二十話 縁談
近江の方の文には、会う日の相談より先に、暑さの愚痴が書いてあった。
ちせに戸を開けさせれば風が入らず、閉めさせようとすれば、その時に限って涼しくなる。人を立たせたり座らせたりして申し訳ないから、とうとう自分で戸のそばへ移ったという。
紗季はそこで笑い、続きを読もうとして、紙に落ちた自分の影をよけた。
庭の白い照り返しが、縁近くの机まで届いている。六月も終わりに近づき、朝の稽古を終えた後は、風の抜ける場所を見つけて座るようになった。お梅と縫い目を眺めた夕方から、もう二十日余りになる。
エアコンが恋しい……。
「義姉上も、暑いって」
「こちらも戸をお開けしますか」
「ううん。お梅が忙しくなるから、いい」
お梅には意味が通じなかったらしく、手にした盆を見てから首を傾げた。文を読むと分かるのだけれど、勝手に全部聞かせてよいか迷い、紗季は今の戸の話だけを伝える。
「それでしたら、姫様も縁へお移りくださいませ」
「お昼になったら、そこも暑いよ」
「では、その時に戻られれば」
もっともな答えだった。
紗季は文を持って縁へ移り、柱の陰に膝を収めた。日向と隔てるものは柱一本なのに、板の熱が違う。
近江の方は、来月、また顔を見たいと書いていた。新九郎も一緒に来られるよう相談しているが、先に紗季の都合を聞きたいという。
今度こそ、兄と同じ時に食事ができるだろうか。
前のように、帰ってくるか分からないまま膳を待たせるのは避けたい。もし途中で呼ばれたら先に食べます、と返したら、兄はどんな顔をするだろう。
言い返す声まで浮かんできて、紗季は紙を少し下げた。
会う日を決める文を、自分も受け取るようになった。宛名は帰蝶でも、暑がって縁へ逃げてきた自分に向けて、義姉が話しかけてくれている。
「お返事は、午後でも間に合う?」
「お使いの方は、ほかの御用もおありと伺いました。槙様に確かめてまいります」
お梅が立ちかけたところへ、その槙が来た。
紗季は文を持ち上げ、来月のことを尋ねようとしたが、槙は部屋へ入らず、廊下から一礼する。
「お館様がお呼びにございます。お支度を」
「今から?」
「はい。表の奥で、お待ちです」
何の用かは言われない。
紗季は読み終えた文を折り、お梅へ預けた。机へ置いておいて、と頼んだ自分の声が、妙にはっきり耳に残る。
表へ近づくにつれ、廊下の向こうから人の声が増えてきた。
控えの戸口に二人の男が座り、その前へ別の男が膝をついて何かを渡している。紗季たちが来ると話が途切れ、開けられた道を、槙に続いて通り過ぎた。
以前なら、見られているだけで歩き方が分からなくなったかもしれない。今は裾の収まる幅も、角で人を待つ場所も知っている。
それなのに、今日は廊下がいつもより長い。
尾張から使いが来たと聞いた日を思い出す。あの時も、兄はこんなふうに誰かに呼ばれて立っていった。
「槙」
隣へ声を寄せると、槙は歩みを緩めた。
「何のお話か、聞いてる?」
「お館様から、お話しになるとのことです」
知らない、とは言わない。
紗季はそれ以上尋ねず、前を向いた。槙に先に話させたところで、利政に会わなくて済むわけではない。
通されたのは、大勢の並ぶ表座敷ではなく、その東側にある小さな部屋だった。
庭へ開いた戸の前に簾が下り、下端と縁の間から、刈りそろえられた草が見えている。利政は奥の畳に座り、右脇の文箱に蓋を載せたところだった。机の上には何も広げられていない。
紗季が挨拶をすると、向かいを示される。
槙は入口で待つよう命じられ、廊下の者も下がった。戸が閉まると、簾越しの蝉の声ばかりが耳につく。
「養生は、もうよいようだな」
「はい」
「河瀬は、暑い盛りに無理をさせぬと言うておった」
「朝のうちに教わっております」
