三十七話 鼓を習う春
末森から戻って三日後の朝、紗季のもとへ土田御前の文が届いた。
鼓を教える者が明後日来られることになった、昼の前には着くように、とある。末尾には、まずは聴くだけでもよいと、小さく書き添えられている。
「聴くだけ、では済まない気がする」
文を読み返す紗季に、お梅が首を傾げた。
「お嫌になりましたか」
「そうじゃなくて。目の前で鳴ったら、きっと、打ってみたくなるでしょう」
「では、お袖を留めるものも」
もう支度を考え始めたお梅に、紗季は頷いた。
槙は佐和と出立の刻限を確かめている。信長にも伝わっていて、当日は供をつけて末森へ行ってよいとのことだった。
ただ、紗季には気になっているものがある。
文箱からお藤宛ての紙を取り出すと、先日書いた白い椿の一行の下が、まだ空いていた。
「こちらも、持っていこうかな」
「土田様に、お見せになるので?」
「ううん。続きを書くなら、あの花をもう一度見たいの」
書いた時には、いくらでも覚えているつもりでいた。ところが、柳をどちらへ傾けたかを説明しようとすると、自分の器と母の器とが混ざってしまう。
お藤には、うまくできたと知らせるだけの文を出したくない。
紗季は紙を畳み、ほかの手回りの物へ紛れぬよう、槙に預けた。
*
その頃、美濃の町のお絹は、針を針山へ戻して戸口へ出た。
作兵衛が立っている。
先に館へ寄り、小見宛ての二通を渡し、お藤宛ても取次ぎへ預けてきたという。残る一通を差し出され、お絹は受け取る前に手を見た。縫っていた布の細い毛が指についている。
膝で拭ってから、両手を出す。
「お梅は」
「息災で働いております。帰り際には、母へよろしくと」
お絹は文の折り目へ目を落とした。
聞きたかった答えを聞いたのに、それだけでは、戸口を離れることができない。
「どうぞ、お上がりを。お疲れでしょうに、ここまで」
上がり口の脇へ置いていた縫いかけの衣を寄せ、座る場所を空ける。作兵衛が腰を下ろす間に湯を用意したが、薪を足して待たせるほどのことはできず、残っていた湯を小さな器へ注いだ。
文を開くと、初めは姫の字が続いていた。
見覚えのある衣の色と、お梅の名までは読める。その先の長い言葉を追いかけているうち、作兵衛が、読みましょうかと声を掛けた。
「恐れ入ります。ここからを」
指を置いたところから、声にしてもらう。
浅い青の小袖を尾張でも着ていること。袖が邪魔にならず、動きやすいこと。持たせた布を道中で使ったという礼まである。
お絹は、紗季の肩へ衣を当てた日のことを思い浮かべた。少し腕を上げてもらい、脇のつれを見た。あの時にほどいて縫い直したところが、向こうでも役に立っているらしい。
「お手を煩わせた、とは、どこにも」
「ございませぬ」
作兵衛は文を見たまま答えた。
「よく働いてくれる、とあります」
娘は、困った時ほど、先に自分のせいにして謝る。帰る前に大丈夫かと尋ねれば、大丈夫と答える子でもある。姫の言葉で聞けたことがありがたかった。
そして紙の端へ、もう一つの字が並んでいる。
こちらは、お絹にも読めた。
夜も眠れている。その短い知らせのために、お梅がどこで筆を止めたかまで、筆跡に残っているようだった。
「この字を、書いておったのですか」
「姫様のもとで、書き添えたと伺いました」
お絹は、そこを指で撫でかけ、墨に触れてしまいそうで手を戻した。
眠れるなら、まずはよい。知らぬ天井を見上げたまま、夜明けを待つ日ばかりではない。
何を食べているか、洗い物は冷たくないか。聞いてほしいことは次々に浮かぶ。けれど、帰り支度をする作兵衛へ言い募るより、娘の手元へ届くものにしたい。
