が言う。
「ほら、そんな顔してると妹さんに心配かけちゃうよ?」
「ん……ありがとうございます。悠奈さん」
「You're welcome. あー楽しみだなぁ。ミコちゃんの妹さんかぁ」
「そんな期待しないでくださいよ? 何せあたしの妹ですから」
苦笑すると、三倉は天守を出て大手門へと進んでいく。高沢は朗らかに雑談をしながら彼女の後をついていった。氷室から受けた構造の説明は、残念ながら今一つ頭に入っていない。ただあえて曲がり角を作るなどして進行を邪魔しようとしているというのは実体験で理解できていた。
二の丸を出て三の丸へ、城門が見えてきたところで、三倉は人の顔に注意を向ける。
「ええっとマコはっと……あ、いた」
大手門から少し離れた木陰に自分とよく似た顔を見つけ、美琴が駆け寄る。近くまで来たところで、首を傾げた。
「ん? 何してるの?」
「あ、お姉。やっほー」
声をかけられたことに気付き、三倉真琴は姉に軽い挨拶を返す。質問に対する答えになっていないと呆れていると、相手の後ろに小さな影があるのに気付いた。少し位置を変えてみると、すぐに正体が分かった。
「ん、子供? 知り合い?」
「あーっとこの子は……」
「あ、どーも。マコ姉のお姉ちゃん? 初めまして、ボクは谷原文太っての。一つよろしく」
ウエストポーチを引っ提げ、バンダナを頭に巻いた小学生の少年は、美琴に向けて笑みを浮かべながら手を差し出す。
「文太君っていうのね。あたしは三倉美琴。よろしく――キャッ!?」
相手に合わせて名乗り、手を出して握手する美琴。その瞬間、握った手の中から何かが破裂したような感覚と音が伝わってきた。思わず悲鳴を上げて手を離す。心拍数が跳ね上がり、パニック気味になりながら自らの右手を見る。
とそこへ。
「アッハハハハハ、ナイスリアクションお姉ちゃん」
大仰な動きで手を叩きながら、文太が笑う。彼の仕業と気付いた美琴が目くじらを立てる。
「あ、あんた何したのよ!?」
「アハハ……いやなに、ちょいとこいつを仕込んでただけさ」
文太はウエストポーチから小さな玉を取り出し、思い切り地面に叩きつけた。先程と同じ破裂音が辺りに響く。
「かんしゃく玉ってやつさ。ただの玩具花火だよ」
「なっ、何なのよこの子は!?」
「谷原文太。霧雨市立狭間小学校の六年生。相手を引っ掛けることは得意な【天下御免の悪戯小僧】」
「クソガキ結構悪ガキ結構、今や至高の褒め言葉。って、ユウ姉じゃん、何でここに?」
いつの間にか背後に回っていた高沢が、文太の肩に両手を置いて不敵な笑みを浮かべる。まるで犯人を捕らえた刑事だ。そんな彼女を不思議そうに見上げる様子を見て、美琴は尋ねる。
「知り合いですか?」
「うん、まぁね。割と近所でよく顔を合わせるから。それに結構な有名人だしねぇ文太君は」
「いやぁそれほどでも」
「褒めてるわけじゃないのよ」
片手を肩にしっかりと置いたまま、高沢は文太の頭を軽くはたく。それに苦笑しつつ美琴は真琴に尋ねる。
「で、その悪戯小僧とあんたが何で一緒なわけ?」
「んと、ここ入るのってさ、入場料が必要じゃん? 受付で手続きするときにさ、この子がしれっと一緒についてきちゃったのよ。受付のおばちゃんに何か言ったと思ったら『お姉ちゃんとはぐれないように』って言われちゃって。だからちょっと問い詰めようかと思ってたところだったの」
「……どういうこと?」
「……あぁ、そういうこと」
同じだけ間が空いたが、美琴と高沢の反応は正反対だった。美琴が高沢に問いかける。
「どういうことですか?」
「霧雨市はね、一部の施設で『保護者と一緒だと小学生の利用料金が無料になる』っていうのをやってるの。夏休みの間だけね。縁もゆかりもないあなたの妹さん、真琴ちゃんを姉に仕立て上げて、まんまとタダで入ってきたのよこのクソガキは」
左腕でしっかりと文太の首をホールドし、右手の拳でそのこめかみの辺りをぐりぐりとやりだす。文句を言う文太にはお構いなしだ。彼女の説明を聞いて、三倉姉妹は驚きを通り越して呆れていた。
「何というか、まぁ……」
「よくそんな知恵が回るわね……」
「こんなこともできるよっと」
言うが早いか、文太は高沢の拘束をするりと抜けた。三人の方を向いて手を叩いた次の瞬間、彼の手中にカラーボールが二つ出現した。驚く暇もなく、文太はそのボールを使ってジャグリングを始める。ボールを高く上げたと思ったら、軽業のような身のこなしを見せる。その度にボールが増えていき、宙に五つのボールが舞い踊る。
「よっ、はっ、ほいやっ……っとぉ」
その場でくるりと回転し、落ちてくるボールを回収していく。最後のボールをキャッチすると、大きな動作で一礼して見せる。突如目の前で繰り広げられたパフォーマンスに美琴、真琴はただただ唖然としていた。
高沢が溜息をつく。
「ほんと、この器用さは称賛に値するんだけどねぇ」
「お褒めの言葉を頂き恐縮でございます。では――」
丁寧な挨拶を返す文太。だがその口調には、慇懃無礼という言葉がよく似合う。美琴がそんな風に思っていると、相手の手元から何かが飛んできた。それはシュルシュルと音を立てながら、火花を散らして回転し足下をうろちょろしだす。
「へっ!? わっ――キャッ!?」
突然のことに軽くパニックになり慌てふためく。終いにはそれが破裂した音に驚き、普段出さないような声を上げてしまう。
「アッハハハハ、キャッ!? だって。かーわいー」
「なっ……!! もう頭にきた!! 待ちなさいこのクソガキ!!」
「やーなこったぁい」
神経を逆撫でするような声と態度で煽ると、文太は天守の方へと駆けていった。売り言葉に買い言葉で、キレた美琴も後を追う。残された真琴と高沢は、互いを見やって苦笑した。
「すみません、ウチのお姉割と沸点低いんですよ」
「まぁ、よくあることよ。あの子の場合。さて、ミコちゃんはともかく文太の身柄はしっかり確保しとかないと」
「何しでかすか分かったもんじゃないですしねぇ……あ、今更ですが私、三倉美琴の妹で三倉真琴です」
「あっと、私は高沢悠奈。よろしくね。そんじゃあマコちゃん、行きますかー」
「はい」
遅まきながらの挨拶を終えると、二人は少し小さくなった美琴の背中を追った。




