39話 夢は夢見るに書き込め
大使館の敷地内に一人、たどたどしい足取りで門に向う人がいた。
フードにくたびれた皮鎧、ボコボコになった金属の肩パッドやすね当てを装備している。
玄関前の階段をやっとの思いで登る。
登り切るやいなや、扉を前にして倒れた。
私は二階からその光景を見ていた。急ぎ足で一階に降りて玄関に行く。
フードの下をよく見ると、安城だった。
「生きてたんだね。死んだと思ってたよ」
「……おかしいだろ……」
「てか、寝不足? クマすごいよ」
「一日一時間も寝てねえ……」
まあずっと連戦だったんだろう。それを一週間も相手していたのだから当然のことだろう。
「ヒンベルも『今日なんかあった気がする』ってちゃんと来てるよ」
「……内容覚えとけよ……」
それに関しては同意。
とりあえず、ヒンベルは応接室にいるから連れて行く。
安城は私に寄りかかる感じで、肩を貸しながら一緒に向かった。
エントランスを通りかかると、ベセトア高官とコントーレの貴族が談笑しながら行き違った。
「ミスター エヴルー、予定通り会合で票を入れてくれてありがとう」
ベセトア高官は何やらチップみたいなのを密かに渡した。
「いえいえ、元より私たちは意見が合致してたまで」
貴族はニヤリと笑った。
「これで多くの体力自慢を労働者に回せますよ」
「織り込み済みだとも」
「……」
『そういうこと』、か。
応接室のドアを空けると、ヒンベルは単行本を読んでた。意外にも電子書籍派ではなくコミック派だったらしい。
私たちが部屋に入るとヒンベルは私たちに気づいたみたい。
「……どちら様?」
怪訝な表情でこちらを見てくる。
「あのさぁ……」
また記憶リセットされてるよ。
「私だよ私、豊川琴音」
「そっちは?」
ヒンベルは私の隣、疲弊している安城のことを指差して言った。
「……安城。安城祥太。覚えろ!」
「ああ、安城。そんな奴もいたね。死んだと思ってたよ」
私と同じ反応をしてきた。
「んで、要件ってなんだっけ」
「入隊の話」
流石に苛立ちを覚える。
ひとまず安城をヒンベルの向かいのソファーに横たわらせた。安城は「くた〜」って感じでソファーに溶けている。
「まあ約束通り、入隊を認めるよ」
ひとまず第一関門は突破。
「これで冒険者解体も撤回できるよ、安城」
寝ている安城に肩を叩いて教える。
「……」
白目を向いて、いびきも呼吸音もせず、何一つとして動かず死んでる。
死んでるように見えるだろ? これ寝てるんだぜ?
歳が歳なら心配になる寝方だ。特にヒンベル。
「冒険者解体? 何でそれに繋がるの?」
「……? これで中枢議会の議員になれるんでしょ?」
「いや、自衛隊で言うところの幹部候補生学校入学資格をあげることみたいなもんだけど……」
「え」
「え」
安城が起きた。
「え?」
「中枢議会に異議を唱えれるってのは……?」
「そりゃ履修して認められたら少尉から始まって、世代交代の関係で十年内には議員になれるチャンスがあるってことだけど……」
「今できないってこと?」
「できないよ? 当たり前じゃん。夢は寝てから見てね」
「話違うじゃん、どういうことだよ!」
私はヒンベルの胸ぐら掴んで問いただした。ヒンベルのシャツにシワができている。
「そんなこと言われても。陸軍なら人員少ないし、ポスト空いてるから昇進しやすいってだけで、上士官の始まりである少尉は議員になれる資格ないよ」
「はぁ〜……」
力が抜けて横のソファーに座り込む。
「そういう意味か……」
「じゃあ他に手段はないのか?」
安城がヒンベルに問う。
「うーん、ないね。議員になって異議唱えること以外にベセトアの方針は変わらない」
ほんとに政権分離ができていない。辛うじて司法が独立しているようだけど、司法も議会の庇護下にある。
確かに発足から間もなく、人員不足、役職不足というのもあるだろう。それでももう少し立法と行政分けてくれ。
「ちなみにどのくらいの役職の議員なら覆せるの?」
またも安城は打開策はないかとヒンベルに聞く。
「この近代化プロジェクトだろ……。――だったら元帥とか外務大臣じゃないと根本をねじ曲げれないね」
「元帥になれば変わるのか!?」
意気揚々と安城は聞く。
「でも、年功序列強いから微妙だね」
「でも変わらないわけじゃないんだろ、だったら元帥になる!」
ヒンベルの口が小さく開く。至極当然な反応だ。
「安城、さっき言ったろ? 夢は寝てから見ろって」
だからなんだよそれ。
「元帥になる方法ってないのか?」
「あのねぇ……」
「安城、もう少し遠慮しろ」
私は安城を咎めた。流石におこがましい。
そもそも元帥になったって不確実性が高い。
「まあ、無いわけじゃない」
「本当か!?」
それを聞くや否や安城はテーブルを叩いて飛びついた。
「今の陸軍最高顧問、ジュストン中佐に君が元帥になることを認可してもらう。あいつは来年から新入隊員の中から元帥から少佐まで跡取りを選定する役に就いてる」
ベセトア陸軍は今のところ中佐が最高官職のようだ。
「総統じゃ駄目なのか?」
「承認の権利を譲渡したからない」
ヒンベルはキッパリと安城に言い返した。
「そんなのありかよ……」
「ヒンベルほんとに総統の権威あるの?」
「仕方がないだろ? 元帥とか大法官の圧力強いんだもん。そのせいで逆全権委任法が可決しちゃってるんだよ」
逆全権委任法、つまり総統権力がかなり分散しているということだ。こういうところに年功序列が如実に現れている。
彼らにとってたかだか三千年生きたヒンベルはまだまだ若造であり、それ以上生きている自信が権力を総取りしている。
「んで、どうやったら元帥になれるんだ?」
「戦いでの功績や情報処理能力、指揮、判断力を挙げれば認められる」
少しざっくりしているが、そうでもしないとなれないのだろう。
「……その戦いはどうするんだ? 魔物と戦えばいいのか?」
「魔物? そんな珍獣狩ってないで人殺してこい」
「もっとオブラートに言えよ」




