84話 ベセトア庶民院議会
エマは安城と共にワープで日本の高知にあるベセトアの議事堂に顔を出した。
「エマさん、お久しぶりです」
ベルーケが出会い頭にエマへ会釈。
「さ、行こ」
日本のベセトアの施設は、本拠地を流れる仁淀川より下流にある。山を切り拓いて建てられたベレウゼ意匠の石造り建築は、自然とは合っていない。
入り口からセンターロビーに向かって左側の議場に一同は堂々と姿を見せる。
「ここ、いい?」
「お好きにどうぞ」
エマは横長の議席に深く座っている痩せた男性に一言断りを入れた。席はまだ広く使える。
「エマさん、なんであんなことしてるの?」
「別に」
「……」
ヒンベルはエマの言葉に言葉を詰まらせた。
「なあ総統、一応聞くが、お前がやったんじゃないよな?」
「んん? 誰がそんな面倒くさいことを……」
ヒンベルは鬱陶しいと言わんばかりに答える。
「今、アリスたちが琴音を匿ってる」
「ん? アリストテレスつった?」
「アリス! アリス タラスコン! お前のイヤーピース、補聴器にしろ」
安城はヒンベルの話の脱線具合に苛立つ。
しばらくすると、ぞろぞろと庶民院議員が議場に集結。そして議長が姿を現し、議事が開かれた。
「プライマルよ、この議会に集う我らを導き、知恵と公正をお与えください。我らが私利私欲ではなく、国民の幸福と王国の繁栄のために務めを果たせますように。すべての審議と決定が真理と正義にかなうものとなりますように。我らの主、五つ子によってお願いいたします」
牧師が祈りを唱えている間、議員一同は椅子から立ち、目を瞑った。一部は頭を下げている。
祈祷が終わると、議長がこの場を取り仕切って質疑や法案審議が始まる。
「えー、まず質疑について。ミセスアスガくん」
エマは中央のマイクに近づき、口を開く。
「クラッサ派の議員に尋ねます。なぜ豊川琴音外交官三等書記の暗殺を企てるのですか?」
「いいのか……?」
「ストレートに聞いたな……」
エマの言葉に安城とベルーケは戸惑いの声を溢す。
「クレッカーくん」
エマが席に戻ると同時に、議長はクラッサ派閥の議員を指名。中央に立った。
「ミセスアスガはわざわざ言葉にしなければわからないのかい? 知ってるだろう。我らは婉曲が方便だと」
「……」
「豊川外交官は我らに都合が悪い。性質的に、ポリシー的に。躾のなってない奴がコントーレの会合を取り仕切るには、ちと早かった」
次にエマがマイクに立つ。マイクに立つ人間しか、この場では発言を許されない。
議長の指名の下、互いにマイクに立つ。
「『都合が悪い』で一蹴しないでください。彼女の能力は制御できれば、朽ちた矛も新品となります」
「とても勇敢な決断だミセスアスガ。総統にも殴りかかる猛獣を躾けるとは少しがっかりした」
議場から笑いの声が響く。痛恨の皮肉がエマを直撃。
「躾けられない獣はいないと思います。話は聞いています。頭は冴える獣だって」
「猛獣の爪はお前に斬りかかるだけじゃない。俺にも、議長にも、大法官にも、総統にも飛び火がかかるんだ。目を離してみろ、自前の頭で噛み殺しに来るぞ」
クレッカーは嘲笑するようにエマを指差す。
「ハッハッハ! 実にファンタスティックだ!」
「本当にインタレスティング」
「『ガォー!!』」
一人の議員はそう言って横の議員の首に獣の牙を模した手で噛みついた。
議員は戯れてきた手を笑って払う。
クレッカーの言葉に大半の議員は高らかに笑い、やじを飛ばす。
「オーダー! オーダー!」
議長は鎮まるよう身ぶり手ぶり伝えた。
議員は議長の言葉にゆっくりと静まった。
「プライマルエンジン凍結の克服は急務です。その鍵は彼女に他ならない。でなければ、二の足を踏むことになります」
「……」
クレッカーはエマを舐め回すように一瞥。
「なら本人に聞こうじゃないか。大法官の意向は総統の保護だ。件を忘れたとは言わせんぞ、『ママ』」
どっと議会は沸いた。
「オーダー! オーダー! コホン、ヒンベルくん」
ヒンベルは腹を押さえながら中央のマイクに立つ。
「……知ってるよ。どうせ私がどんなこと言ったって状況は変わらないってこと。なあ? クレッカーさん」
「よくわかってるじゃないか。伊達に三千年いることだけはある。その通りだ、お前が死ねば我らの悲願は叶わなくなる。それは大法官も拒む。二度とない千載一遇のチャンスを、どこの馬の骨かもわからんやつに壊されたくない」
クレッカーは断固とした態度で牽制。その姿勢は他の議員にも通ずるものがあった。
誰一人として自身の悲願を揺るがす輩を見過ごすわけにはいかない。
「ヒンベルくん、他にないのかね?」
「まあ、当方に任せるとしか言いようがない。自ら介入したって飛んで火に入る夏の虫」
「おい、いいのか総統!」
「やめろ安城元帥」
安城のやじをベルーケは諌める。
「私はあくまで、『依頼』や『仕事』はやる。アリス――じゃないアリストテレスたちの要望があったら動くよ。私からは以上です」
ヒンベルはエマや安城たちの方を見て答えた。




