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文蝶 〜文が紡ぐ戦国のんびり生活〜  作者: 藤原 智
美濃

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20/57

二十話 縁談

 近江の方の文には、会う日の相談より先に、暑さの愚痴が書いてあった。

 ちせに戸を開けさせれば風が入らず、閉めさせようとすれば、その時に限って涼しくなる。人を立たせたり座らせたりして申し訳ないから、とうとう自分で戸のそばへ移ったという。

 紗季はそこで笑い、続きを読もうとして、紙に落ちた自分の影をよけた。

 庭の白い照り返しが、縁近くの机まで届いている。六月も終わりに近づき、朝の稽古を終えた後は、風の抜ける場所を見つけて座るようになった。お梅と縫い目を眺めた夕方から、もう二十日余りになる。

 エアコンが恋しい……。


「義姉上も、暑いって」

「こちらも戸をお開けしますか」

「ううん。お梅が忙しくなるから、いい」


 お梅には意味が通じなかったらしく、手にした盆を見てから首を傾げた。文を読むと分かるのだけれど、勝手に全部聞かせてよいか迷い、紗季は今の戸の話だけを伝える。


「それでしたら、姫様も縁へお移りくださいませ」

「お昼になったら、そこも暑いよ」

「では、その時に戻られれば」


 もっともな答えだった。

 紗季は文を持って縁へ移り、柱の陰に膝を収めた。日向と隔てるものは柱一本なのに、板の熱が違う。

 近江の方は、来月、また顔を見たいと書いていた。新九郎も一緒に来られるよう相談しているが、先に紗季の都合を聞きたいという。

 今度こそ、兄と同じ時に食事ができるだろうか。

 前のように、帰ってくるか分からないまま膳を待たせるのは避けたい。もし途中で呼ばれたら先に食べます、と返したら、兄はどんな顔をするだろう。

 言い返す声まで浮かんできて、紗季は紙を少し下げた。

 会う日を決める文を、自分も受け取るようになった。宛名は帰蝶でも、暑がって縁へ逃げてきた自分に向けて、義姉が話しかけてくれている。


「お返事は、午後でも間に合う?」

「お使いの方は、ほかの御用もおありと伺いました。槙様に確かめてまいります」


 お梅が立ちかけたところへ、その槙が来た。

 紗季は文を持ち上げ、来月のことを尋ねようとしたが、槙は部屋へ入らず、廊下から一礼する。


「お館様がお呼びにございます。お支度を」

「今から?」

「はい。表の奥で、お待ちです」


 何の用かは言われない。

 紗季は読み終えた文を折り、お梅へ預けた。机へ置いておいて、と頼んだ自分の声が、妙にはっきり耳に残る。


 表へ近づくにつれ、廊下の向こうから人の声が増えてきた。

 控えの戸口に二人の男が座り、その前へ別の男が膝をついて何かを渡している。紗季たちが来ると話が途切れ、開けられた道を、槙に続いて通り過ぎた。

 以前なら、見られているだけで歩き方が分からなくなったかもしれない。今は裾の収まる幅も、角で人を待つ場所も知っている。

 それなのに、今日は廊下がいつもより長い。

 尾張から使いが来たと聞いた日を思い出す。あの時も、兄はこんなふうに誰かに呼ばれて立っていった。


「槙」


 隣へ声を寄せると、槙は歩みを緩めた。


「何のお話か、聞いてる?」

「お館様から、お話しになるとのことです」


 知らない、とは言わない。

 紗季はそれ以上尋ねず、前を向いた。槙に先に話させたところで、利政に会わなくて済むわけではない。

 通されたのは、大勢の並ぶ表座敷ではなく、その東側にある小さな部屋だった。

 庭へ開いた戸の前に簾が下り、下端と縁の間から、刈りそろえられた草が見えている。利政は奥の畳に座り、右脇の文箱に蓋を載せたところだった。机の上には何も広げられていない。

