52.アーサー君、ガマンを覚える
無能な働き者って、直面すると恐ろしく厄介ですね。
思わずブルーシートと軽トラ、それからスコップを準備したくなったアーサー君です。
俺はこっちに転生してから、文字通り生まれ変わった訳で、けっこうポジティブになったんですよね。
体が若いせいもあるでしょうが、毎日元気いっぱいでそれほど悩みなんかもなく、過ごしてきた訳です。
本気のため息とか、久しぶりにこぼした気がします。
ええ、頭痛くなりそうですよ。
アランさんとの話し合いは、あの後さしたる意見も出ず、とりあえずは接遇の準備に入ることになりました。
王家からの使者を迎えるにあたって、たとえそれが格下の貴族であっても目上の者として歓待しなければなりません。
その準備は執事長のモーリスと、メイド長のエリーナさんが中心になって行ってくれています。
さすがの手際で、テキパキと準備が進んでいきます。
アランさんはといえば、簡単な打ち合わせの後は、何食わぬ顔をして湯を浴びてもらい、旅の疲れを癒してもらっています。
いまさら感もありますが、一応先触れの騎士として中立の立場を取っていると、体裁を整えておくそうですよ。
俺と父様は、早々に正装に着替えて空いた時間に今後の打ち合わせをしていました。
そうしてぎりぎりまで準備を続けて、ようやく王国の紋章が入った馬車が領主館にやってきたのは、夕方近くなってからでした。
玄関先で馬車を出迎えて、モーリスがその扉を開けると……
中から出てきたのは、ウシガエルでした。
「セルウィン子爵殿、出迎え痛み入りますぞ」
おお、このカエル喋ったぞ!
勅使であることを示す青の短いマントを肩に巻いた、でっぷり肥え太ったおっさんが、満面の笑みでそう言い放ちます。
おい、コイツが降りた瞬間に馬車の車高が上がったぞ?
「使者殿におかれましては、長旅でお疲れでしょう」
さすが父様、嫌悪感を表情に出すことなく対応して、俺達を紹介してくれます。
「我が妻ディアナ、そして息子であるアーサーです。お見知り置きのほどを」
父様の声で一礼しますが、このウシガエル、あからさまに俺の顔見て鼻を鳴らしやがった!
おーけー、そんなに新しい刀の錆になりたいなら、一歩前に出ろ。
俺も父様に負けず劣らず営業スマイルを崩さずに、内心ではそんなことを考えていました。
ってこの野郎、母様の胸元ジロジロ見てんじゃねぇ!
そうして順番に家の者を紹介していったのですが、なんだかあからさまに目つきがやらしいんですよね。
リーラに手を出したら、本気でキレるぞ?
「フロック殿、ご到着なされましたか。それでは早速、伝達式を行いましょうか」
おお、馬車の到着を知ったアランさんが、出てきてウシガエルに声をかけています。
「いやアラン殿、ワシも長旅でいささか疲れている。
陛下より預かりし勅旨を、疲れから読み損じでもしてはイカン!
使者としては万全の体調で述べるのが、筋ではないかと思うのだがな?」
なんだか妙に正論チックなその話しぶりに、誤魔化されそうになります。
ですが、直訳すると、「仕事めんどいから、まずは休ませろよ!」って、事ですよね?
うん、見た目通り使えないと言うか、中身に偽りなしって感じですか。
「いえ、王家の慣例では、陽のある昼間のうちに使者は勅旨を述べるとあります。
緊急時以外は日没後に到着した場合のみ、日を改めても良いとあった筈ですが?」
おお、アランさん流石に王女専属護衛を務めるだけあって、かなり有能です。
フロックとか言ったこのウシガエルも、その言葉にぐぬぬっとなってます。
「フンッ、そうですな。いつまでも勅旨の内容を、子爵殿に伝えないのも宜しくありませんな。
それでは、さっそく伝達式を行うとしましょうか」
「それでは、先に広間へご案内しましょう」
父様が普段あまり使われることのない広間にウシガエルを案内し、俺と父様がその中央に並び立ちます。
母様とモーリスが横に並び、それと向い合う形でウシガエルが正対しました。
ウシガエルの前には、高さ20センチぐらいの演台が置いてありまして、勅旨を読む時は一段高い所から読み上げるそうです。
「それでは、勅旨の伝達式を行う。立会として王国騎士団 正騎士アランが見届ける」
アランさんがそう宣言すると、わざとらしい咳払いをしたウシガエルが懐から筒を取り出し、その封を破ります。
そして、中に丸められた羊皮紙を取り出すと、封蝋を剥がして胸元に掲げました。
それから演台にギシリと音を立てて登ると、妙に甲高い声で口上を述べ始めました。
うん、勅旨というよりも芝居の口上とでも言った方がしっくり来るかも知れません。
まあ、この口上では三文芝居もいいところでしょうが……
余計な修飾語や迂遠な言い回しが延々と続く口上なので、ざっくりカットしますが、内容はさっきアランさんから聞いていた通りです。
一.セルウィン子爵が子息アーサーは、ミレイア王女への献上する剣を直接持参し王女へ捧げること
一.奉納する剣の扱いに王女が慣れるまでは、責任をもって王女への手ほどきを行うこと
なお、この返答についてはすみやかに使者へ伝えること
手ほどきの間にあっては、王家がその食住について責任をもつこと
返答の後、すみやかに準備整え早急に登城すること
俺は周りくどい言い回しに、イライラしながらも最後まで聞き終えて深く礼をします。
「勅旨を賜り、返答申し上げます。使者殿の出立から数えて10日の後に準備を整え、登城致す所存です」
俺の言葉もまわりくどいのですが、要するにウシガエルが王都につくまでだいたい馬車で4日。
その後の6日後に登城するからよろしくと、言った訳ですね。
あのウシガエルの乗る馬車だと、4日で着くかは知ったこっちゃありませんが。
どうも貴族って、こういう算数できますアピールみたいな言い回しが好きみたいです。
差し引きとか数えてとかめんどいので、何月何日でいいじゃん!
