表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/113

53.マナーは守りましょう!


いやはやあんなセクハラ親父、現代社会でもそうそうお目にかかれませんよ?

すっかり社畜時代に戻ったような気がしている、アーサー君です。



さて、伝達式を終えてから、少し時間を置いて晩餐とあいなりました。

あのウシガエルの顔を見ながら食事とか、食欲がわきませんが割りきりましょう。


前世では散々、嫌な取引先や相手と会食してましたからね。


うん、湯を浴びてサッパリしているはずなのに、爽快感の欠片も感じられないウシガエルが、ノソノソと食堂にやって来まして、晩餐がスタートしました。

先ほどのやりとりの中で、どうもあのウシガエルはリーラにロックオンしたようでしたので、晩餐では給仕をせず奥の仕事を担当してもらっています。


ええ、俺がそうするように強く『お願い』しましたからね。父様に。



「それでは、勅使であるフロック殿を労う晩餐を始めるとしようか」



そう言って父様が杯を掲げ晩餐が開始されます。

ですが、ワインのグラスとカトラリー以外は、まだテーブルには置かれていません。


むふふ、この辺は事前にモーリスや料理長と相談してメニューを考えてあります。

この世界の貴族料理と言えば、テーブルいっぱいに料理を並べて、豪華さを競うような感じです。


ですが、毎回大量に料理が余りますし、準備するのも大変なのです。

そこで俺が前世で覚えていた、フレンチやイタリアンのコースメニューのサーブ(配膳)方法を教え、メニューもそれに合わせて考えてもらいました。


クククッ、案の定ウシガエルの野郎は複数置かれたナイフとフォークや、何も置かれていないテーブルに目を白黒させていますよ。


「セルウィン子爵殿、これは一体どういう趣向ですかな?料理が一つも見当たりませんが?」


「ああ、当家の料理は一風変わっておりましてな。料理は目と舌で楽しんでもらうのですよ」


そう言って父様が軽く手を上げると、モーリスを筆頭として数人の侍従達が、前菜を運んできます。


「本日の前菜は、鶏レバーのムースと季節の野菜のサラダでございます」


そう言って出された一皿は、肌色の滑らかなムースが丸く型どられ、その周囲に色鮮やかな瑞々しい野菜が添えられています。

そして大きめの白い皿で出されたその余白には、トマトをベースにした赤いドレッシング・ソースが踊っていますね。


うん、料理長。今日もいい仕事してますね~!


前世では俺も料理好きでしたから、色々とレシピにも目を通していましたからね。

記憶の泉で引っ張り出した過去のレストランのメニューなどを基礎から丁寧に教えてあげました。


そのおかげで、料理長は貪欲に技術を追い求め、俺も調子に乗ってどんどんレシピや技法を教えていったんですよ。

そうするとどうなるかと言えば、いつものごとくやり過ぎた訳でして……


この世界にはない料理を多数教えてしまったもんですから、多彩なレシピがここ数年で生まれてしまったんですよ。


これを一気に外に発表した場合、王国中の料理界に混乱を招くかもしれないって事に気づいたんですよ。

食の恨みは怖いですからね。職を失った料理人に刺されたりでもしたら大変です。


なのでタイミングを見て、小出しにして行こうという判断が下されたんですね。



おっと、話が脇道にそれましたね。

おお、今日の主賓であるウシガエルも、案の定前菜の一皿で目を丸くして驚いています。


「ナイフとフォークは外側から、手前のナプキンは胸元かヒザにお掛け下さい」


モーリスが丁寧にウシガエルに説明しちゃいましたよ。もう少しキョドってる姿を拝見したかったんですがね。


「一体、この料理は何なのだ!こんな色鮮やかな料理など見たこともない!」


まったく、ウシガエルときたらマナーも守れないんでしょうか?食事の時は静かに楽しむものですよ?