答えながら、紗季は利政の手元を見た。文箱の蓋はきちんとはまっておらず、隅に薄く影ができている。
あの中の何かが、自分に関わるのだろうか。
利政は紗季をしばらく見てから、口を開いた。
「尾張の織田と、縁を結ぶ話を進めておる」
分かっていたつもりなのに、すぐには息を吐けなかった。
「信秀殿の子、三郎信長へ、そなたを嫁がせたい」
蝉の声が続いている。
名前だけが、その音とは別のところに残った。
織田信長。
知っている。何度も見た字で、歴史の話をする時なら、人に説明する側にだってなれた。けれど、今は自分の膝の先にいる父が、会ったこともないその人を夫にすると言っている。
返事をしなければならない。
そう思うのに、頷けば、頷いたところから支度が始まる気がした。
「いつ……でございますか」
「日取りは、まだだ。明日にも立てとは申さぬ」
「では、まだ、決まったわけでは」
「先方と詰めることはある。だが、この縁を結ぶつもりで話しておる」
日取りが決まらなければ、まだ断れる。その期待は持たせてもらえないらしい。
紗季は膝に置いた手を動かし、掌を小袖の上へ伏せた。汗ばんだ指先を見られたくない。
「私が、お断りしたら」
利政は即座に叱らなかった。
ただ、背をわずかに起こしたので、紗季もつられて姿勢を正す。
「理由を聞く」
「お会いしたことも、ありません」
「それは承知しておる」
「どのようなお方かも、私は……」
知らない、と言い切るところで迷った。
城を取った人。天下を目指した人。教科書の肖像では、いつも同じ角度を向いていた。その顔から、食事の時に何を話すのか、腹を立てたらどうするのかは、少しも分からない。
「一緒に暮らすお方としては、何も存じません」
言い直すと、利政は紗季の顔を見たまま答えた。
「人を遣り、確かめさせておる。聞きたいことがあれば、申せ」
質問を並べれば、結婚したいと思えるようになるのだろうか。
紗季には、そんな気がしなかった。
何も知らない相手だから嫌なのか。知っている誰かと離れるのが嫌なのか。それを父の前で分けようとすると、清十郎の姿ばかり浮かんでしまう。
その思いを隠すために、別の理由を探しているようで、紗季は言葉を選び直した。
「ここに、まだ居とうございます」
利政の視線が、ほんの少し下がった。
叱られた方が、まだよかったかもしれない。そんなことを言うのは分かっていた、と受け止められたように見える。
「母も、槙もおるからか」
「それだけでは、ありません」
「新九郎とも、近ごろはよう話すそうだな」
「兄上と、義姉上が……」
今日の文のことを言いかけて、やめた。
また会おうと約束する程度のことは、縁談を断る理由にならない。自分でも分かるから、なおさら言えない。
利政は文箱に載せた手を引いた。
「美濃と尾張が、いつまでも争うておってよいとは思わぬ。互いに刃を収めるなら、それを支える結びつきが要る」
「それが、私ですか」
「そなたと、三郎殿との縁だ」
紗季は父の言葉を頭の中で繰り返した。
戦をやめるため。家と家を結ぶため。
授業で聞けば、そういう結婚だったのだと理解できる。けれど、理解したからといって、行きたいとは思えない。
ここで嫌だと言えば、誰かが戦へ行かなければならなくなるのだろうか。そこまで自分に背負わせられるのかと思うと、顔が熱くなった。
「私が参れば、もう戦はなくなるのでございますか」
「そう言い切れるものではない」
利政の答えは短かった。
「では、どうして」
「明日の戦を避けるために、今日できることをする。縁を結んでも、守るために働かねばならぬ。嫁を一人迎えれば、後は何もせずに済むわけではない」
嫁いでも、戦の心配は消えないのか。
けれど、全てよくなると言われるよりは、まだ聞ける。
