7話 現実:リバタールにスカイダイブ
仕切り直してちゃんと下着を着た。
「じゃあ今からリバタール行くよ。準備出来たら腕掴んで」
ヒンベルはそう言って私の前に左手を差し伸べた。
迷いはない。大丈夫。地球にはしばしの別れを心の中で告げた。
恐る恐るヒンベルの腕を右手で掴む。
私が掴むと、ヒンベルは互いに掴み合う感じで私の腕も握る。
でもふと思う。ワープで行くと思うけどこんな大がかりなことしなくてもいいのではと。右手からワープ装置起動してすぐに着くのではと率直に思う。
「しっかり掴んでね」
今一度しっかりヒンベルの腕を掴む。
するとヒンベルは大穴の方へ走り出し、私も道連れの形で連れてかれる。
「ちょちょちょ! そっち穴!」
止まる様子もなく大穴に飛び込んだ。
やばい。ジェットコースターみたいに重力を感じない、ふわふわとした感覚が身体全体にかかる。
私のボブヘアーの髪がなびいて何が起きてるかわからない。
わかるのはヒンベルがまだ私の腕を掴んでること、大穴の底に淡い青い光を放つ存在があること、それだけだった。
次の瞬間、水面に飛び込む衝撃音と泡が弾ける音が聞こえた。
視界がホワイトアウト。たまらず目を瞑る。
「――……――……琴音」
……? 目の前から私を呼ぶ声が聞こえる。でも、ヒンベルの声じゃない。女性の声。
ゆっくりと目を開けると、一面が白銀の光景が映った。これがリバタール?
この世界はひび割れたガラスのようなもので構成されている。
そして、目の前にいる蝶も。胴体はなく、割れた薄氷のような羽を持っている。ヒンベルはいない。というか、落ちている感覚が全くしない。
「アナタニ、『――』ノ宿縁ノ」
宿縁……?
「リミッターヲ外シマス」
「……」
「発現スルカハ、アナタ次第」
蝶は私の耳後ろまで羽ばたく。
「……首相を任せました」
蝶は耳打ちするように一言残す。その時だけ人のような気配を感じた。それはほんの一瞬の出来事だったようだ。
瞬きすると私たちは空の上だった。
「どこここ!? ここがリバタール!?」
青い上空、下には白い雲が地表の一部を隠しているのが見える。
私たちは今ものすごい速度で落下している。
でも、当の私はパニックだった。急すぎる。
「落ちる落ちる落ちる!!」
身体が風に煽られて姿勢が安定しない。それにどうすれば安定するかさえも知らない。
「おいこっちだって怖いんだから暴れないで!」
「じゃあこんなことするなよ!!」
ヒンベルは辛うじて私の腕を握ってる様子。私の手は既にヒンベルの腕を離した。
「両手を広げて大の字! 真下を向く!」
ヒンベルの方はどうも正しい姿勢らしい。
私にかかってる回転を弱めて姿勢を安定させる。
回転はなんとか止まり、正しい大の字になれた。
「前見て、いい景色でしょ」
「……」
真下に向いていた視点を徐々に前に向けると、広大な大地が下に広がっていた。
地平線の先まで草原が広がり、森は固まって濃い緑で地表を覆っている。所々に人工物のような小さな集落が点在し、それらは自然に支配されているような、窮屈な思いをしていた。
「これが異世界……現実リバタール……」
一見すると中世ヨーロッパ的な世界が私の目の前に広がっていた。
おそらく、もう私の地球にはこんな景色はどこへ行っても見られないだろう。
視点を下に戻すと私の足のある方向へ標高は高くなっており、後ろを向くと山脈も見える。
私たちの真下とかその奥は大森林が広がっていて入ったら一発で迷いそう。
「んで、パラシュートは?」
そろそろ雲のある高さに差し掛かり、パラシュートを展開してもいい頃合いだ。
「無いよ?」
「え?」
理解できない。普通スカイダイブするだったらパラシュートは必須。無ければ死。
「どうやって降りるの?」
「そのまま着地」
嘘だろ……。
「嘘おっしゃい! こんなに至れり尽くせりだったらパラシュートくらいあるだろ!?」
荷物しまえたり一瞬で着替えれたりできるだったらパラシュートくらい取り出せるはず。
「宇宙空間でパラシュート使う間抜けはいないよ?」