おっと、相手は人間ではなくてウシガエルでしたね。


「しかし、鳥のレバーとは臓物であろう?それを客に出すのかね?セルウィン家は!」


「おや?鶏はお嫌いでしたかな?まあ、騙されたと思って一口どうぞ」



父様はそう言いながら、自分は平然と前菜を口に運び、ウシガエルに料理を薦めます。

まあこの世界では、ごく一部を除いてまだ内臓系の料理は発展してませんから、当然といえば当然です。


しかしこの前菜は、それよりも奥深い意味を含んでいるんですが、コイツには分からないでしょうね。


レバーのムースを作るには、新鮮な鶏が必要なのはモチロンですが、1羽につき、大ぶりのコイン程度の大きさしかない鶏のレバーが、大量に必要なんですね。

鳥のレバーを手に入れるには、当然生きた鶏を〆なければいけません。


それをコンソメや香草と一緒に煮込んでから取り出し、裏ごししてから『生クリーム』と合せて作らないといけません。


この世界には固形のコンソメも売っていませんし、ましてやスーパーから気軽に生クリームを買ってくる事も出来ないんですよ?


つまり、ものすごくコストと手間がかかってるんですね。



ああ、いい忘れてましたけど俺は毎朝調理場に行って、食料保管庫に氷を出すのが日課になってます。

氷を生み出すくらいだったら、それほど手間ではありませんし、食中毒って怖いですからね。



「な!なんだ、この旨味とまろやかな味はっ!」


ん?説明の途中なんだから鳴くんじゃないよ。まったく、これだからウシガエルは……

臓物と聞いて忌避感を覚えていたはずの人間が、まるでむさぼるように前菜をガッついてます。


「すぐに、おかわりを持ってこい!はやくしろ」


ソースを口の横につけたまま、モーリスに早口で命令してますね。


「よろしいのですかな? まだ、これから料理は次々と運ばれてまいりますが?」


「いいから、持ってこい!」


おお、悪食とはこういう事を言うのでしょうね。

アランさんも、前菜の味には驚いていましたが、マナーを守り静かに食事を楽しんでいます。

こうして比べてみれば、一層ウシガエルの酷さが目立ちますね。


そしてここがポイントになるのですが、テーブルこそ上座と下座で別ですが、他の護衛の騎士や書記官など式典に随行して、数人がついてきています。

今日の料理は、上下のテーブルでほぼ同じものが供されていますので、この味は全員が味わっています。


つまりは、勅使であるフロックの悪食だけが目立っているのです。

アランさんからの情報によれば、今回の一行の中で辺境伯の息がかかっているのは、フロック一人という事でして……


やっぱり、ヒソヒソと随行員達のテーブルでは、囁きが交わされています。


そうこうしているうちに、全員が前菜を平らげて皿が下げられていきます。

しかし、フロックの所にだけ、もう一枚前菜が運ばれてくるんですね。


もう、浮きまくりですよ。


ややあって、全員の席にはスープが運ばれてきました。

ここはオーソドックスなコーンスープなのですが、これも濃厚に仕立てるには乳製品が欠かせません。

全員がその濃厚な味に口数も少なく、料理に集中していますね。


「フロック殿、少し落ち着かれてはいかがかね? 勅使としての品格を疑われますぞ」


皿ごと食いつくす勢いで、スープをゴクゴクと飲んでいたフロックに、アランさんがさすがに苦言を呈します。

そう言われてハッと我に返ったのか、フロックは周囲を見渡し、途端に取り繕い出しました。


いまさら遅いっつーの!



そんなフロックの様子を尻目に、アランさんが父様に話を振ります。


「しかし、これほどの料理は王都でも、お目にかかったことはありませんな。さぞかし名のある料理人を雇われたのですかな?」


「いや、すべては農業改革で、農作物や畜産物が安定的かつ容易に手に入る様になったお陰です。

それをどのように活かすかは、長年当家に仕えてくれている料理人が、考案してくれたのですよ」



父様は涼しい顔で答えていますが、流石に外の人達に『全部息子がレシピ考案しました』とは、言えませんよね。


それに、この世界で畜産の安定化というのは、かなりのインパクトを持ちます。

随行員の人達が、驚いて声を交わしていますね。


そうしている間に次は魚料理ですね。今日は白身魚のソテーですが、バターと胡椒がふんだんに使われています。

すでに醜態を晒してしまったフロックは、再度失態を見せないように大人しくしていますので、必然的に会話は父様とアランさんが中心になります。



あっ、ちなみに俺が仕掛けてた小細工とか悪巧みって、これじゃないですよ?