 紗季が挨拶をすると、向かいを示される。

 槙は入口で待つよう命じられ、廊下の者も下がった。戸が閉まると、簾越しの蝉の声ばかりが耳につく。


「養生は、もうよいようだな」

「はい」

「河瀬は、暑い盛りに無理をさせぬと言うておった」

「朝のうちに教わっております」


 答えながら、紗季は利政の手元を見た。文箱の蓋はきちんとはまっておらず、隅に薄く影ができている。

 あの中の何かが、自分に関わるのだろうか。

 利政は紗季をしばらく見てから、口を開いた。


「尾張の織田と、縁を結ぶ話を進めておる」


 分かっていたつもりなのに、すぐには息を吐けなかった。


「信秀殿の子、三郎信長へ、そなたを嫁がせたい」


 蝉の声が続いている。

 名前だけが、その音とは別のところに残った。

 織田信長。

 知っている。何度も見た字で、歴史の話をする時なら、人に説明する側にだってなれた。けれど、今は自分の膝の先にいる父が、会ったこともないその人を夫にすると言っている。

 返事をしなければならない。

 そう思うのに、頷けば、頷いたところから支度が始まる気がした。


「いつ……でございますか」

「日取りは、まだだ。明日にも立てとは申さぬ」

「では、まだ、決まったわけでは」

「先方と詰めることはある。だが、この縁を結ぶつもりで話しておる」


 日取りが決まらなければ、まだ断れる。その期待は持たせてもらえないらしい。

 紗季は膝に置いた手を動かし、掌を小袖の上へ伏せた。汗ばんだ指先を見られたくない。


「私が、お断りしたら」


 利政は即座に叱らなかった。

 ただ、背をわずかに起こしたので、紗季もつられて姿勢を正す。


「理由を聞く」

「お会いしたことも、ありません」

「それは承知しておる」

「どのようなお方かも、私は……」


 知らない、と言い切るところで迷った。

 城を取った人。天下を目指した人。教科書の肖像では、いつも同じ角度を向いていた。その顔から、食事の時に何を話すのか、腹を立てたらどうするのかは、少しも分からない。


「一緒に暮らすお方としては、何も存じません」


 言い直すと、利政は紗季の顔を見たまま答えた。


「人を遣り、確かめさせておる。聞きたいことがあれば、申せ」


 質問を並べれば、結婚したいと思えるようになるのだろうか。

 紗季には、そんな気がしなかった。

 何も知らない相手だから嫌なのか。知っている誰かと離れるのが嫌なのか。それを父の前で分けようとすると、清十郎の姿ばかり浮かんでしまう。

 その思いを隠すために、別の理由を探しているようで、紗季は言葉を選び直した。


「ここに、まだ居とうございます」


 利政の視線が、ほんの少し下がった。

 叱られた方が、まだよかったかもしれない。そんなことを言うのは分かっていた、と受け止められたように見える。


「母も、槙もおるからか」

「それだけでは、ありません」

「新九郎とも、近ごろはよう話すそうだな」

「兄上と、義姉上が……」


 今日の文のことを言いかけて、やめた。

 また会おうと約束する程度のことは、縁談を断る理由にならない。自分でも分かるから、なおさら言えない。

 利政は文箱に載せた手を引いた。


「美濃と尾張が、いつまでも争うておってよいとは思わぬ。互いに刃を収めるなら、それを支える結びつきが要る」

「それが、私ですか」

「そなたと、三郎殿との縁だ」


 紗季は父の言葉を頭の中で繰り返した。

 戦をやめるため。家と家を結ぶため。

 授業で聞けば、そういう結婚だったのだと理解できる。けれど、理解したからといって、行きたいとは思えない。

 ここで嫌だと言えば、誰かが戦へ行かなければならなくなるのだろうか。そこまで自分に背負わせられるのかと思うと、顔が熱くなった。


「私が参れば、もう戦はなくなるのでございますか」

「そう言い切れるものではない」


 利政の答えは短かった。


「では、どうして」

