76話 憎悪の塊
一人の女性の声がこの焼け野原に響いた。
声がした方を向くと、デェシュメック軍指揮官の軍服を着た眼帯にサイドテールの女騎士。
「連れて来たぞ、ミラス旅団長」
安城はミラス旅団長をデェシュメック本国からワープで呼び寄せてもらった。
「"……!"」
「お労しや……アスラン様……」
ミラス旅団長は変わり果てた化け物の前に跪いて頭を下げる。目元が潤んでいる気がする。
アスラン メルスィン、それこそジュストン中佐の本名。人ならざるものの名。
「やっぱり、正体はデェシュメックの王様だったんだ」
メルスィン国王とジュストン中佐は思い返してみれば、若干似ていた。でも、全く違和感……というより既視感はなかった。
どちらもこの現実なら割と目にする肌に顔つき、髪の色だった。特別特徴があるわけではない。
でも、ヒンベルが彼の名を言ったことで点と点が線になった。
「貴方様が歩んだ道は想像しかねます。……しかし、苦痛に耐え難い道だったのは察せます。お帰りなさいませ……!」
あの勇ましいミラス旅団長から一雫が目から零れた。
デェシュメックの王は隣国にかなりの執念を持っていた。それが肥大化してこの軍事衝突に至った。
私念たっぷりの憎悪は、『ベセトアの雇用契約』で取り返しのつかないくらい膨らんだ。
おそらく、その『ベセトアの雇用契約』は私の雇用契約とは違う気がする。
「"ッ……! 知ッタ口ヲ……!"」
「あと、もう一人」
安城が指差した。民衆が地下都市から多くの顔を覗かせて彼の姿を見た。
一人の老人が焼け野原を目に焼け付けながらこの場に登場。
「デェシュメック国王……! 頼む、ワシと……やり直させてくれ……」
切実な願いだった。一国の主とあろうものが、物腰を低く小国の主に赦しを乞いた。
「ッ……、この通り……」
言うなれば、最大限の誠意であり、最大限の屈辱。ベンシルリッキの皇帝は手と頭を地につけて土下座。
「"ナニヲ……今サラ……!"」
怒りは更に煮えたぎった様子。
「"ドイツモコイツモ……死ニ晒セエェェェーー!!"」
ジュストン中佐は巨大レイピアで二人を切り裂こうとした。
「ッ! かかれ!!」
それ皮切りに周囲の軍人もジュストン中佐を狙う。
が、
「アン エクレール ドブ!!」
「"ガアァァ……!! ァァ……"」
安城の渾身の一撃が背中から化け物にヒット。
結晶体で覆われた巨体は、動きを鈍らせてレイピアを地につける。
すると、結晶体が淡く爆ぜた。
雪玉が破砕するような、神秘的で幻想的な爆発。
化け物から本来のジュストン中佐が姿を現した。だが、もはや助からないと言わざるおえない。
元通り左横腹は抉れ、そこから身体全体にひびが入っている。ペタンと崩れ落ち、背中もガラスが割れたように損傷。
ひび割れたところから青い光が漏れ出し、ジュストン中佐を蝕んでいた。
「……」
口を動かしているが、言葉も出ない様子。
「今度こそ、終わり」
「……『なぜ』人殺しを……認めない……?」
「それは――」
もう、私の中で答えは出てた。
「帰りを待つ人がいるから」
この一連の出来事を見て、誰もがそうだった。加害者である人間、そうでない人間に当てはまる。
「……!」
ジュストン中佐はハッとした。そして、右手が痙攣したように動いている。人差し指がピクピクと……。
――!
――バンッ!!
――バンッ!!
