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『私を捨てたアラフィフ男は、20歳の女に一億円を貢いだ』  作者: こうた


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3/10

第3話 あなたがいるだけで、自分に自信が持てた


 私ととしおさんの関係は、少しずつ変わっていった。


 最初はボランティア仲間。


 次に、よく話をする人。


 そして――。


 気がつけば、毎日のように連絡を取り合う相手になっていた。


 朝起きれば、メッセージが届いている。


『おはようございます。今日も仕事頑張りましょう』


 昼休みには、


『お昼、ちゃんと食べましたか?』


 夜には、


『今日もお疲れさまでした。ゆっくり休んでください』


 そんな何気ない言葉の積み重ねが、私の生活を少しずつ変えていった。


 以前なら、仕事が終われば家に帰るだけだった。


 休日も、本を読んで過ごすことが多かった。


 それが今では、


「次の休みは、としおさんと会える」


 そう思うだけで、一週間を頑張れるようになっていた。


 恋というものが、こんなに生活を変えるものだとは知らなかった。


     ◇


 ある金曜日の夜。


 仕事を終えて帰宅した私は、スマートフォンを見た。


 としおさんから電話がかかってきた。


「もしもし?」


『ひとみさん?』


「はい」


『今、大丈夫ですか?』


「大丈夫ですよ」


『よかった』


 最近、電話をすることも増えていた。


「今日はどうでした?」


『忙しかったですよ』


「大変でしたね」


『でも、ひとみさんから朝メッセージもらったので頑張れました』


「そんな大げさな」


『本当ですよ』


 私は笑った。


「としおさんって、仕事が大変でも弱音を吐かないですよね」


『そうですか?』


「はい」


『昔は、もっと余裕なかったですよ』


「そうなんですか?」


『仕事しかなかったので』


 少し沈黙があった。


『僕、ずっと自分に自信がなかったんです』


 私は黙って聞いた。


『仕事はそれなりにできると思ってました。でも、女性から見たら魅力なんてないだろうなって』


「どうしてですか?」


『この歳まで彼女がいなかったから』


 私は少し笑った。


「でも、今は違いますよ」


『……そうですね』


 としおさんの声が少し明るくなった。


『今は、ひとみさんがいますから』


 胸が温かくなる。


「私も、としおさんに出会えてよかったです」


『本当に?』


「はい」


『じゃあ……』


 少し間があった。


『僕、もっと自信を持ってもいいのかな』


「もちろんですよ」


『ありがとうございます』


 電話の向こうで、としおさんが笑った。


 その笑い声を聞きながら、私は思った。


 この人を幸せにしたい。


 そう思ったのは、そのときが初めてだった。


     ◇


 翌週。


 私たちは、また食事をした。


 いつものように、とりとめのない話をしていた。


 仕事。


 本。


 旅行。


 将来のこと。


「ひとみさん」


「はい?」


「僕、聞きたいことがあります」


「何ですか?」


「ひとみさんは、結婚したいですか?」


 私は少し驚いた。


「……はい」


「子どもは?」


 私は少し考えた。


「できれば欲しいです」


「僕もです」


 その言葉に、心臓が大きく鳴った。


「何人くらい?」


「二人くらい……」


「僕も同じです」


 偶然だった。


 でも、その偶然が嬉しかった。


「家はどういうところがいいですか?」


「静かなところがいいです」


「僕も」


「休日に一緒に買い物したり」


「はい」


「たまに旅行したり」


「いいですね」


「子どもと一緒に公園に行ったり」


「楽しそうですね」


 二人で未来の話をした。


 まだ恋人ですらないのに。


 それでも、不思議と怖くなかった。


 むしろ。


 その未来が、本当に来るような気がした。


     ◇


 食事が終わったあと。


 店の外に出る。


 夜風が少し冷たかった。


「寒いですね」


「大丈夫ですか?」


「はい」


 としおさんが自分の上着を少しこちらに寄せる。


「風、こっちから来てますよ」


「ありがとうございます」


 しばらく歩いた。


 そして駅に着く。


 としおさんが立ち止まった。


「ひとみさん」


「はい?」


「僕……」


 また、あの緊張した顔だった。


「どうしました?」


「ちゃんと言いたいことがあります」


 私は黙って待った。


「僕と、付き合ってください」


 時間が止まったように感じた。


 周りには人がいる。


 電車の音も聞こえる。