「明日の戦を避けるために、今日できることをする。縁を結んでも、守るために働かねばならぬ。嫁を一人迎えれば、後は何もせずに済むわけではない」


 嫁いでも、戦の心配は消えないのか。

 けれど、全てよくなると言われるよりは、まだ聞ける。

 簾の下から風が入り、利政の袖をわずかに膨らませた。すぐに収まった布を見つめているうち、紗季の中に、もっと前から確かめるべきだった問いが浮かんできた。

 この人は、誰を嫁がせようとしているのだろう。


「父上」


 紗季は入口の戸を見た。槙が外にいると分かっていても、声を落とさずにはいられない。


「私が、帰蝶様ではないことは」

「先方へは申しておらぬ」


 予想はしていた。

 それでも、利政の口から聞くと、足元から何かを引き抜かれたように、座っている場所が頼りなくなる。


「そのまま、嫁げと仰るのですか」

「帰蝶として迎えられる」

「私には、覚えていないことではなく、初めから知らないことがございます。こちらのことも、向こうのお家のことも」

「だから学ばせておる。足りぬことは、これからも教えさせる」

「作法のお話だけではありません」


 声が強くなり、紗季は一度唇を閉じた。

 利政は遮らない。そのために、黙って終えることもできなくなった。


「私と会ったお方は、帰蝶様だと思うのでしょう。そのお方と、毎日、一緒に……」


 そこから先は、どう言えばよいのか分からなかった。

 小見に母上と呼びかける時、兄へ文を書く時、嘘をついていることは消えない。それでも、受け取ってくれる温かさに甘えてきた。

 今度は、それを別の人との暮らしの始まりにしなければならない。

 利政は文箱の蓋を、指二本で押し直した。


「ここへ置いたのは、わしだ。織田との話を進めるのも、わしの判断である」

「では、父上がお決めになれば、私は」

「そなたの思うようにせよとは、申せぬ」


 言葉が途切れた後も、利政は目をそらさなかった。

 優しく取り繕われないことが、今日はこんなにも腹立たしい。もっと都合のよいことを言ってくれれば、それは違うと責められるのに。


「今ここで、喜んで参りますとは言えません」

「そうか」

「お返事を、したことにしないでくださいませ」


 初めて、利政が黙った。

 紗季は膝を動かさずに待つ。ここで頭を下げれば、願ったことまで取り消してしまいそうだった。

 やがて父は、文箱から手を離した。


「今日は話を聞かせた。それだけにしておく」


 話をやめるとは言わない。

 紗季にも、その違いは聞き取れた。


「日取りや供のことも、決まれば知らせる。母には先に話してある。分からぬことを、一人で抱え込むな」


 聞きたいことは山ほどある。けれど、今はこの部屋にいたくない。


「母上のところへ、参ってもよろしいでしょうか」

「行け」


 利政はそう言ってから、戸の方へ声を掛けた。

 これでもう、おしまいなのだろうか。

 槙が入ってくるまでの間、紗季は父の前を動けなかった。利政の方も文箱を開けず、同じ姿勢で娘を待っている。


 小見の方の部屋には、庭へ通じる戸が二枚とも開けられていた。

 紗季が来ると、小見は手元の扇を閉じ、そばへ招いた。縁から入る風は温かく、袖を通っても涼しくはない。

 槙は湯の手配をしに、廊下へ戻っていく。


「お聞きになったのですね」


 紗季は、母の正面を避けて座った。

 何も考えずとも教わった位置に収まれるのが、今は少し恨めしい。嫁ぐために教わったのだと思えば、覚えたことまで自分を追い立てるように感じる。


「母上は、いつから御存じだったのですか」

「話が出ていることは、前から」

「私には、仰らなかった」

「決まらぬ話を、幾つも聞かせるわけにはまいりませんでした」


 小見は扇を脇へ置いた。


「けれど、そなたに何も思うところがないと、考えていたわけではありません」


 紗季は答えず、母の小袖の膝にできた折り目を見た。

 何でも知っていて、何でもできる人ではない。そう分かっているのに、母上だけは止めてほしかったと思ってしまう。