ジュストン中佐は死に際に私に発砲した。
それを予知して対抗。
私の銃弾は腹部にヒット。
そして、そこからガラスが粉砕されるように身体が粉々に崩壊。
服や銃弾を残して。
一方、私は胸部に被弾――
「琴音……? 琴音……! 琴音! おい、琴音!!」
――バタッ
ああ……意識が……朦朧とする。安城……?の声が頭に反響する。
「すぐに――医――室に――」
ヒンベルが何か指示を出しているような……。声が出ない。
あぁ……まずい……。
☆
琴音はすぐに応急処置を施され、大使館の医務室へ運ばれた。
その一連の光景に涙するものや、勇ましく称える者もいた。
「やってくれたのか……? あの子……?」
「しかも、陛下までお救いしただと……!」
「……終わった……のか……?」
地下都市に逃げ込んだ民衆は歓喜に溢れた。互いに抱き合い、喜びを分かち合った。少しでも目の前の悲惨さを和らげ、次の活を入れるため。
そんな中、ヒンベルはジュストンの亡骸を物色していた。
粉々になった結晶体や服などの遺留品をかき分けながら何かを探す。
「お、あった」
何か淡い光を放つビー玉サイズの玉を砂の中から拾った。
「閣下、何してるんですか?」
「おや、ミラス旅団長に安城。ちょっと探し物だよ。君たちは?」
安城たちはヒンベルが物色しているのを不自然に捉えていた。
「琴音のことだ、まだ何か皇帝あたりに仕込んでんじゃないかって思って。何考えてるかわかんないけど……」
「女とは、元来そういうものだよ。サキュバスは嫌いだ」
「……」
「直々に当たってみるといい。ほら、失地王が練り歩いてる」
ヒンベルは皇帝を手のひらで差した。
「ミラス旅団長は?」
「……その遺灰を持ち帰ろうと」
ミラス旅団長はヒンベルが弄っていた遺灰を見つめた。
「好きにするといい」
「彼は、別世界の陛下なのでしょう? 別世界とはいえ不甲斐ない」
ミラス旅団長は視線を落とし、悔やんだ。
「可能性の現実を憂いたってどうにもならない。目の前の現実を見るといい」
「……わかりました」
「大体、予想はつくだろ?」
「……はい。だからこそ、私たちは手を取り合って行きたい」
ミラス旅団長にそう言い残すと、ヒンベルは群衆に近づく。彼らが近づくのを察知すると群衆は静まり返った。ヒンベルは大きく息を吸った。
「ベセトア総統としてベンシルリッキ国民に告ぐ。此度の一軍人が独断で起こした一連の武力衝突について謝罪する」
静まり返った群衆は、次第にひそひそと言葉を交わす。あることないことを噂。
「もちろん態度で見せる。当局はベンシルリッキ復興支援することを約束しよう。だが一つ、約束してくれ。デェシュメックや自治区と共に生を分かち合うと」
ヒンベルの演説にある人が声を上げた。
「あの女が化け物を倒したんだ、奴らを信じよう」
「……そうだな、そっちの方が合点が行く」
「デェシュメックとベセトアのやつらも悪いやつじゃないみたいだしな……」
「総統も撃たれた子側だったし……」
次第に好印象へと変わっていった。
「……いいのか、総統?」
安城はヒンベルに尋ねた。
「ああ、なんならこれは豊川と皇帝が結んだ交渉だ」
「そうだったのか」
「平が言うより、権力者が言った方が説得力がある」
「それも織り込み済みだったと……」
「まあ、あっちも一命を取り留めたらしいし、一件落着か」
ヒンベルは手を合わせる。
「待て」
「何?」
「元帥昇格の話何だが、ジュストンの野郎死んだけどどうすんだ?」
「あー、陸軍の最高権限は多分私に返ってきたんか……だったら私の裁量か」
「……」
「まあ、後でレポート送って」
「……琴音の作戦が大半でも……?」
安城は恐る恐る尋ねた。
「それでもいいけど、それでなったら傀儡元帥ってことだから覚悟してね」
「……」
「神輿は軽いほどいいんだよ。もう少しはジョークを言えるようになったら?」
「嫌味を……。あと一つ」
「……?」
「お前たちは何が目的だ? 計画に一貫性が見られない」
安城は鋭い目でヒンベルを見つめた。それを笑うようにヒンベルは目を細め、口を開く。
「人を生き返らせれると言ったら、どうする?」




