96.火遊びの代償
俺の人生に平穏の二文字は、いつ訪れるのでしょうか?
どうしてこうなった!が寝る前の口癖になりつつあるアーサー君です。
突然のおめでた発表で、報告の場はてんやわんやになりました。
とりあえずはみんなが両親に祝福の言葉を送り、いったん解散の方向に向かいます。
父様が母様を抱き寄せながら、「続きは夕方に」と言ってリビングを出ました。
おい、身重なんだから無茶するなよ!
っと、ゲスな事を考えながら、俺はリーラとともにひとまず自室へと向かいました。
旅装を解いて、少しゆっくりしたい気分です。
ええ、王都からの帰還の道のりよりも、半刻ほどの説明の方がよっぽど疲れた気がしますよ。
リーラの手助けで嫌な汗をかいたシャツなどを脱いで、お風呂に向かいます。
王城での敏腕メイドさんも手際が良かったんですが、長年の付き合いでやっぱりリーラに軍配が上がりますね。
そうしてお風呂で汗を流して、新しい服に着替えて部屋に戻れば、ちょうどそこへリーラがおやつを運んできてくれました。
うん?なんだか量が多いですね。3~4人分はあるんじゃないでしょうか?
俺がそう思っていたら、リーラに続いてエリカとミレーユが部屋に入ってきます。
あれ?これもしかして修羅場?
っと、思ったら、エリカが楽しそうにミレーユとはしゃいでいまして、俺は一人置いてけぼり状態ですよ。
俺は首を傾げながら2人の様子を眺めていると、リーラが耳打ちしてくれます。
「エリカちゃん、お姉さん欲しかったみたいですよ?」
……ああ、なるほど。ミレーユの年齢的には、リーラよりも少し年下ですからね。
エリカにとって見れば良い、お姉さんポジって事ですかね。
ん?今、一瞬だけエリカの目が光った気がしたんですが……
気のせい…… ですよね?
そこからは、エリカとリーラに王都で買ってきたおみやげを渡して、ワイワイと盛り上がりました。
エリカとミレーユは俺が湯を浴びている間に、改めて自己紹介したそうで普通に仲良くしています。
何でしょうかね?俺の思い過ごしだったんでしょうか?
そんな和気藹々とした茶話会を終え、気づけば窓から差し込む光は茜色に染まっています。
茶菓子で出されたクッキーは、リーラも含めて女性陣がペロリと平らげまして、俺は盛大に空腹を覚えました。
ミレーユって、魚以外でもけっこう食べるんですね。
そう言えば、出発前に氷を生み出す俺がいなくなるので、冷蔵庫の食材を使いきった事を思い出しました。
それで食事の前に、厨房へ顔を出そうかと思いましたらエリカがニッコリ微笑んで俺に話しかけてきます。
「私も、氷の魔法を覚えたんだよ!」
「ホント!? エリカ、すごいじゃない!」
おお!ホントにそれは朗報ですね!
水魔法を使える人間でも、魔力量が少なかったり、ちょっとしたコツを覚えられないとなかなか氷を作れないんですよ。
それを使えるようになったって事は、エリカの魔力量や才能はかなりのものですね。
あれ?そう言えば出迎えの時に、火魔法も出してましたよね?
「ところでエリカ、さっき火魔法も使ってたよね?」
「うん、火と水それに今は風魔法も練習してるんだよ!」
おおぅ、俺みたいなチートじゃなくて、天然物のトリプルがごく身近に存在していたみたいです。
それにロイドさん仕込みの斥候術も加われば、エリカの将来ってかなり有望なんじゃないでしょうか?
「そうなんだ~ エリカも頑張ってたんだね!」
俺がそう言うと、エリカは歳相応の笑顔を見せて、俺に抱きついてきます。
「うん、いつまでもアーサー君に守られてばっかりじゃなくて、一緒に歩くんだもん!」
あっるぇ~っ? ごく最近、このセリフ出てきたような気がしますね。
誰の仕業か、一発で判明しましたよ。
ったく、母様もエリカに何を吹き込んでくれているんでしょうか。
……でも、悪い気はしませんね。
そのまま一緒に手をつないで食堂へ向かうと、恐ろしいまでの殺気が背後に感じられ、背中に冷たい汗が流れます。
振り返れば、案の定ロイドさんも食堂へ向かう途中だったらしく、能面のような表情でこちらに近づいてきました。
ですが、その表情はエリカが振り向いたのと同時に、スイッチを切り替えたように柔和な笑顔に変化しました!
なにこのスキル!
「あっ、お父様。お願いしていた物、ありましたか?」
俺の腕に抱きついたまま、器用に体を入れ替えて後ろを向きエリカがロイドさんに尋ねました。
「い、いや、あるにはあるんだが…… エリカ、本当に欲しいのかい?」
「ええ、絶対に。夜までには届きますよね?」
先ほどの殺気ビシビシの無表情とは、違う意味で顔から表情を消したロイドさんが、ガックリ肩を落としています。
一体、エリカは何を頼んだのでしょうか?