「お嫁に行きたくないと申し上げたら、お叱りになりますか」

「それだけでは、叱りません」

「父上に、そうお伝えくださいますか」

「そなたがどう受け止めたかは、お話ししましょう」


 小見はそこで少し間を置いた。


「ただ、それで話を取りやめにできるとは、約束できませぬ」


 紗季はようやく母の顔を見た。

 困ったように笑ってはいない。返事を待つ紗季へ、言いにくいことも伝えようとしている顔だった。


「……そうですか」


 小見の手が伸び、紗季の膝のそばで止まる。


「こちらへ」


 少し近くへ寄ると、母は紗季の手を取った。指を整えるためでも、座り方を直すためでもない。

 紗季はその手を見下ろしたまま、今まで口にできなかったことを探した。


「お会いしたいと思ったことは、あるのです」

「三郎殿に?」

「はい。でも、お会いすることと、お嫁に行くことは、同じではありません」

「そうですね」


 すぐに肯定され、かえって次が言えなくなった。

 この人ならと決めたわけではない。自分で選んでもいない。そう言うだけなら、相手の名前を知らされたその日にだって言える。

 けれど、今の自分には、ほかにも言えないことがある。

 誰かに、明日も会えると思っていた。

 その人と話せる日を増やしていけば、いつかもう少し違う話もできるのではないかと、何の約束もないまま期待していたのだ。


「ここで、したいことが、まだあります」


 小見の指が、紗季の手を包み直す。


「何をしたいのか、急いで全て申さずともよいのですよ」


 紗季は声を出さずに頷いた。

 泣いたら話が終わってしまいそうで、庭の方を向く。開いた戸の縁に、小さな蟻が一匹上ってきていた。板の継ぎ目へ入ろうとして戻り、今度は反対へ歩いていく。

 こんなことを見ている場合ではないのに、その行く先から目を離せない。

 やがて、湯を持ってきた槙が入口へ座った。

 小見は紗季の手を放し、椀を置く場所を空けた。紗季も膝を引き、二人の間に盆が収まる。


「今日は、こちらで少し休んでおいきなさい」


 母の言葉に、紗季は初めて、何も考えずに頷けた。


 部屋を出る頃には、廊下の影が反対側へ伸びていた。

 小見のそばで過ごしても、縁談はなくならない。けれど、いつ出立するのかも分からないのに、今日の居場所まで失ったつもりになる必要はなかった。

 槙が少し前を歩き、紗季はその後について表と奥の境へ来た。

 向こうから、作兵衛と清十郎が歩いてくる。

 いつもなら、こちらへ気づくまで待っただろう。今日は先に見つけてしまったことを悔やみ、柱の脇へ目を移した。


「姫様」


 清十郎の声で、立ち止まる。

 二人は通路を空けて礼をした。清十郎は紗季を見て何か言いかけたが、槙へ視線を移し、結局、作兵衛の方が先に口を開いた。


「明日の稽古は、河瀬の用により、朝一番ではなく、少し後に。暑くなる前には終えるとのことです」


 明日。

 その言葉を聞いた途端、紗季はひどくほっとした。

 父に話をされた後も、稽古の時刻は伝えられる。自分の知らないところで、何もかも片づけられたわけではない。


「承知いたしました」


 答えてから、清十郎を見た。

 この人は、知っているのだろうか。

 聞けばよいのに、父から聞いた名を、彼の前で口にしたくなかった。言ってしまえば、今の距離が変わる気がする。


「篠原様も、明日は」


 そこまでで言葉が止まった。

 いるのかと尋ねるのは、用の確認に聞こえるだろうか。それとも、会いたいと分かってしまうだろうか。


「作兵衛殿と、いつものところにおります」


 清十郎は短く答えた。

 紗季は、ありがとうございます、と言いそうになってやめる。そんな礼を言われても困るだろう。


「では、また明日」


 彼が礼を返すのを見てから、紗季は歩き出した。

 少し行った先で、何か呼び止められたような気がして振り返る。だが、清十郎は作兵衛と反対の廊下へ曲がるところで、こちらへは来なかった。