さっきまでの醜態は、全部あのウシガエルの自爆ですからね?



ここに来てモーリスが、小さな皿を持って現れ、主賓であるフロックの前に小さな小皿を置きました。

口直しのソルベ(氷菓)ですが、それを見た晩餐の出席者達からは、驚きの声が上がります。


今は夏で暑い盛りですから、冷たい口直しはありがたいですね。

まあ、これを作りたいがために、打ち合わせの最中に、料理長から調理場に呼ばれたのは焦りましたが。


まあ、この世界には、まだシャーベットって無いですからね。


去年の夏にジャムをかけた『かき氷もどき』を作ったら、えらく好評だったのが発端です。

ちなみにこれらの氷は、俺が材料を凍らせて作るんで、俺がいないと製作不可能ですが……


「冷たい……そして、ほのかに甘い」 「もしや、この氷はタルコット山から運ばせたのか?」


なんて声が聞こえてきます。

ごめん、それ俺が魔法で3分ぐらいで作ったんだ……


そうして全員が淡いレモン風味のシャーベットを味わっている間に、モーリスがここまでの料理について、説明をはじめました。



「まずは、フロック様より絶賛を頂きました前菜からですが、牛骨や野菜からとったスープで、新鮮な大量のレバーを煮込み……」



本当なら料理長が出て来るべきなんですが、あの人上がり症な上に声が小さいので、モーリスが代理で説明しています。

これまで出てきた料理にかかる手間と材料は、本当ならば調達が難しい上に、莫大な金額がかかるものばかりです。


それを聞いた面々は、驚きとともにこれまでの料理を振り返って、納得の様子です。


ああ、一人だけ今日の主賓は、田舎貴族の料理と侮って、難癖をつけようとしていたみたいですが、見事に失敗していますね。



「それでは、皆様のお口直しが終わった所で、本日のメイン料理をお出しさせて頂きます」



そう言うと、カートに載せた大きな銀皿が運ばれてきまして、その上には大きな肉の塊がゴロリと載せられていました。

ええ、ローストビーフですね。


いつの間にか長いエプロンを身につけたモーリスが、これまた長いナイフで器用に肉を切り分けます。

程よくピンクに色づいた肉から、溢れんばかりの肉汁が出て食欲をかき立てられますね。


少し厚めに切られたローストビーフが、付け合せのマッシュポテトやソースと共に、各人に配られていきます。

うん、いい火加減でソースの塩梅もいい感じですね。


ここまで結構な量を食べているんですが、参加者達は一様に手を止めることなく、肉を堪能していますね。


ああ、フロックはと言えば、人より余計に食べているのが効いているのか、腹をさすりながらも、肉の欲求には勝てないようですね。

体型に偽りなく、ほぼすべての皿をおかわりしていますよ。あのウシガエル。


ほらまた肉をおかわりしています。見苦しいから、リバースだけはするなよ!