ですがなんとなく、エリカの雰囲気に母様と通じるモノを感じまして、質問が躊躇われます。
けっきょく、その場では何も聞けずに、食堂に到着してしまいました。
そして俺の帰還を祝して、少し豪華な夕食を摂りまして、それから報告会の続きとなりました。
エリカとミレーユは、お風呂に入るらしくそのまま食堂をあとにして、大人達と約一名……
見た目は子供、中身はおっさんが食堂に残ります。
「さて、どこまで聞いたかな?」
父様が一口だけワインを含みそれから話の筋を思い出そうと、そう切り出しました。
「決闘のくだり、その先から報告しますね」
俺がそう言うと、父様が頷いて俺は決闘後の顛末を改めて語り始めました。
ウードとの決闘後、丸一日寝込んでいた事。その間に晩餐が行われ、俺の功績について王様がやむなく発表したこと。
そこまで話すと、母様が突然腰を浮かせます。
「明日の朝一番で、ちょっと王都に行ってくるわ」
いやいやいや、やめて!あなたが出たら、王都が火の海になりますから!
「ディアナ、身重なんだから落ち着きなさい」
父様がたしなめてくれまして、ようやく母様が席に腰を下ろしました。
俺も小さく安堵のため息を吐いてから、続きを語り始めます。
ハワース辺境伯家の処罰と、ミュアー商会のトカゲのシッポ切り。そして、ミレイア様の半年間の修道院送り。
それを聞いて次に腰を浮かせたのは、ロイドさんでした。
「あの腐れジジイ、卑怯な真似で逃げおおせましたか。やはりこの手で確実に……」
いやいやいや、やめて!確実に仕留められるだろうけど、捕まっちゃいますから!
「いや、ミュアー商会はどうやら、火の不始末があったらしくて全焼したみたいですよ?
それにどういう訳か、裏帳簿を落とした店子がいたらしく、商会長は連行されたみたいですね」
俺がすっとぼけてそう言うと、大人達の目元がジトっと沈み、こちらに疑いの眼を向けてきます。
ひどい!とんだ濡れ衣です! 証拠はないんだからね!
あっ、いや、スミマセン……
俺の話を聞いて、ロイドさんは少し感心したように口笛をふき、母様が少しだけ真剣な顔で質問してきました。
「アーサー、市街地で火魔法を使うときの心得は、忘れてないわよね?」
「はい、母様。キチンと恐怖だけあたえて、巻き添えは出さない。でしたよね?」
「それで、今回は?」
「何のことでしょうか?俺はその時、宿屋にいましたよ?」
俺がそう言うと、母様は少し眉間にシワを寄せて口を開きかけます。
「……ですが、商会の火事では幸い、死人もけが人も出ていないそうですよ?」
俺が笑ってそう言うと、母様も毒気を抜かれたように、小さく溜息をこぼしました。
「……そう、それならいいわ。でも、アーサーは火遊びしちゃダメよ」
「はい、母様」
俺と母様が、黒い笑顔でそう言って視線を交わすのを見て、父様とロイドさんがドン引きしています。
俺は小さく咳払いをして、話題を変えるとその後の顛末を話し始めました。
具体的にはウチの領の料理を目当てに、料理人の研修依頼や引き抜きを防止する必要性について話し合います。
それから、俺は思い切って自分の婚約や婚姻について、父様に訪ねてみました。
「うむ、オマエの婚姻については……」
「婚姻については……?」
「……いまだ、白紙だ」
……俺は盛大にズッコケました。
俺のリアクションを見てクスリと笑った母様が、父様のフォローに回りました。
「特に、これまでの所どこかの家からも、婚姻の誘いや斡旋は来ていないわ。
それに、あなたの人生なんだから結婚相手くらい、自分で探して欲しいのよ。
貴族だからって、家が押し付けた相手と結婚する必要はないわ」
うん、さすが元冒険者。貴族の常識には縛られませんね!
「まあ、どんなお嫁さんでも、キッチリ私が仕込んであげるから、心配しなくていいわよ?」
ヒュン!
最後の一言で、なぜか肝が冷えました。
すったもんだの末に、俺の婚姻については俺本人が決めるって事で、納得してもらいました。
途中で母様がエリカの話をチラリと出して、ロイドさんに視線で殺されそうになったのは、ご愛嬌?なのでしょうか……
そうして夕食が終わり、部屋に引き上げようとした時でした。
「ああ、アーサー、部屋へ戻る前にちょっと倉庫に来なさい」
ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュン!
こうして俺は倉庫に連行されまして、ウードとの決闘よりも恐怖を味わいましたよ。ええ……
そうしてフラフラになりながら部屋に戻ると、もう何もする気にならずベッドへ潜り込みました。
それからベッドの中でモゾモゾしていると、小さなノックの音がして誰かが入ってきました。
誰かと問わなくても、この時間に俺の部屋に来るのは、リーラかエリカぐらいのものです。
大穴でロイドさん……?
そう思って、少し視線を入口の方向に向ければ……
あれ?頭のてっぺんに耳が見えますね。もしかしてミレーユでしたか?
いや、それにしては少し小柄です。
「アーサー君、久しぶりに一緒に寝よう」
そう言った声は、間違いなくエリカの声です。
暗闇の中で目を凝らせば、その顔は間違いなくエリカでした。
なっ! なんだと!
エリカが俺のベッドに侵入してくるのは、日常茶飯事なので問題ないのですが……
大問題なのはその格好です。
エリカよ、なぜ君はネコミミのカチューシャを着けているんだ!
クソッ、ニセモノに騙されたりは……
……すみません、誘惑に負けてモフりました。はい、もふもふと……
――幼年期編 了――
これにて幼年期編は終了です。
数話ほど閑話を入れて、次の話を始める予定です。
幼年期だけで96話……どうしてこうなった!




