46話 国の象徴は仁徳を持つべき
ミラス旅団長のお咎めが終わった後、駐屯地を好きに歩いていいと許可が出た。この駐屯地は首都のお膝下で、最も多くの兵士が駐屯している。
団長室がある棟は、兵士が寝泊まりする場所と言うより、事務所や医務室、食堂、風呂場、と言うよりサウナなどの施設が揃っている。
一応、視察として各個駐屯地を歩き回っている。今は安城とは距離を取った方がいい。私もこの棟をほっつき歩いている。
二階建てでレンガ張りの建物。等間隔に窓が配置されており、長い廊下が続いている。
壁越しになにやら聞こえる。
「ええ……、この調子では食糧は三ヶ月分しか……」
隣は調理場。多分、兵士を食わす料理人の悲痛な声。
「配給する量を減らすしか選択肢は……どうか提供量を維持したく……!」
誰かと話しているのだろう。
「残念だが、できない。こんな兵を食わすより、ベンシルリッキの民を食わした方がよほどいい」
響いてきたのは非常な男の声。
廊下から窓を眺めると、地上で兵士が健気に訓練していた。槍を藁でできたダミー人形に突いては抜き出すを繰り返している。
実に勤勉だ。やる気も士気もある。無いのは上層部の誠実さだ。
この何千人もの努力をたった数百人が踏みにじっている。
ため息が出る。日本や地球だって裏ではそうなのだろう。どれだけ末端のエッセンシャルワーカーやブラック企業の社員が頑張ろうと、政府はこの誠意を目に留めることはない。そればかりか、自己利益の増幅に繋げる。搾取される側なんて知ったこっちゃない。
私が非情な現実を五感で感じていると、奥の扉から少年が出てきた。ようやく小学生になったような少年が、この駐屯地にいるのは違和感がある。
ここらへんの人たちと同じく褐色系の肌。服装は色彩豊か。
「君、なんでここにいるの?」
不思議さのあまり声をかけた。他意はない。
「お前こそなんでここにいるんだ。僕はアスラン メルスィン。この国の王として国民の兵役を視察している」
おお、この国の王様だったか。これは驚き。こんなところで会えるとは。
「私はベセトアの外交官として来ました。私も視察と言ったところです」
言葉使いは正す。
「ベセトア……、お前もあのハルムに良いようにされてんのか?」
「いや……違いますけど?」
「言っとくが、あいつは信用なんねえ。あいつの周りも。国力だってどんどん弱くなってる。僕でもわかる」
こんな少年でさえ、この国が衰弱しているのが見に染みてわかるらしい。立派だ。拍手したくなる。国の長たるものとして、それ相応の仁徳と観察力を持っているのだろう。
「わかりました、総統に言っときます」
私は圧のないよう、無理やり作り笑いをして答えた。あんま作り笑いをしたことがないから、少し歪んでしまっている。
「……」
国王はあまり信用してない様子。私の表情が小馬鹿にしたように捉えられてしまったからだろうか。
未来ある国王と入れ替わる形でミラス旅団長が上から降りてきた。
国王を見るなり少し心配そうな顔をした。
「豊川殿、ここにいたのか」
すぐに表情を切り替え、引き締まった仕事モードになった。
「陛下は何か仰られたか?」
「ハルムは信用なんないとか……」
「そうか、私も同意見だ」
すると、ミラス旅団長は窓の景色を眺める。
「少し聞いてくれ」
「……?」
「あの子は小さい時から大役を担わされているんだ。本当は年相応のことをやらせてやりたいのに。それができないのは私のせいだ。ろくに汚職野郎を裁けないから……」
と、物想いにふけるように語った。
☆
私たちは一旦大使館に戻ってきた。昼食を食べるために。現地で食べても良かったけど、大抵は期待しない方がいい。ベセトアが提供するローカル料理の方が格段にいい。
とりあえず食べ終わり、エントランスで談話。
「どうだった?」
「……俺はこの国を、国民を救いたい」
ヒンベルの問いに答える安城は、どこか決心するような口ぶりだった。
「ベンシルリッキを退ければ、救われるのか?」
「それを判断するのは君だよ」
「……」
「そういえば、ベンシルリッキに行って見ないの? そうじゃなきゃ吟味できなくない?」
現在、デェシュメックの現状を見て、救うか否かを決めている。しかし、救うとなると、ベンシルリッキを捨てることになる。そのベンシルリッキを無造作に捨てていいのかって話。
「まあ、それを含めてもね。これからベンシルリッキに行くけど、どうする?」
「もちろん、行くに決まってる」
「仕事ないんだったら暇だし、私も行く」
やる事がないっても苦痛だから行ってみる。
「あ、そうだ。私はもう定時だから帰る」
「案内してくれないのか?」
「もうあっち七時だし、帰りたい」
あっちというのは日本のこと。定時に厳密なヒンベル。仕事が終わったのならすぐに帰りたいのはわかる。
「まあ……デート楽しんで」
「は?」
☆
昼下がりにベンシルリッキの帝都アンバートンに放り出された。ワープを見られぬよう、路地裏でワープアウトし、広場まで出る。
広場中央には多分ここの皇帝と推測される人の巨大な像がある。
第一印象としては、デェシュメックのゼリザードより繁栄している様子。より人で溢れているというか、華やかさが違う。
皆が笑い悦楽の中にいる。猫も。心なしかデリザードの猫よりふくよか。
「まるで侵略国家とは思えない華やかさ」
「……でも、併合した国のお陰なんだろ……? 許せんだろ、何十万人もの幸福を踏み躙ってこんなことしてるなんて」
安城はこの華やかさを斜に構えて見ている。無理はない。この光景に腹立たしく思っている様子。
「まあ、とりあえず聞き込みしよ」
私たちは街をウロウロ闊歩している男性に話しかけた。身なりが非常にいい、と言うより服の材質がいい。化学繊維のように長持ちするような感じ……、いや、化学繊維そのものだ。