簾の下から風が入り、利政の袖をわずかに膨らませた。すぐに収まった布を見つめているうち、紗季の中に、もっと前から確かめるべきだった問いが浮かんできた。
この人は、誰を嫁がせようとしているのだろう。
「父上」
紗季は入口の戸を見た。槙が外にいると分かっていても、声を落とさずにはいられない。
「私が、帰蝶様ではないことは」
「先方へは申しておらぬ」
予想はしていた。
それでも、利政の口から聞くと、足元から何かを引き抜かれたように、座っている場所が頼りなくなる。
「そのまま、嫁げと仰るのですか」
「帰蝶として迎えられる」
「私には、覚えていないことではなく、初めから知らないことがございます。こちらのことも、向こうのお家のことも」
「だから学ばせておる。足りぬことは、これからも教えさせる」
「作法のお話だけではありません」
声が強くなり、紗季は一度唇を閉じた。
利政は遮らない。そのために、黙って終えることもできなくなった。
「私と会ったお方は、帰蝶様だと思うのでしょう。そのお方と、毎日、一緒に……」
そこから先は、どう言えばよいのか分からなかった。
小見に母上と呼びかける時、兄へ文を書く時、嘘をついていることは消えない。それでも、受け取ってくれる温かさに甘えてきた。
今度は、それを別の人との暮らしの始まりにしなければならない。
利政は文箱の蓋を、指二本で押し直した。
「ここへ置いたのは、わしだ。織田との話を進めるのも、わしの判断である」
「では、父上がお決めになれば、私は」
「そなたの思うようにせよとは、申せぬ」
言葉が途切れた後も、利政は目をそらさなかった。
優しく取り繕われないことが、今日はこんなにも腹立たしい。もっと都合のよいことを言ってくれれば、それは違うと責められるのに。
「今ここで、喜んで参りますとは言えません」
「そうか」
「お返事を、したことにしないでくださいませ」
初めて、利政が黙った。
紗季は膝を動かさずに待つ。ここで頭を下げれば、願ったことまで取り消してしまいそうだった。
やがて父は、文箱から手を離した。
「今日は話を聞かせた。それだけにしておく」
話をやめるとは言わない。
紗季にも、その違いは聞き取れた。
「日取りや供のことも、決まれば知らせる。母には先に話してある。分からぬことを、一人で抱え込むな」
聞きたいことは山ほどある。けれど、今はこの部屋にいたくない。
「母上のところへ、参ってもよろしいでしょうか」
「行け」
利政はそう言ってから、戸の方へ声を掛けた。
これでもう、おしまいなのだろうか。
槙が入ってくるまでの間、紗季は父の前を動けなかった。利政の方も文箱を開けず、同じ姿勢で娘を待っている。
小見の方の部屋には、庭へ通じる戸が二枚とも開けられていた。
紗季が来ると、小見は手元の扇を閉じ、そばへ招いた。縁から入る風は温かく、袖を通っても涼しくはない。
槙は湯の手配をしに、廊下へ戻っていく。
「お聞きになったのですね」
紗季は、母の正面を避けて座った。
何も考えずとも教わった位置に収まれるのが、今は少し恨めしい。嫁ぐために教わったのだと思えば、覚えたことまで自分を追い立てるように感じる。
「母上は、いつから御存じだったのですか」
「話が出ていることは、前から」
「私には、仰らなかった」
「決まらぬ話を、幾つも聞かせるわけにはまいりませんでした」
小見は扇を脇へ置いた。
「けれど、そなたに何も思うところがないと、考えていたわけではありません」
紗季は答えず、母の小袖の膝にできた折り目を見た。
何でも知っていて、何でもできる人ではない。そう分かっているのに、母上だけは止めてほしかったと思ってしまう。
「お嫁に行きたくないと申し上げたら、お叱りになりますか」