つまり標準的に搭載されてないと。
「ここ大気圏内!!」
もう駄目だ。すごい勢いで落下する。終端速度に達したまま地面にクレーターを作って落着した。
落着時、サウンドエフェクトのような青いダメージ表記が映る。シールドの耐久値が減った。
「……」
なんとか生きてるようだ。生きてはいる。生きてはいるのだ。でも、生きた心地はしない。多分さっきので寿命十年は縮んだ。
こう生きているのも多分シールドのおかげだ。でも、この衝撃をシールドが完全に吸収してるって考えると、底知れぬ力がシールドにはあると感じる。
身体が震えている。痙攣してるのか、あまりの恐怖に身体がすくんでいるのか。
「はぁ……怖かった」
そう言ってヒンベルはすぐに立ち上がった。
「これ毎年入社式の恒例行事にしようと思ってんだけどいいと思う?」
「絶対やめたほうがいい」
断言できる。これ来年もやったら絶対誰か失神か漏らす。
私は奇跡的に失神しなかったけど、漏らしたかどうかわからない。多分漏れてない。そう信じたい。
私は膝を震わせながら立ち上がる。
「まあ説明続けるね。次は翻訳機。この現実では日本語は通じないし、ベセトアって多国籍組織だから仲間の母語も違う。言語設定アプリを開いて、コントーレ語ってのを選択して」
コントーレ語、多分それがこの現実でオーソドックスな言語なのだろう。コントーレ語がリバタール語でないのは英語は地球語でないのと同じだ。
コントーレ語を選び、ボイス、サウンド自動翻訳をオンにする。
「まあ私じゃ実感できないだろうけど、大使館着いたらわかるよ」
まあなんかヒンベルは日本語を使って喋っている。それは翻訳機のおかげなのかは知らない。
「最後にポータブル次元ワープデバイス。登録したワープポータルならどこでもアクセスできる。基本は大使館とかにあるハブポータルから行って登録できるよ」
「じゃあ本当にスカイダイブする意味なかったじゃん」
「ちなみに高官職になるとポータルに限らず、どこでもワープできる。試してみるよ」
そう言ってヒンベルは辺りを見渡すと少し盛り上がった岡を指差す。
「あそこにワープするから見てて」
ヒンベルはいつも通りワープデバイスを起動し、青い球がヒンベルを飲み込むと収縮。ヒンベルは消えた。
何気にワープを傍から見るのは初めてだった。
あれ、でもヒンベルはあの岡に現れない。
すると上から風を切る音が聞こえる。
上を見ると大の字になった人間が落下した。
「ッ!?」
轟音と共に土煙を上げ、その人間は立ち上がった。
「はー怖かったー」
「なんでまたスカイダイブしたの?」
「……なんか座標設定がミスっててズレた場所にワープしたっぽい」
こっわ。そんなとこミスんないでくれ。
「あーなんか今リバタールの座標軸がズレてるから使用禁止だったわ。ローカルアナウンスにある」
私もローカルアナウンスというのを見ると、確かにリバタールでの指定座標ワープの使用禁止という要項がある。
「まあ一通り説明終わったから歩いて大使館に行こうか。ちなみに、指の形をあらかじめ設定しとくとショートカットしてアプリを開けるよ」
「ふーん」
まあショートカット設定は後日やろうと思う。覚えやすい形はよく使うやつにしとけばいいのかな。
中指だけ立てるのはワープアプリにしようと思う。すぐに逃げれるから。
「あ、中指立てちゃ駄目だからね?」
「なぜバレた」
「とにかく行くよ」
「ヒンベル、さっきからチュートリアルの操作方法を教えるキャラみたい」
本当にゲームのチュートリアルに出てくるスキルや設定を教えてくる人みたいに色々教えてくる。ゲームならヒンベルが、ラスボスだったらかなり手が込んでるタイプだ。
「あ? だったら歩き方から教えてやろうか? 初心者。まず右ステックで移動、押し込みで走る、左ステックで視点操作、Bでジャンプ、Yでインタラクトやリロード、Xで素手武器切り替え、ZLで照準、ZRで攻撃、R、Lでアイテム切り替え、Aで建築、十字上でインベントリ、十字左右でガジェット、十字下でエモート、プラスでマップ、マイナスで設定――」




