67話 トロスト区で見たことあるやつ
すぐに帝都にワープした。夜だと言うのに、多くの建物に明かりが付いている。そろそろ寝てもいい頃。
路地裏から顔を覗かせ、民衆の動向を見る。
「慌ただしいな……」
「チフテレル本隊の襲撃が伝わったんだと思う」
一国の大軍隊がたった一人で半壊に追いやられた。一人は誰一人として相手にならず、打点がなかった。
荷物を纏めて家から飛び出す人達が多数。松明片手に持てるだけ持って家族と帝都を逃げ出している。
「西のゼヴェリアに退避!! ゼヴェリアに退避!!」
馬に乗った帝国兵が大声で民衆に退避勧告。
ゼヴェリアとは帝国の西の主要都市。ここから人の足で三日あれば行けるらしい。
だが、西に向かう人間が大半の中、一部は東へと向かっている。
「あのチフテレル将軍がやられるなんて……」
「ひいじいさんの代から家に住んでるってのに……」
「やっと家買えたのに……こんなのアリかよ……」
民衆は嘆きながら西へ西へ足を進める。
「多分、ゼヴェリアなら大丈夫だ。あそこを襲おうとしたベセトア軍は制止させた」
「だといいけど」
「?」
「こんな大所帯が大移動するってのに、手を打たないはずがない」
「琴音、ジュストン中佐はどう出ると思う?」
そんなこと言われても。
「わからない。でも、十五個の分隊で民衆を襲わないと思う」
「時間がかかるもんな」
出るとするなら、その分隊だけで王侯貴族を襲撃。だが、将軍だろうが、雑兵だろうが見境ないジュストン中佐がそこだけ襲うとは考えにくい。
「おい! 前は何やってんだ!」
「さっきからずっとつっかえてんぞ!」
大通りを通る民衆の流れが止まっている。
「前に行ってみるか」
「うん」
手ごろな高台から建物の屋根に乗り移った。屋根伝いで前に行く。
民衆の流動を止めているのは、大きな馬車と多数の荷車。大通りにある門を塞いでいる。馬車と荷車が衝突し、硬直状態。
そして馬車の中から顔を出し、馬車を押している人に暴言を吐く。
「何をしている! 荷車をすぐに退かせばいいだろ!」
「馬車と荷台が接触して動かないんです! 閣下、荷車を壊すしかありません!」
閣下と呼ばれる人物は、私の見知った顔だった。ハルム宰相。
「バカを言うな! 皇帝から賜ったものだぞ、何一つ捨てるな!」
馬車と荷車が同時に通ろうとして、結果として詰まったらしい。
デェシュメックの官僚はせっせと荷車を引く。
「くっそ……! 馬もこちら側に回せんか……」
帝都内にある門と城壁は南北に約百m連なっている。
「なんであいつがいるんだ?」
「確かに、よりによってこんな時に……」
門の目前にいる民衆は、衝突事故の処理を距離を取って見ていた。だが、後ろから押されるのには不可抗力だった。
「押すな! 押すな!」
「早く行けって!」
最前線の民衆は荷車に接触。これではどう足掻いても荷車は動かない。
「っ……! じれったい! 助けに行く」
「待って!」
私は安城の腕を掴む。
「何か聞こえる……上……!」
私たちは真っ暗闇の夜空を見上げた。サウンドエフェクトも何かを検知。
南東から近づいてくる。
「……!! 伏せて! 飛行機!!」
「爆撃機か!? まさか、空軍まで……!!」
暗視で飛行物体を捉える。胴が細く、コックピットがへの字に折れ曲がっている。翼も異様に細く四枚、風雷だ。
翼に針地獄のような爆弾が搭載されている。もはや翼のシルエットはない。
十何機もの風雷が夜空に潜伏している。
「伏せろーー!!」
安城は民衆に叫ぶ。
民衆は言われるがまま、動揺しながら伏せる。
空襲が始まった。自由落下で爆弾が投下される。奇っ怪な風切り音が帝都に響く。
これじゃ、民衆が……。防ぐ手は何もない。ただ、突っ立ってることしか……。
ふと思ったあの時と同じだ。無事であることを祈ることしか……。
篝火でほのかに照らされた視界は、一瞬で光に包まれた。
眩しさのあまり目を瞑った瞬間、青い蝶の残像が網膜に焼き付いた。
爆弾は空中で爆発。強大な風圧が私たちを襲った。
安城は私に覆いかぶさる。シールドあるのに。
屋根が崩壊。一階に叩きつけられる。瓦礫が私たちを追撃。
柱が倒壊して下敷きに。シールドが無きゃ死んでた。
光が収まり、這って柱から脱出。でも、周囲の火炎が辺りを照らす。
「嘘……もう……」
「くっそ……ジュストンのやつ!」
一帯が空爆を受けた市街地。白壁に赤屋根の住宅街や盛り上がった丘にある砦は、崩れ落ちていた。
そこら中から火の手が上がり、木材という木材を焼き尽くしている。窓縁やフローリング、骨組み、街路樹が燃え盛っている。
そして、目の前の門も。ハルム宰相一行は崩壊した門の下敷きに。
一応、さっきの爆弾には核兵器の類ではなかった。スマレンに表示される大気中の放射線量は適正範囲。
だが、無事なものもあった。




