80話 狸耳の盾持ち
七時間強かけてマドレーヌ領に入った。途中休憩がてらに宿場町に寄ったが、襲撃は受けなかった。
残り三時間でフィゼナに着く。到着は七時辺りだろうか。そして安城の屋敷で匿って体勢を整える。何事にも人手は大事。
「すぐ先の街で休憩しよ」
「わかりました」
長時間の運転が祟ったか少し疲れを見せている。
エマさんは伸びをしてから街の外れに車を駐車。
ここの街は比較的大きい。マドレーヌ領随一だろうか。
近くの店でアイスクリームを買った。お言葉に甘えてエマさんの奢り。かなり高かったが。
ここのアイスクリームはかなりドロっとしている。日本の市販のアイスクリームみたいにキンキンに冷えて固形を維持していない。
なんでも中世のアイスクリームって言ったらこんな感じらしい。
私のはいちごが入ったので、エマさんはオレンジ。
「ちょっとぬるいけど美味しいですね」
「たしかに。これも一つの味」
まあ、現代人の私たちにとっては決して満足できるものではなかったがこれも味である。
アイスを頬張った後、車に戻る。エマさんがドアノブを開けようとしたが、
「――!」
引く寸前で手を止めた。
「どうかしたんですか?」
「来て、乗り捨てるよ」
エマさんは私の手を掴んでズカズカと車から距離を取った。
「えっ!? どうして?」
「……『細工』されてる」
一瞬でよくわかったものだ。何より驚きなのはあの短時間で細工を仕込んだ近衛兵。
「気をつけて、彼らは用意周到。すぐに二の矢三の矢が――」
――ドォォン……
「――!?」
遠くから爆発音が聞こえた。進行方向の方から。
「なんだ?」
「見に行ってみよう」
「鍛冶屋の方だ」
ここの住人は爆発音に釣られて引き寄せられる。
「こっち、馬車でも捕まえる」
急遽進路を変更させて目の前の大通りを曲がる。聞き慣れない騒音で周囲にいる人は誰一人いない。
私の腕を掴む力が次第に強くなってゆく。
「いい? ベセトアの近衛兵は『ロイヤルガード』って意味じゃない。ベセトアのは――」
木箱が積まれた場所を通りかかった。
――バァァァンン!!
木箱から火球が膨らみ、銀色に輝く破片が見えた。
過去の経験からわかる。シャンデリアと同じ絶原性金属のやつ。
たまらず目を瞑りしゃがむ。が、目の前で金属が跳ね返るような音が響いた。
「……?」
「大丈夫?」
「一応……?」
私の目の前にいたのは、巨大な盾を持った屈強な肉体を有する女性。狸のような耳を持っている。
「エーヴ! そっちも大丈夫?」
「なんとかー!」
女性の獣人が目線を送った先には、エーヴと呼ばれるエルフ耳の女性が、エマさんを抱えていた。前に会ったアリスよりは布面積の多い服を着ている。
木箱が積まれた場所は燃え盛り、黒煙を上げていた。
「あなたたちは――」
「悪いけど、構ってる暇ない」
私が彼女らを尋ねようとした瞬間、エマさんは腕を掴んでそそくさと逃げる。
「ちょっと! 酷いなぁ……」
エーヴは一瞬で停止するようエマさんの目の前に現れた。目で追えなかった。
「どいて、早く逃げなきゃなんないの」
エマさんは断固たる姿勢でエーヴを牽制した。
「どこまで行くの?」
「フィゼナ」
「なら一緒だ、ポーリーヌ! この人たちと行こ!」
「わかった」
彼女らは有無も言わさず同伴することになった。
「いいんですか、エマさん?」
「……旅は道連れ。守ってくれるなら願ったり叶ったり」
自分に言い聞かせるように仕方なく了承した様子。
「追われてんでしょ? だったら、すぐ側に停留所が」
ポーリーヌはすぐに状況を飲み込んで馬車がある方を指差した。
ポーリーヌの言った通り、目の前に馬車の停留所があった。一両だけ人が乗った馬車がある。
「おじさん! フィゼナまで乗せて! お礼はする」
エーヴの言葉を二つ返事で馬車のおじさんは了承した。
「……ねぇエーヴ、この停留所血生臭いんだけど……」
「構ってる場合じゃない! 早く切り抜けよ」
獣の嗅覚と言うやつか、ポーリーヌは鼻が冴えるらしい。人間やエルフである私たちはわからない。
馬車は走りだし、この街を去った。草が生えていない土の街道を常歩で駆ける。
「気を付けて、またやってくるかもしれない」
エマさんはみんなに警告。
「エマさん、ベセトアの近衛兵ってなんなんですか?」
近衛兵は英名でロイヤルガード。文字通り王家の守る兵だ。だが、ベセトアの近衛兵はどうも変だ。彼らの行為は由緒正しき近衛兵とはかけ離れている気がする。
「……、ベセトアの近衛兵は『諜報員兼暗殺者』。ファータロス時代、新天地で貴族議員の指揮のもと対暴徒用に再編成された。でも、過激性が増して今じゃ血の通わない殺戮犬よ」
「暗殺……」
通りで私の命を狙っているわけだ。
「彼らは貴族議員、もといクラッサ大法官の命で動く。他にも依頼があればこなす」
「大法官が元締ってこと?」
「多分。総統はあまりこういうことはしない」
「その……何? 暗殺者からこの子を守ればいいってこと?」
「なら、この盾を通すものはない」
エーヴの言葉にポーリーヌは自信満々に私たちを鼓舞した。
「ここからフィゼナまでは三日の道のりだよ。もう休んだ方がいい」
エーヴの進言を聞き入れて日が暮れたら野営した。




