8話 チュートリアルロード
私はヒンベルについていくまま森の中を進む。
ここはそんなに深くないところで、木々の隙間から平原のようなところが見える。
風はわからん、無風。というのもシールドがあるせいで完全にリバタールの自然を堪能できない。他にもノイキャンで微かな音が消えてる。これはシールドの弊害。一応匂いはする、青々とした匂い。
今まであまり経験したことのなかった自然に触れ合えると思った矢先これだ。まあ今から働きに行くんだし、こだわってられないか。
「そういえば、私のこと呼び捨てとかタメ口言ってるけど、他の人にはしないでね」
ヒンベルは流れるように私を注意した。
「……あんたはいいの?」
言われてみれば、最初の出会いから私は自然とタメ口だった。敬語とか悠長なことは言ってられなかった。
「私は特に気にしてない」
「……」
しばらく進むと開けたところに出た。そこから目に映った景色は、右手から山脈、森林、平原がなだらかな斜面に広がっている。
その森林と平原の間に一棟、人工物がある。グレー寄りの黒い石材が使われた明治時代日本のような建造物。遠目からでも質素ながら高貴さを感じる異国情緒ある建物だ。
「あれが大使館?」
「その通り、リバタール大使館。大使館は、一つの現実にプライマルが存在する惑星のその国に置くことになってる」
「プライマルってなに?」
「ああ、言ってなかったか、いい機会だし、少しそのへん教えてあげるよ」
☆
はい、とんでもなく話が長かったからめっちゃ端折った。
「プライマル」、これはあらゆる現実の根源、言うなれば第一原因と言っていい。すべての現実の法則や物質、空間、時間などあらゆるものを作った。
それはほぼ無限のエネルギーを持ち、その寵愛は巨大国家に振り注いだ。
巨大国家こそ『ベレウゼ』。すべての現実において最古の文明にして最高到達点。星を飛び出し、あらゆる現実の銀河をも手を伸ばし、領土を広げた。
その安寧は実に二万年続いた。災厄が振りかかるまで。
災厄はベレウゼの根の先まで蝕み、銀河の端まで死に追いやった。
しかし、ベレウゼの燃えかすは微かに存在した。それがベセトアの前身、「ファータロス」。新天地を見つけ、再起を図ろうとした。
だが、ファータロスの腐敗により、大道は廃れた。そこで誕生したのが「ベセトア」。
そしてヒンベルは徒党を組み、ベレウゼを復活させるために地球にやってきた。
前者が新しく芽を植えるのに対し、後者は接ぎ木する認識。
ベセトアはプライマルの力を使ってシールドや宇宙戦艦を動かしている。
ちなみに、このリバタールに来る時に私たちは、プライマルに飛び込んだらしい。
あと、あのガラスの蝶について聞いたけど、『源光蝶』って呼ばれる日本で言うところの祖先の霊らしい。
何か言ってたけど、あの意味はわからない。
☆
歩くこと数分、ついにリバタール大使館に着いた。
大使館は巨大な塀で囲われ、黒い鉄格子の門が私たちの目の前にある。古い有名大学にありそうな門。多分十式戦車が余裕で入れるほどの大きさ。
私が門の大きさに見惚れていると、ヒンベルは門の隅から声をかけた。
「何しての?」
「この門開けるの? 大きすぎない?」
「そんなん開けないよ、こっち」
ヒンベルは門の隅を指差す。
向かって右の門の城壁に人間サイズの扉がある。ヒンベルがスマグロの認証を使って開けていた。
くぐり抜けると石造建築が視界を覆った。全体的にグレーで本館が四階建で別館二つが三階建。建築様式的に地球で言うところの本格的洋風建築、東京駅みたいな窓とか屋根が付いてる。
「……すご……」
それしか言葉はでなかった。それくらいあまり見慣れず、質素ながらに華麗な建造物だった。
「一応これっぽいのを地球にも作る予定」
地球はどうもベセトアの本拠地置くらしい。これより大きいのか、凝ったものが見られるのだろう。
ヒンベルが本館の入り口の木造のドアを開けて手招きした。
「……」
中のエントランスは吹き抜けで天井が高く、中央に二階や別館の通路へ通ずる階段がある。そして階段の前に黄金色の像が鎮座し、その前に受付がある。
ルネッサンス期のような豪華で荘厳な雰囲気と言うより、やはり一つ一つの壁紙やインテリアが出しゃばらず、この部屋の内装が一つの個として完成されている。そして外装とは裏腹に白を基調とした格式高い内装は、非常に落ち着いている。
優雅な金色のシャンデリアも吊るされてある。
「ここが君の勤務先、リバタール大使館。私はもう行くけど、代わりに紹介してくれる人、君の上司を紹介するよ」
「上司……」
上司か、昨今のネット上では上司ガチャなるものがある。
目に見えた根性論信者やパワハラ気質は論外で、親身でサポートが手厚い人が軒並み当たりとされている。より選り好みすれば、それよりも当たりの人はごまんといるが、贅沢は言わない。
まあ当たり障りのない人なら問題ない。
「お〜い、ラーゼ〜?」
ヒンベルは大使館全体に声が行き渡るよう声をかけた。
「は〜い!」
右側の別館から足音が聞こえる。革靴がタイルに打ちつける音。
二階の転落防止用の柵から身を乗り出す人が現れた。さっきの助走の勢いで、そのまま柵から飛び出す。
「おいバカ」
ヒンベルはその人に罵声を浴びせたが、時すでに遅し。二階から落下してくる。
そして足から着地。するとタイルが割れたのか砂ぼこりが舞った。当の本人は衝撃さえもなく、何事もなかったようにこちらへ向かってくる。
茶髪の女性で意外に若い。多分私と変わらないくらい。服装は私と変わらないが、黒のジャケットを脱いでいて白ワイシャツだ。
「この子が私の部下!? よろしく!」
有無を言わさず私の手を握った。
「おいラーゼ、タイル割っただろ! 新築なんだから勘弁してくれよ」
「別にいいでしょ、後で直すし、経費かからないし」
「あのねぇ……」
どうやら私の上司は大胆不敵な人のようだ。