最後に出されたのは、少し濃い目に淹れられた紅茶とデザートでした。

デザートの品目は生クリームをかけた、いつぞやのシフォンケーキに、アイスクリームが添えられています。


牛乳と生クリームを凍らせたアイスクリームは、先ほどのシャーベットより、衝撃を持って受け取られたようですよ。


かなり場がザワついています……



フルコースを堪能した面々はその余韻を楽しみながらも、立ち上がった父様の挨拶に耳を傾けています。


「本日は、当家の心ばかりの晩餐、お楽しみ頂けましたでしょうかな?」


そう言うと、フロックを除いた面々が控えめながらも拍手を送り、今日の料理について賛辞を送ってくれます。

その拍手が途切れた頃を見計らい、再び父様が口を開きます。



「さて、実際に口にされた皆様はすでにご存知と思いますが、当家の料理は一風変わっておりますが、大変に美味であると自負しております。

このレシピや様式を、当家だけで独占しておくのは些か心苦しい。


しかし、ご覧のとおりの歴史も浅い当家では、料理人を受け入れて広く普及させることは叶いませぬ」



そこで言葉を切った父様は、ワインを一口飲むとモーリスから1冊の本を受け取り、それを掲げました。


「そこで、些か風変わりではありますが、本日の料理のレシピと配膳などを記した書を、王家に献上させて頂こうかと考えております!

そして王家より各家の方々へ普及頂ければ、王家の評判も上がり、それを支える者として、これ以上の喜びはないと思うが、如何かな?


本日この晩餐に参加された皆様方におかれましては、味の保証と献上の事実について、証人となって頂きたいと思うのだが?」



父様がそう言うと、周囲からたちまち賛同の声が上がり、拍手が沸き起こります。


「なるほど、この味ならば宮廷で出されても不思議ではない!」 「ああ、これならば皆、こぞってレシピを欲しがるだろう!」


おお、これだけ高評価なら領内と王都に、ウチの資本でレストランを出店しても良いかもしれませんね。



「さて、フロック殿。アーサーの返答と共に、この本を陛下に伝達して頂けないだろうか?」



いまだ拍手が鳴り止まない中で、父様はフロックに笑顔で近づき、レシピ集を手渡します。

それを見た参加者達は、再び拍手を送り、それに押されるようにして、フロックもなんとか引きつるような笑顔を浮かべました。



ええ、これが俺と父様の考えていた悪巧みですね。

レシピの『一部』を公開して、それを王家に献上するというのが狙いの一つ。

ミレイア様の一件で、あまりセルウィン家の王都での評判はよろしくありません。


ですので、それをこのレシピの話題で、薄めてしまおうという魂胆ですね。


そしてそのレシピを、食い過ぎで辛そうなウシガエルに渡すことで、帰参後の口八丁を防止する。

ただしそれには、証拠や証人がいないといけませんので、本日の晩餐に参加してもらった全員を、証人に仕立てたのですよ。

下級の法衣貴族とはいえ、派閥争いや噂話には目がない人達です。


仮にフロックがレシピを闇に葬ったとしても、これだけの証人がいれば、早晩王の耳に入ってしまうでしょう。


ああ、万が一の事を考えてアランさんにも、このレシピの写しは渡してあります。保険ってやつですね。



「ふっ、ふむ。あまりに美味で少々食べ過ぎてしまったようだ。少し早いが、私はこれで失礼する」


食べ過ぎなのかもくろみを潰されたせいかは、判りませんが顔を青くしてフロックが食堂を抜けだそうとします。


「フロック様の手を煩わせてはいけませんから、こちらはお帰りの際に改めてお渡ししますね!」


俺は素早く動いて、フロックの手からレシピを回収します。

せっかくのレシピを、リバースで汚されたら大変ですからね!



こうして晩餐はなんとか乗り切れまして、翌朝アランさんとフロック達一行は、無事に出立して行きました!


いや~、ヒヤヒヤしましたがなんとか上手く行って良かったですね。



えっ?なになに?

あれからフロックが、夜這いとかリーラに手を出しに行かなかったかって?



ああ、食べ過ぎで寝込んでそれどころじゃなかったみたいですよ?



それにリーラなら……


今日は俺のベッドで一緒に寝てますから、夜這いなんて無理でしょうね!

惜しかったな。俺の部屋に侵入してくれたなら、合法的に解剖してやったのに……



まあ、明け方に寝ぼけたリーラに抱きつかれまして、危うく窒息しかけたのは、はたしてご褒美なんでしょうか?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