「私からも、返事を差し上げてよろしゅうございますか」
「館の取次ぎへお持ちください。尾張への便を確かめましょう」
すぐに運ぶという約束ではない。自分の仕事にも、頼まれてから引き渡すまで、待ってもらう日がある。お絹は礼を言い、それ以上は急がせなかった。
作兵衛を見送った後、お絹は縫い物を元の場所へ広げ、まず預かっている袖を仕上げた。針を動かしながら、娘へ書く言葉を一つずつ短くしておく。
おまえこそ、よく眠りなさい。
そう返そうとして、あの子は眠れていると知らせてくれたのだったと思い直す。
では、こちらも眠れていると書こう。心配していることばかり返したら、お梅はまた、姫の用の合間に母を気遣わねばならない。
*
約束の日、末森で紗季を迎えたのは、先日の花を生けた部屋とは別の、小さな座敷だった。
庭へ向いた戸が一枚開き、隣の間との境には、低い屏風が寄せてある。土田御前は奥の畳に座り、その斜め前に、風呂敷を解いている男がいた。
宗吉と名乗ったその人は、紗季が礼をする間、両手を膝へ揃えて待った。髪には白いものが混じり、指の節が太い。大きな声を出しそうな姿ではないのに、返す挨拶は、戸口の槙の方まで明瞭に届く。
「今日は、小鼓をお聴きいただきます」
包みには、真ん中のくびれた胴の両端へ丸い革を当て、緒で組んだ鼓が収まっていた。緒の掛かりを確かめる宗吉の指は、革の縁をゆっくりとたどり、一か所で止まる。
紗季もつられて覗き込む。
「切れているのですか」
「いえ。緒の掛かりを見ております」
宗吉は少し向きを変え、見えるようにしてくれた。
槙がお梅へ目で合図し、お梅は戸口の敷物の端を畳む。足元に余りがないのを確かめてから、隣の間へ下がった。
紗季は土田御前の横より少し手前へ座る。宗吉は二人に正面を向けず、打つ手の見える角度へ膝を動かした。
「初めに、音を」
左手で緒を持ち、鼓を右肩へ構える。
そこで紗季は、自分の座り方まで改めてしまった。近くで鳴る音に備えたのか、構えた姿がこちらにも背を伸ばさせたのか、分からない。
宗吉が革へ息をかける。
ひと呼吸の間を置いて、声が出た。
「ヨー」
それまで話していた声とは、まるで違う。
紗季が顔を上げたところへ、丸い響きが来た。耳の近くで弾けたようなのに、音の端は庭へ逃げず、座敷の中へ残る。
次の一打は短く、硬い。
同じものを打っているのかと、紗季は宗吉の両手を見比べた。右手だけでなく、左の指も動いている。緒を締める加減が、音とともに変わっていた。
いくつかの音を聴かせると、宗吉は鼓を下ろした。
まだ続くと思っていた紗季は、息を止めていたことに気づき、ゆっくり吐く。
「手の、こちらも使うのですね」
自分の左手を開いて見せると、宗吉は頷いた。
「右だけを追われる方が多うございます。持っているこちらも、鳴らす方に加わります」
「叩く方ばかり見ておりました」
紗季が答えると、土田御前が袖の内で笑った。
「私も、初めはそうでした。今でも、右を気にすると、こちらを忘れます」
「では、御前様から」
差し出された鼓を、土田御前が受け取る。
紗季は、先ほどとは反対に、持つ方の手をよく見ようとした。ところが、土田御前が構えを決めると、今度はその表情が気になる。
花の枝を見ていた時より、口元がきゅっと結ばれている。
呼び掛ける声は宗吉ほど大きくない。一打目は低く鳴り、次に打つはずの手が、途中で一度止まった。
「早うなりました」
土田御前が自分から言う。
宗吉は、早かった箇所だけを声で示した。土田御前はそこを聞き、手を膝へ戻してもう一度間を取る。紗季のために上手な音だけを披露するのではなく、実際に教わっている。