「その言、確かに受け取った。10日の後に登城する旨しかと記載する」
そう言って胸元から出した羽ペンで、別の羊皮紙にウシガエルが何かを記入しています。
そこにウシガエルの封蝋と、父様の封蝋、そして立会のアランさんの封蝋を加えて例の筒にしまい込みました。
これなら、日数をウシガエルがごまかそうとしても難しいでしょう。
こうして伝達式が終わり、やれやれとなったのですが、ウシガエル君ここでもやってくれましたよ。
「さて、借り受ける寝室を汚してはイカン。湯を借りたいのだが子爵殿お願いできるだろうかな?」
おお、図々しくも風呂の催促ですよ。何なら表の川に案内しましょうか?
たぶんお仲間が沢山いると思いますよ?
「おお、これは気が回りませんで失礼致しました。誰か、フロック殿を浴場へ案内して差し上げなさい」
その言葉にウシガエルの野郎は、とんでもない言葉をのたまいやがりましたよ!
「いやいや、わざわさメイド長に案内してもらっては、家事に支障が出ましょう。どなたか……」
そう言って、奥に控えていたリーラに視線を向けたのです。
よし、カエルの解剖がお望みなら、その場から動くな。五分刻みで解体してやるぞ?
「いえ、あの者はまだまだ未熟。家の恥を晒すようですが少ない人数で切り盛りしておりまして、教育が満足に行き届いておりません。
粗忽があってはいけませんので、私めがご案内させて頂きます」
おお、さすがは年の功。エリーナさんが涼しい顔で、ウシガエルのセクハラ攻撃をかわしましたよ!
ひっ!俺は何も喋ってないのに、なぜかエリーナさんから、こっちに殺気のこもった視線を向けられました。
やっぱり、エリーナさんマジ怖いです。
エリーナさんに連れられてウシガエルが退出すると、俺は思わず大きくため息を吐いてしまいました。
「アーサー、よく我慢したな。偉いぞ」
見送った先のドアを見たまま、横に立っていた父様が俺の頭に大きな手をのせて撫でてくれます。
うん、あのウシガエルがリーラに目を留めた時は、本気でヤバかったですね。
ゴツゴツした手で、ガシガシと頭を撫でられながら、同じようにこちらに来た母様が口を開きます。
「チェスター、よく我慢したわね。あの野郎が私を見てた時、殺気が漏れてたわよ?」
母様がそう言った瞬間、俺の頭を撫でていた父様の手がピタリと止まりました。
さては図星か!
「いっ、いや、そんな事はないぞ?確かにムッとはしたが、冷静に対応したぞ俺は?」
……うん、図星のようです。
「それに、アーサーもリーラに目が向いた瞬間、私ヒヤヒヤしたわよ」
「うん、正直あのウシガエル、解体してやろうと思いましたね」
あのフロックとかいう使者を、俺がウシガエルに例えた事で、両親が揃って吹き出します。
「くくくっ、なるほど。言い得て妙だな」
「やめてよ、アーサー!晩餐で思い出したらどうするのよ!」
そう言いながら2人とも肩を揺らしています。
そこにアランさんが遠慮がちに近づいてきました。アンタも薄々そう思ってたな?口元が笑ってるぞ?
「お疲れ様でした。しかし、あからさまでしたね。あの態度は。
普段はもう少し控えめと言うか、あの小心者は暗に要求する程度しか度胸はない筈なんですがね」
「ああ、おそらく激昂するか何かで、こちらの失態を引き出そうという魂胆だろうな。
どこかから、鼻薬でも嗅がされたかな?」
「おそらく、そんなところでしょう。とにかく明日の出立まで気を抜かないようにお願いします」
「心得ている」
父様とアランさんの会話を聞きながら、俺も大きく深呼吸して気を引き締めました。
ああ、ストレス溜まるわー!




