57話 火のついた火薬
すぐに卯月艦橋に戻った。
「何が起きてるんだ?」
安城はオルガ大佐を問い詰める。
「何してたんだこんな時に、二人とも! 早く指揮を執ってくれ!」
オルガ大佐は「そっちこそ何言ってんだ」と言うような口調で責め立てる。
「既にベンシルリッキとの開戦の火ぶたが切ったんだろ?」
「なっ……!?」
「何が……」
すぐに艦橋のフロントガラスを覗き込む。
地上を見ると、ベセトア軍人のネームタグが重なり合い、もみくちゃになっている。そして、指揮もなく隊列を組んでいる。
だが、フロントガラスは格子状。艦橋は五枚のフロントガラスで成り立っている。見えない部分がある。しかも、船体が邪魔で、下が思うように見えない。
すぐに艦橋後ろにある緊急脱出用ハッチを開け、上空の風に煽られながら、はしごを下って甲板にたどり着く。
艦首から顔を乗り出し、ようやく地上が自分の目で見える。
「……嘘だろ?」
「これは……まずい……」
ベセトア軍、デェシュメック軍が演習通り、隊列を組んでベンシルリッキ方面に銃撃戦を展開している。
「どういうことだ! オルガ大佐!」
安城はグループチャットでオルガ大佐と通信。
「"ベンシルリッキ側から二度の発砲を受け、デェシュメックが触発された"」
「なんで結局こうなるんだよ……!」
一度目はわからないが、二度目はあのデェシュメックの失踪者。つまり、私たちのせいで戦争の火ぶたが切られた。
「総員、直ちに戦闘止め! 武器を下ろせ!」
なんでも、各部隊が各々進軍している。デェシュメック軍も同じ。
「"今さら無理です、安城殿! 奴らが戦闘体制に入った! 押し負ければ進軍される!"」
ミラス旅団長は異議を唱えた。同様に他の士官も同じ回答。
「そんな……」
もう元には戻せない。火薬は一度点火されたら、消すことはできない。
「俺は戦場に出る。琴音はここにいてくれ」
安城は覚悟を決めたような表情。
インベントリから剣を一峰取り出し、腰に携える。
☆
戦場はまさに火に包まれた。野原が焼け野原となる真っ最中。
ベセトア軍の火炎グレネードが炸裂し、ベセトア、デェシュメック連合軍とベンシルリッキ軍を分ける。
銃弾が飛び交う。が、圧倒的に連合軍側の弾幕の方が多い。
ベンシルリッキ軍はマスケット銃に一発弾を込めては発砲。リロードには二分。
一方、連合軍は一マガジンにつき、三十発をベンシルリッキに食らわせる。加えて、リロードも十秒あれば終わる。
ベンシルリッキの銃弾を受け、デェシュメック軍人は地に倒れてゆく。
四肢、胴体から流血し、痛みに悶えながら手で止血しようとする。
これはベンシルリッキ軍人も同じ。
両軍は早急に塹壕を掘り始め、負傷者は浅い土塁の裏に隠れる。
しかし、この銃撃戦の定石を破る化け物が数多存在。
ベセトア軍、彼らは炎をもろともせずに前進。殲滅するようにグレネードを土塁裏に投げた。
飛び出たベンシルリッキ兵を単発で撃ち抜く。転がっている負傷者は、そのまま身体を爆散。血しぶきの肉塊が四方に散らばる。
「ああぁ……!! デニスーー!!」
生き残った仲間は同士が爆散し、人間の形を留めていない光景に戦慄。尻もちをつき、そのまま後ろへ下がる。
「怯むなー!! 殺すぞ〜〜!!」
上官の命で歩兵は下がることは許されない。
「クソ……! 食らえ!!」
最前線に佇む一人のベセトア軍人にベンシルリッキ軍は一斉射。
だが、虚しく甲高い銃弾が跳ね返る音しか響かなかった。全くの無傷。
一人の勇ましいベンシルリッキ兵は炎をもろともせず、腰に携えた剣を振り上げ、駆け抜ける。
炎の海を抜けようとした途端、脳天を撃ち抜かれ、脱力するように後ろへ倒れた。
「上官! 無理です! こんな化け物ども……!」
「撤退が許されると思っているのか!? されば将軍はお前の首を家族に渡すことになるだろう!」
半ば脅しの上官の命は、兵士の絶望を増幅。
ベセトア軍はゆっくり行進するようにベンシルリッキ領土を踏み鳴らし始める。
ベンシルリッキ軍が目にするは、全身が漆黒に包まれ、辛うじて胸当てや肩パッドが見慣れた金属で覆われた化け物。
関節は柔軟かつ、堅牢な素材の布で覆われ、素肌を全くと言っていいほど見せない。四肢はもはや外骨格で覆われていると言っていい。
シールドと物理アーマーの中に生身がある。
その冷酷さを惹き立たせるは、鼻の先まであるバイザー。誰一人として感情が見えない。
口元のみ素肌を現す兵もいれば、マスクで完全に覆う兵もいる。
「"やれ、我が下僕よ。ベンシルリッキを滅ぼせ……!"」
一つの士官の命が一つの国を滅ぼし始める。
「に、逃げろ! 命が惜しくば逃げるんだ!!」
恐怖のあまり涙目で鼻垂れたベンシルリッキ兵は仲間に伝え、我先にと山に向かって逃げ出す。
味方に刺されるとも知らず。
――バンッ!
上官の銃により胴を撃たれ、血しぶきが舞う。動くことは叶わなかった。
ベンシルリッキ軍の前線崩壊は、今に始まったことではない。上官が撃つ銃弾よりも逃げ出す兵士が多い。
遅かれ早かれ壊滅。これがベンシルリッキ軍に定められた運命。




