55話 牽制っ……! 圧倒的牽制っ……!
夕焼けは過ぎ去り、闇が平野や山々を飲み込む。郡星が瞬き始め、夜の始まりを告げた。
この夜こそ、軍事演習開始の合図だった。
事前に研修を済ませたデェシュメック軍の歩兵部隊が隊列を成す。五十m、百m、二百m先にある的の軍勢と平行に展開。
必ず同士討ちが起こらないよう配置されている。
ミラス旅団長が指揮台に登壇。
「各個、弾倉装填」
歩兵部隊は慣れない手付きで装填を開始。最もオーソドックスかつ、扱いやすいAK-47に弾倉をはめ込む。
その間、一分弱のことだった。不慣れで装填できない兵が多数。
ようやく、全員の装填が完了。それを期にミラス旅団長は気を引き締め、右手を挙げる。
一面が静寂に包まれた。平野も一面が紺青に変わり、草原が揺らめく。
「てぇぇー!!」
静寂を壊した一人の女性の声により、一斉に射撃開始。
マズルフラッシュによる光が一直線に連なる。
絶え間なく破裂音が続けて静寂を破り、それ以外の音をかき消す。
曳光弾が標的に飛来。各個、適宜軌道修整を行う。
曳光弾の流星は休む暇なく発射。
銃弾が標的に当たった時、カンッと甲高い金属音が発砲音の中から飛び出る。
―曳光弾なら高く付くが、その分遠目の奴らにも弾幕が見えるはずだ。
ミラス旅団長は安城の進言を想起した。
今一面に広がる光景は、まさに流星群を彷彿とさせる景色。従来のマスケット銃でさえ、一度限りの一斉射ができるかどうか。
ミラス旅団長はこの景色を目に焼き付けた。壮観だなと。まさに星空を見ているようだった。
「これで奴らの牽制になるのだろう」
ミラス旅団長はベンシルリッキ方面の山を睨んだ。
デェシュメックとの国境付近にあるベンシルリッキ駐屯地。広大な山地や平野が演習場となり、山を登れば、デェシュメック領土を見下ろせる。
その山からデェシュメック軍を観覧している一派がいた。望遠鏡片手に破裂音の方を見定める。
「奴ら、天外の銃を賜ったらしいな」
ブルサ将軍はこの光景に不満を漏らす。
「虎の威を借る狐……ですか」
「俺は地上で流星群を見に来たんじゃないんだぞ」
「どうしますか……?」
狼狽える士官を横目にこの郡星を見据える。士官たちはこの光景に戦慄した。
このベンシルリッキには連射銃火器はない。あってもあらかじめ銃身に弾を詰めたガトリングガン。
「駐屯地から全兵を整列させろ」
ブルサ将軍は決心した。
「はっ!」
一人の士官は直ぐ側の一兵卒に狼煙を上げるよう指図。
パチパチと爆ぜる篝火を使い、薪をくべて狼煙を上げ始めた。
「……しかしなんだ、あのバカでかい船は」
「ベセトアの方舟と見られます。奴らはあれでデェシュメックに舞い降りたとか」
山頂からは日が沈むゆく群青の空が見える。郡星の中に浮く漆黒の物体があった。未だ周りの色が明るいため、悪目立ちしている。
「煙突のような四本はなんなんだ?」
「……わかりませぬ」
卯月に気を取られている内に、デェシュメック軍の演習が終わった。
「……? 奴ら、終わったのか?」
「そのようですが……」
デェシュメックの歩兵部隊が隊列を組んで撤収し始めた。そして、後方から砲兵と砲台が前進。
地球製の重厚な無反動砲に迫撃砲の設置が始まる。
「あいつらいいのか? あっちは廃村だぞ? まだ使えるものを」
「威力検証ということでしょうか」
ブルサ将軍たちが彼らの奇っ怪な行動に疑問が出るのも無理はなかった。
その実、デェシュメックにはそこに住まわすほどの人口はいなかった。本来住んでいた住民は疫病や飢饉でとっくに死に絶えていた。
そんなこととはつゆ知らず、見物を続ける。
すると、突如廃村からまばゆい青い光が放たれた。これには山頂にいる一同は目を瞑れざるおえなかった。
「な、なんだ今の……?」
「見てください……! 廃村に……基地が……!」
ブルサ将軍は目を疑った。
山の麓にあったなだらかな傾斜のある廃村は、先ほどまであった廃墟を押しつぶし、地球の現代風野営地が完成していた。おまけ程度に照明が点いている。
「あいつら、一瞬でものを立てる術があるとでも……!?」
「それを壊すとは何をする気か……!?」
士官の予感は的中した。
再び静寂へと戻った平野に、耳をつんざく爆破音が轟いた。
砲兵が砲弾を入れる度、耳を塞ぎ、白煙と土煙が立ち登る。
そして、その砲弾は基地に落着。天井から粉砕するように建物を破壊。
無反動砲は水平線から基地をぶち抜く。瓦礫と共に建物は崩壊を始める。
「奴らが攻めて来ようものなら、一瞬でやられますぞ、将軍様……!」
「っ……! 焦るな! 誇り高きベンシルリッキ軍人として恥ずかしくないのかっ!」
ブルサ将軍は士官を戒め、同時に自身も奮い立たせる。
「お前は負けをわかって尻尾を巻くのか? 否! 武人たるもの戦場で散るのが誉れぞ!」
ブルサ将軍の言葉に誰一人として異議を唱える者はいない。それは伝統、傲り、楽観が絡み合った結果。
恐怖を抱こうが、それを進言することは許されない。
しばらくして、大砲の演習は終わった。即席仮設野営地は満身創痍。至る所にクレーターが禍根を遺し、二階以上の階は崩落により崩れ去った。
デェシュメック軍は支給された訓練弾を撃ち尽くし、弾は持ち合わせていない。
「短期間にしてはいい出来だったな、あいつら」
「新米のお前よりできたんじゃないか?」
「うっせぇ黙っとけ」
ベセトア軍は近くで演習を見物していた。全身黒一色で重武装。胸や肩、膝などに金属製の鎧が、軍服に埋め込まれている。顔もバイザーのようなもので鼻から上は分からず、人によっては口にマスクをしている。
「ブラザー、上出来じゃないか」
「お前らがうらやましいよ、いつもこんなん使ってんだろ?」
「はっ! 海軍はもっとすげぇぞ」
ベセトア軍の軍人の一部は、デェシュメック軍に近寄り称賛。
「次はお前らの活躍を見せてもらうぞ」
「腰抜かすなよ? 撃ちすぎて肩抜けるけどな!」
ベセトア軍人のジョークが場を和ませる。
デェシュメック軍、ベセトア軍問わず、銃の反動はバカにはならない。
だが、そんな時間は突如阻害された。
――パン
突如、一発の銃声が乾いた空気に響いた。