二度目を聴いた紗季は、終わってから、ようやく頷いた。
「今の方が、次の音を待てました」
「そう聞こえましたか」
土田御前は少し嬉しそうにし、それから鼓を宗吉へ戻した。
「濃姫様も、お持ちになりますか」
「お願いします」
聴くだけで済ませるつもりは、もうない。
お梅が戻って袖を留める。肩に掛かる髪を槙に払ってもらい、両手を空けたところへ、鼓が来た。
思ったより軽い。けれど、簡単に持てるという意味ではなかった。
左手で緒を持ったまま右肩へ上げると、肘が行き場をなくす。落とすまいとして握る指へ力が入り、肩まで一緒に上がってしまう。
「肩で迎えず、そのままで」
宗吉は自分の肩へ手を置いて見せた。紗季も鼓を一度下ろし、持ち上げ直す。
今度は襟を引っ張らずに収まったが、右手を上げた途端、左の方が傾いた。
「待ってください。まだ、こちらが」
「はい。急ぎませぬ」
宗吉は手を出して取り上げず、紗季が持ち直すのを待つ。土田御前も口を挟まなかった。
見られていると早くしなければと思う。だが、落として壊す方が困る。紗季は右手を膝へ戻し、先に左を確かめた。
「こう、ですか」
「そのまま、右をこちらへ」
宗吉の手を見て、打つところを確かめる。
最初の音は、ひどく薄かった。
自分の指が革へ触れただけで終わったようで、紗季は耳の横を見ようとして首を曲げかけた。
「そちらを向かれますと、持つ手も動きます」
「あ……はい」
正面へ戻ると、土田御前と目が合う。その顔が笑いかけ、すぐに真面目になったので、かえって紗季の方がおかしくなる。
「鳴ったか、確かめたくなりました」
「私には聞こえましたよ」
褒められたのか、ただ本当に聞こえたのか。
どちらにしても、もう一度打ちたい。
宗吉は右手の運びをゆっくり示し、左で締め込みすぎぬよう確かめた。紗季もその動きを追い、さっきより腕を自由にして打つ。
乾いた音が、短く返った。
「今は、鳴りました」
思わず言うと、宗吉の口元も緩んだ。
「ええ。ですが、続ける前に、一度下ろしましょう」
まだできる、と言いかける。
そこで自分の左肘を見た。持つことだけで夢中になり、だいぶ外へ張っている。鼓を膝へ下ろした途端、その腕が重くなった。
お梅が近づき、袖の紐が食い込んでいないか見てくれる。
「痛むところは」
「ない。少し、くたびれただけ」
土田御前の方へ向き直ると、母も左手を開いたり閉じたりしていた。
紗季が見ているのに気づき、困ったように笑う。
「私は、そなたより先に打ちましたから」
「私も、今度はもっと聴いてからにいたします」
「次は、聴いているうちに、打ちたくなるでしょう」
二日前、お梅に言ったのと同じことを返され、紗季は笑った。
*
紗季が槙と隣の間へ退いた後、土田御前は宗吉の前で、自分の手を膝へ伏せた。
今日、娘に聴かせるつもりだった箇所を、自分が間違えた。
息子の嫁を呼んでおいて、と、打ち直す間は気になっていた。それを紗季は、間違えた箇所より、次の音を待てたこととして覚えてくれたらしい。手を隠したくなるほどのことでもなかったのかもしれない。
「あの子が習う間、私も、もう少し続けましょう」
宗吉は、道具を包む手を止めずに答えた。
「では、次は今日の続きを。御前様のところも、飛ばさずに参りましょう」
嫁を連れてきたからと、自分の稽古は済んだことにしてくれない。その言い方が可笑しかった。
土田御前は、お願いします、と頭を下げる。
帰蝶には、まだ尋ねていないことが幾つもある。三郎のそばで寂しくはないか、言えずにいることはないか。問いを用意して会うと、かえって娘の返事を待てなくなる気がしていた。