「それだけでは、叱りません」
「父上に、そうお伝えくださいますか」
「そなたがどう受け止めたかは、お話ししましょう」
小見はそこで少し間を置いた。
「ただ、それで話を取りやめにできるとは、約束できませぬ」
紗季はようやく母の顔を見た。
困ったように笑ってはいない。返事を待つ紗季へ、言いにくいことも伝えようとしている顔だった。
「……そうですか」
小見の手が伸び、紗季の膝のそばで止まる。
「こちらへ」
少し近くへ寄ると、母は紗季の手を取った。指を整えるためでも、座り方を直すためでもない。
紗季はその手を見下ろしたまま、今まで口にできなかったことを探した。
「お会いしたいと思ったことは、あるのです」
「三郎殿に?」
「はい。でも、お会いすることと、お嫁に行くことは、同じではありません」
「そうですね」
すぐに肯定され、かえって次が言えなくなった。
この人ならと決めたわけではない。自分で選んでもいない。そう言うだけなら、相手の名前を知らされたその日にだって言える。
けれど、今の自分には、ほかにも言えないことがある。
誰かに、明日も会えると思っていた。
その人と話せる日を増やしていけば、いつかもう少し違う話もできるのではないかと、何の約束もないまま期待していたのだ。
「ここで、したいことが、まだあります」
小見の指が、紗季の手を包み直す。
「何をしたいのか、急いで全て申さずともよいのですよ」
紗季は声を出さずに頷いた。
泣いたら話が終わってしまいそうで、庭の方を向く。開いた戸の縁に、小さな蟻が一匹上ってきていた。板の継ぎ目へ入ろうとして戻り、今度は反対へ歩いていく。
こんなことを見ている場合ではないのに、その行く先から目を離せない。
やがて、湯を持ってきた槙が入口へ座った。
小見は紗季の手を放し、椀を置く場所を空けた。紗季も膝を引き、二人の間に盆が収まる。
「今日は、こちらで少し休んでおいきなさい」
母の言葉に、紗季は初めて、何も考えずに頷けた。
部屋を出る頃には、廊下の影が反対側へ伸びていた。
小見のそばで過ごしても、縁談はなくならない。けれど、いつ出立するのかも分からないのに、今日の居場所まで失ったつもりになる必要はなかった。
槙が少し前を歩き、紗季はその後について表と奥の境へ来た。
向こうから、作兵衛と清十郎が歩いてくる。
いつもなら、こちらへ気づくまで待っただろう。今日は先に見つけてしまったことを悔やみ、柱の脇へ目を移した。
「姫様」
清十郎の声で、立ち止まる。
二人は通路を空けて礼をした。清十郎は紗季を見て何か言いかけたが、槙へ視線を移し、結局、作兵衛の方が先に口を開いた。
「明日の稽古は、河瀬の用により、朝一番ではなく、少し後に。暑くなる前には終えるとのことです」
明日。
その言葉を聞いた途端、紗季はひどくほっとした。
父に話をされた後も、稽古の時刻は伝えられる。自分の知らないところで、何もかも片づけられたわけではない。
「承知いたしました」
答えてから、清十郎を見た。
この人は、知っているのだろうか。
聞けばよいのに、父から聞いた名を、彼の前で口にしたくなかった。言ってしまえば、今の距離が変わる気がする。
「篠原様も、明日は」
そこまでで言葉が止まった。
いるのかと尋ねるのは、用の確認に聞こえるだろうか。それとも、会いたいと分かってしまうだろうか。
「作兵衛殿と、いつものところにおります」
清十郎は短く答えた。
紗季は、ありがとうございます、と言いそうになってやめる。そんな礼を言われても困るだろう。
「では、また明日」
彼が礼を返すのを見てから、紗季は歩き出した。
少し行った先で、何か呼び止められたような気がして振り返る。だが、清十郎は作兵衛と反対の廊下へ曲がるところで、こちらへは来なかった。