 駅のアナウンスも聞こえる。


 なのに。


 私の耳には、としおさんの声しか入らなかった。


「……私でいいんですか?」


 やっと、それだけ言った。


「ひとみさんがいいです」


 迷いのない答えだった。


「本当に?」


「はい」


「後悔しませんか?」


「しません」


 私は俯いた。


 涙が出そうだった。


「……お願いします」


 小さな声で答えた。


「はい」


 としおさんは嬉しそうに笑った。


 そして。


 私も笑った。


 四十歳を前にして。


 私は初めて、恋人ができた。


     ◇


 帰り道。


 私は何度もスマートフォンを見た。


 恋人になった。


 その言葉が、頭の中を何度も回る。


 私はもう一人じゃない。


 そんな感覚があった。


 家に帰ってからも、落ち着かなかった。


 いつもなら本を読む時間。


 でも今日は本を開く気になれない。


 私はベッドに座り、スマートフォンを見つめる。


 すると、としおさんからメッセージが届いた。


『今日は人生で一番嬉しい日かもしれません』


 私は笑った。


『私も嬉しいです』


 少し考えてから、


『これからよろしくお願いします』


 と送った。


 すぐに返事が来る。


『こちらこそ。一緒に幸せになりましょう』


 その言葉を見て、胸がいっぱいになった。


 一緒に幸せになる。


 それは、私がずっと欲しかったものだった。


     ◇


 交際が始まってから、としおさんは少しずつ変わっていった。


 以前より服装を気にするようになった。


 髪を整えるようになった。


 健康のために少し運動も始めた。


「最近、少し痩せたんじゃないですか?」


 ある日、私が言うと、


「本当ですか?」


 としおさんは嬉しそうに聞き返した。


「はい。少しだけ」


「ひとみさんが言うなら、もっと頑張ろうかな」


「無理しないでくださいね」


「大丈夫です」


 としおさんは笑った。


 私は、その変化が嬉しかった。


 私と出会ったことで、少しでも前向きになってくれた。


 そう思っていた。


     ◇


 そして、ある日。


 会社の同僚から、


「最近、としおさん、なんか雰囲気変わりましたよね」


 と言われた。


「そうですか?」


「はい。前より明るくなった感じがします」


「そうなんですね」


「何かいいことあったんじゃないですか?」


 私は少し恥ずかしくなった。


「……そうかもしれません」


 同僚は笑った。


「彼女でもできました?」


「……はい」


「えっ、本当ですか?」


「はい」


「おめでとうございます!」


 その言葉を聞いて。


 私は、嬉しかった。


 誰かに自分の恋愛を祝ってもらう。


 そんな経験も、ほとんどなかったから。


     ◇


 その日の夜。


 としおさんに、その話をした。


「今日、会社の人に彼女できたのって聞かれました」


『本当ですか?』


「はい」


『なんて答えたんですか?』


「できましたって」


『……嬉しいです』


「どうして?」


『ひとみさんに彼氏がいるって、ちゃんと知られるのが嬉しいんです』


「変なの」


『変じゃないですよ』


 としおさんは笑った。


『僕、昔は女性と付き合うなんて自分には無理だと思ってました』


「今は?」


『今は……』


 少し間があった。


『僕にもできるんだって思います』


 私は嬉しかった。


「よかったですね」


『はい』


 その声は、自信に満ちていた。


 以前の、としおさんとは少し違った。


 自信がなかった男性が。


 私と付き合うことで。


 少しずつ自分に自信を持つようになっていた。


     ◇


 ある休日。


 私たちはショッピングモールへ行った。


「ひとみさん、何か欲しいものありますか?」


「特にないですよ」


「本は?」


「この前買ったばかりなので」


「服は?」


「大丈夫です」


「じゃあ、何か食べましょう」


「はい」


 フードコートで昼食を食べる。


 そのあと、二人で店を見て回った。


 派手な買い物はしない。


 高級な店にも行かない。


 でも、楽しかった。


 私は、こういう時間が好きだった。


 特別なことをしなくても。


 好きな人と一緒にいる。


 それだけで幸せだった。


「ひとみさん」


「はい?」


「僕、こういう普通の生活が欲しかったんです」


「普通の生活?」


「はい」


 としおさんは少し遠くを見る。


「仕事して、家に帰って、奥さんがいて。休日には一緒に買い物して。子どもができたら、家族で出かけて」


「……私もです」


「だから」


 としおさんは私を見る。


「ひとみさんとなら、それができる気がします」