今日は鼓を持ち損ねた左手を、二人とも持て余した。
次に会った時も、あの続きを話せる。
*
帰る前に、紗季は花を置いた部屋へ寄らせてもらった。
椿は先日より大きく開いている。柳の先にも、小さな葉が見えた。
器のそばへ座って見上げると、あの日、どうして枝を短くしたかが思い出せる。けれど、同じ形をもう一度作れと言われても、花の重さも葉の付き方も違ってしまった今なら、手の入れ方を変えるかもしれない。
預けていた文を出してもらい、続きを少しだけ書き足す。土田御前はその間、急がせず、自分の器の水を供の女に見てもらっていた。
紗季は、柳をどちらへ向けたかを書き、短くした枝のことを尋ねた。
鼓の音については、最後に一行だけ。
これを書き始めると、花より長くなってしまいそうだった。
那古野へ戻ると、信長は表から奥へ入るところだった。
紗季を認め、歩く足を止める。
「お濃。鳴ったか」
「一度だけ、鳴りました」
「一度だけか」
言ってから、信長は紗季の右手を見た。
「その一度に、丸一日かかった顔をしておる」
「道中も、ございましたので」
紗季が言い返すと、戸口にいたお梅が下を向いた。笑ったのが見えたので、紗季まで口元を押さえる。
信長は二人を見比べ、母も打ったのかと尋ねた。
「はい。一緒に教わりました」
母の間違えたところまで話す気にはならず、そこだけ答える。
信長は、そうか、と言い、脇を通りかけた佐和を呼んだ。明日の朝、運ぶ荷について一つ確かめ、返事を聞くと、そのまま表の方へ戻っていく。
紗季は自分の部屋へ入り、袖を戻してもらった。
今度会ったら何を話そうと考える時、相手の返事まで幾つも想像してしまう。それなのに、実際には、鳴ったか、と聞かれて、一度だけと答えただけで終わる日もある。
お梅が紐を畳むのを見ながら、紗季は肩を回した。
「もっと、すぐ鳴ると思っていたでしょう」
「私は、持つだけでも難しそうだと」
「先に言ってよ」
「姫様は、打ちたくなると仰っておられましたから」
お梅は紐を衣の上へ置き、何食わぬ顔で湯を取りに行った。
*
二月の終わりが近づく頃、紗季は槙に教わりながら、自分の袖のほつれを直していた。雨が続き、庭を使えない二日の間に、縫い目がつれたところまで、何とかほどいて直すことができた。
その後の晴れ間は、庭脇の土が乾くのを待って外へ出る。借りた木剣を振り終え、見上げる枝は、もう、尾張へ来た日のように裸ではない。
部屋へ戻って手を洗おうとした紗季を、佐和が呼び止めた。
「美濃から、お返事でございます」
差し出された包みの先に、目が吸い寄せられる。
小見、お藤、お絹。それぞれの返事があるという。
「平手様がお預かりになりました。お返しの文は、次の便を確かめてからと」
紗季は手を拭く前に受け取りかけ、慌てて布を探した。
お梅が差し出してくれる。
佐和は包みを机へ置き、紗季が座ってから、送ってきた者の言葉を伝えた。作兵衛は美濃へ着き、預かった四通をそれぞれの取次ぎや相手へ届けたとのことだった。
小見からの紙を、最初に開く。
『二つの文、ともに読みました』
その先には、到着の知らせを待っていたことと、後の文で暮らしが見えて安堵したことが書いてあった。
家を発つ前のように一つずつ言い聞かせる調子は変わらない。槙のいうことをよく聞くように、とあるところで、隣から覗いていた槙が、何か言う前に紗季の顔を見た。
「聞いております」
「まだ、何も申し上げておりませぬ」
紗季は笑い、その続きを読んだ。
父も兄も変わりなく、こちらのことは案じすぎぬように。
短い知らせでも、知らずにいた間が埋まっていく。