 槙はその間、何も言わずに待っていてくれた。何を考えていたのかと尋ねられずに済み、紗季はようやく奥へ足を向ける。


 机の上には、近江の方の文が置かれていた。

 朝、読みながら笑った紙を広げても、同じところでは笑えない。来月会いたいという言葉の方へ、目が先に進む。

 お梅が、返事は明日の使いに託してもよいそうだと伝えた。


「お待ちいただかなくても、よいそうです」

「確かめてくれたの。ありがとう」


 紗季は文を膝へ置いた。

 お梅は空になった湯の椀を取りに来たが、盆を持ち上げる前に、紗季の様子をうかがっている。


「父上から、お話があったの」


 槙へ目を向けると、彼女は静かに頷いた。少なくとも、お梅には伝えてよいということだろう。


「尾張の、織田家へ嫁ぐ話を、進めていらっしゃるって」


 お梅は盆の取っ手から手を離した。


「姫様が、ですか」

「うん。いつかは、まだ」


 おめでとうございますと言われるのだろうか。

 そう思って身構えたのに、お梅から返ったのは別の問いだった。


「遠うございますか」


 紗季は答えを考えた。

 地図で見れば、隣にある。けれど、ここでいう近い場所とは、思い立った時に出かけられるところなのだろうか。


「隣の国。でも、私には、どのくらい掛かるのか分からない」


 お梅は槙を見たが、槙も今は道中の説明を始めなかった。


「供のことも、まだお申しつけはございませぬ」


 その言葉で、お梅のためらいを、紗季はようやく理解した。

 連れていくよ、と言ってしまえたら。槙も、お梅も、もちろん一緒だと。

 けれど、自分が決められることかどうかも知らないまま、安心させる約束をしてはいけない。


「次に父上とお話しする時に、聞くね」


 お梅は少し遅れて頭を下げた。

 盆を抱えて出ていく背が、いつもより丁寧に戸口を回る。その姿を見て、紗季は自分のことだけでいっぱいだったと気づいた。

 自分が出ていけば、残る人にも、ついてくる人にも、それまでとは違う暮らしが始まる。

 槙が机の端に紙を置いた。


「お返事は、明朝でもよろしゅうございます」

「ううん。少しだけ、書く」


 長い文にはできそうになかった。

 来月の都合を聞かれたのだから、いつならよいのか答えるべきなのに、その日を決める気持ちになれない。代わりに、紗季は近江の方へ、会いたいと書いた。

 できれば、来月を待たずに。

 そこまで書いて、筆を浮かせる。

 急に呼びつけたと思われないだろうか。義姉にだって用がある。それでも、いつでもよいと直したら、今日聞いてほしいことまで消えてしまいそうだった。

 紗季は書きかけの紙を槙へ向け、迷っていたところを指で示す。


「お嫁に行くお話を、父上から伺いました。だから、義姉上にお会いしたい。そう書いても、いい?」

「そのお話をなさりたいのでしたら」


 槙は頷き、まだ空いている紙の下を見た。


「先方にも御用がおありでしょうから、おいでになれる日をお知らせくださいと、添えられては」


 紗季はその言葉を書き添えた。

 縁談に喜んだとも、断るとも書かない。ただ、話を聞いた自分が、今、誰と話したいのかを記す。

 書き終えると、紙の上の文字は思ったより少なかった。

 義姉に会えたら、どこまで話せるのだろう。まだ自分の中でさえ、はっきりさせるのが怖いこともある。

 紗季は筆を置き、近江の方から届いた文を、返事の横へ並べた。

 戸の話の続きを、もう一度読む。今度はちせの困った顔も浮かび、ほんの少し口元が緩んだ。

 帰ってきたお梅が、灯を置く場所を尋ねる。もう、庭からの明かりだけでは読みづらい。


「こっちへ。まだ、読んでいたいから」


 紗季が机の左側を空けると、お梅はそこへ灯を据えた。紙を火から遠ざけるその手元に合わせ、紗季も二通の文を内側へ寄せる。

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