 私は胸がいっぱいになった。


「私も、としおさんとなら……」


 その先は言えなかった。


 でも、としおさんには伝わったと思う。


     ◇


 その夜。


 私は家に帰り、鏡の前に立った。


 いつもと同じ顔。


 特別美人ではない。


 特別若くもない。


 でも。


 今日は、自分の顔が少し好きだった。


 私は思った。


 私でも、誰かに愛してもらえるんだ。


 年齢なんて関係ない。


 見た目だって関係ない。


 ちゃんと向き合ってくれる人はいる。


 そう思えた。


     ◇


 一方。


 としおもまた、自宅で一人だった。


 テーブルの上には、通帳が置かれている。


 としおはそれを眺めた。


 長年働いて貯めてきたお金。


 親から受け継いだ財産。


 合わせれば、一億円近い。


 普通の人から見れば、大きな金額だった。


 としおは昔から、お金を使うことより貯めることが好きだった。


 将来の不安があったからだ。


 結婚できないかもしれない。


 家族を持てないかもしれない。


 だからせめて、お金だけは残しておこう。


 そんな気持ちで貯めてきた。


 でも今。


 そのお金の意味が少し変わっていた。


「家を買うのもいいな」


 そんなことを考える。


 ひとみと暮らす家。


 子どもが生まれたら。


 大きな家じゃなくてもいい。


 家族が笑って暮らせればいい。


 としおは通帳を閉じた。


 そしてスマートフォンを見る。


 ひとみからメッセージが来ていた。


『今日はありがとうございました。楽しかったです』


 としおは笑った。


 すぐに返信する。


『僕も楽しかったです。これからもずっと一緒にいましょう』


 送信。


 そして、もう一度通帳を見る。


 今まで。


 お金を貯めることが人生の目的だった。


 でも。


 これからは違う。


 このお金を使って。


 ひとみと幸せな家庭を作る。


 そんな未来を想像していた。


     ◇


 交際して三か月。


 私たちの関係は、とても穏やかだった。


 喧嘩もほとんどない。


 お互いに無理をしない。


 連絡も強制しない。


 会えない日は、電話だけ。


 それでも。


 私には十分だった。


 ある夜。


 としおさんが言った。


「ひとみさん」


「はい?」


「僕たち、この先もずっと一緒にいられますよね?」


「……はい」


「結婚も……考えてくれますか?」


 私は少し黙った。


 そして。


「はい」


 と答えた。


 としおさんは安心したように笑った。


「よかった」


「私も、嬉しいです」


「じゃあ、これからもっと頑張らないと」


「何をですか?」


「いい旦那さんになること」


 私は笑った。


「もう十分ですよ」


「いや、まだまだです」


 そう言うとしおさんは笑った。


 その顔を見て。


 私は、この人と結婚するのだと思った。


 そして。


 この幸せがずっと続くと思っていた。


 としおさんも、そう思っていた。


 少なくとも。


 あの日までは。


     ◇


 数週間後。


 としおさんは会社の同僚たちと食事をすることになった。


 久しぶりの飲み会だった。


 としおは以前なら、こういう場所を避けていた。


 女性がいる場所では、どう振る舞えばいいか分からなかったからだ。


 けれど。


 今は違う。


 自分には彼女がいる。


 自分も恋愛ができる。


 そう思えるようになった。


「としおさん、最近変わりましたよね」


「そうですか?」


「なんか自信ついた感じがします」


「まあ……」


 としおは少し照れながら笑った。


「彼女ができまして」


「えっ!」


「本当ですか?」


「おめでとうございます!」


 周囲から祝福される。


 としおは嬉しかった。


 今まで感じたことのない感覚だった。


 自分が一人の女性に選ばれた。


 そして。


 周囲からも認められている。


 としおは、自分の中に生まれた自信を噛みしめていた。


 その自信は、このときはまだ――。


 ひとみを愛するためのものだった。


 しかし。


 人は一度、自分が認められる喜びを知ると。


 もっと認められたいと思うことがある。


 もっと褒められたい。


 もっと若く見られたい。


 もっと魅力的だと思われたい。


 もっと「すごい男」だと思われたい。


 そして。


 としおの中にも。


 まだ小さなものだったが。


 そんな欲が芽生え始めていた。


 本人さえ、それに気づいていなかった。


 このときは。


 ただ、ひとみと幸せになりたい。


 それだけだった。

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