お藤の返事は、花入れを決める前にどこから見るかを考えたことへ、答えてくれていた。今の部屋の様子が分からぬので、同じ器がよいとは申せぬ、という。
そして、どなたに見てもらう花か、と尋ねてあった。
紗季は、すでに持っている二通目へ目を向ける。
先に書いておいてよかった。今なら、母上にも、ここから見ていただいたと返せる。
「お梅。お母さんのも、一緒に読む?」
お絹からの文は、自分と娘に宛てた同じ一通だった。
お梅が紗季の隣へ膝を進める。先ほどから文へ向いてはいたが、こちらが読む間、手を出さずに待っていた。
紙を開くと、広く間を空けて、ゆっくり書いた字が並んでいる。
衣を使ってもらえて嬉しいこと。こちらも変わりなく暮らしていること。
その下に、お梅への言葉があった。
『こちらも、夜は眠れております』
紗季が声に出して隣を見ると、お梅は返事の代わりに、少し顔を紙へ近づける。その目は、次の行へ進まず、母の書いた一行を追っている。
「これ、私がお書きしたことへの、お返事ですね」
「うん」
もう一行先に、衣の脇や裾が傷んだら、ひどくなる前に繕うようにとある。
「袖は直したところ。今度は、脇も見てみよう」
「母は、先に申しますので」
お梅が小さく笑う。
紗季は、文の端を押さえていた自分の指を離した。
「お梅のところは、自分でも読んで」
紙を渡すと、お梅は礼を言い、両手で受け取った。
*
お梅は、湯を替えるまでの少しの間、隣の間に座らせてもらった。
縁へ寄りすぎると風が紙を持ち上げる。膝の上へ文を戻し、母の字を初めから読む。
働いている姿を褒められるより、眠れているという返事の方で、急に家の中が思い浮かんだ。母の針仕事のそばで、眠るつもりもなく目を閉じていた時の、布を引く小さな音まで聞こえるような気がする。
元気ですと知らせた言葉に、返事が来る。頼まれた用を果たした時とは違い、もう一度読み返しても、まだそこへ座っていたくなる。
奥から姫の呼ぶ声がして、お梅は紙を畳む。待たせまいと立ちかけると、急がなくてよい、お母さんの文は自分で持っていて、と声が続いた。
「よろしいのでございますか」
「また私も読ませてもらうから。その時は貸してね」
お梅は承知いたしましたと答え、折った紙を袖へ入れた。
取り出せるところに母の字がある。そう分かっていても、立つ前に、もう一度その場所へ指を当てずにはいられなかった。
*
お梅が戻ってきた時、紗季はお藤宛ての二通目を広げていた。
柳を切ったところの話も、鼓のことも、書いてある。その下へ、誰に見てもらう花かと問われた返事を書き足したい。
信長は、この部屋へ花を置いたら何と言うだろう。
気づかずに通るかもしれない。通る場所にあれば、寄せよと言いそうでもある。そう考え、置く場所だけは、よく見ておこうと思った。
「お梅、明日、枝を見せてもらえるか、聞いてみたいの」
「どちらへ、ですか」
「まずは佐和に。勝手に庭のものを切るわけにはいかないでしょう」
お梅が頷き、手元にある器を使うかと尋ねる。
まだ決めていないと答えながら、紗季は、戸口から机の脇までを見渡した。今は、お梅の袖の中に、美濃から来た文がある。
先に、尋ねられたことを返そう。
紙の空いているところへ、紗季は筆を置いた。
『こちらの母上にも、花を見ていただきました。次は、今の部屋に置く花を、選びたいと思っております』
そこまで書き、お梅を呼んだ。
「ねえ、ここへ座ってみて。そっちから、あの辺りが見える?」
示した壁際へ、お梅の目が向く。
紗季も隣へ移ろうと立ち上がり、筆を持ったままだったことに気づいて、いったん机へ戻った。