槙はその間、何も言わずに待っていてくれた。何を考えていたのかと尋ねられずに済み、紗季はようやく奥へ足を向ける。
机の上には、近江の方の文が置かれていた。
朝、読みながら笑った紙を広げても、同じところでは笑えない。来月会いたいという言葉の方へ、目が先に進む。
お梅が、返事は明日の使いに託してもよいそうだと伝えた。
「お待ちいただかなくても、よいそうです」
「確かめてくれたの。ありがとう」
紗季は文を膝へ置いた。
お梅は空になった湯の椀を取りに来たが、盆を持ち上げる前に、紗季の様子をうかがっている。
「父上から、お話があったの」
槙へ目を向けると、彼女は静かに頷いた。少なくとも、お梅には伝えてよいということだろう。
「尾張の、織田家へ嫁ぐ話を、進めていらっしゃるって」
お梅は盆の取っ手から手を離した。
「姫様が、ですか」
「うん。いつかは、まだ」
おめでとうございますと言われるのだろうか。
そう思って身構えたのに、お梅から返ったのは別の問いだった。
「遠うございますか」
紗季は答えを考えた。
地図で見れば、隣にある。けれど、ここでいう近い場所とは、思い立った時に出かけられるところなのだろうか。
「隣の国。でも、私には、どのくらい掛かるのか分からない」
お梅は槙を見たが、槙も今は道中の説明を始めなかった。
「供のことも、まだお申しつけはございませぬ」
その言葉で、お梅のためらいを、紗季はようやく理解した。
連れていくよ、と言ってしまえたら。槙も、お梅も、もちろん一緒だと。
けれど、自分が決められることかどうかも知らないまま、安心させる約束をしてはいけない。
「次に父上とお話しする時に、聞くね」
お梅は少し遅れて頭を下げた。
盆を抱えて出ていく背が、いつもより丁寧に戸口を回る。その姿を見て、紗季は自分のことだけでいっぱいだったと気づいた。
自分が出ていけば、残る人にも、ついてくる人にも、それまでとは違う暮らしが始まる。
槙が机の端に紙を置いた。
「お返事は、明朝でもよろしゅうございます」
「ううん。少しだけ、書く」
長い文にはできそうになかった。
来月の都合を聞かれたのだから、いつならよいのか答えるべきなのに、その日を決める気持ちになれない。代わりに、紗季は近江の方へ、会いたいと書いた。
できれば、来月を待たずに。
そこまで書いて、筆を浮かせる。
急に呼びつけたと思われないだろうか。義姉にだって用がある。それでも、いつでもよいと直したら、今日聞いてほしいことまで消えてしまいそうだった。
紗季は書きかけの紙を槙へ向け、迷っていたところを指で示す。
「お嫁に行くお話を、父上から伺いました。だから、義姉上にお会いしたい。そう書いても、いい?」
「そのお話をなさりたいのでしたら」
槙は頷き、まだ空いている紙の下を見た。
「先方にも御用がおありでしょうから、おいでになれる日をお知らせくださいと、添えられては」
紗季はその言葉を書き添えた。
縁談に喜んだとも、断るとも書かない。ただ、話を聞いた自分が、今、誰と話したいのかを記す。
書き終えると、紙の上の文字は思ったより少なかった。
義姉に会えたら、どこまで話せるのだろう。まだ自分の中でさえ、はっきりさせるのが怖いこともある。
紗季は筆を置き、近江の方から届いた文を、返事の横へ並べた。
戸の話の続きを、もう一度読む。今度はちせの困った顔も浮かび、ほんの少し口元が緩んだ。
帰ってきたお梅が、灯を置く場所を尋ねる。もう、庭からの明かりだけでは読みづらい。
「こっちへ。まだ、読んでいたいから」
紗季が机の左側を空けると、お梅はそこへ灯を据えた。紙を火から遠ざけるその手元に合わせ、紗季も二通の文を内側へ寄せる。




