38話 今日の苦行
――一時間後
ぼーっとしていた私は、縦じまの壁紙の筋の数を数え始めることにした。
前にヒンベルが言ってたかな、暇な時は何か数えたらいいと。そうすれば、寝ることはないし、気を持つことができる。
しかもすごいことに、スマレンはマークしたところを記録してくれる。ずっと同じ、ほぼ変わらないものを数えていると、ゲシュタルト崩壊を起こしてくる。そうなってくると、どこまで数えたか忘れてしまう。
検問所の部屋全面にある壁紙の縦じまは、約一万筋。数え間違いがあるかもしれないが、大体その前後。壁紙の横の長さは、全面合わせて二十m。大体一cm五筋。
――三時間半後
ラーゼさんがランチを運んできてくれた。パンとここの郷土料理である鶏肉の生クリーム煮込み。前に最寄りの街の飲食店にお忍びで入った時、食べた事ある。
肉が使われているが故に、他の商品とは頭一つ抜けて高かったが、外交官の財力を舐めない方がいい。
食べてみたが、あまり美味しくなかった。鶏肉が不味く、クリームも薄かった。だが、大使館が提供するものは違った。弾力のある新鮮な鶏肉に、濃厚な生クリーム、加えて程よい香辛料に新鮮な野菜が添えられている。
やっぱ、外現実や外国の郷土料理を食べるなら日本産で衛生環境が整った場所の方がいい。実際、インドの衛生観念で現地の飲食店で郷土料理を食べると、トイレとお友達になることが多いらしい。
もちろん、美味しくないわけではないらしいが、衛生環境のいいところで本場の料理を食べれるのなら、それは素晴らしいことだ。それができるのがベセトアって訳だ。
食べ終わった後は、検問所にある食器回収用のワープデバイスにお盆ごと入れた。
――五時間後
座りながら検問所のオフィスチェアをゆっくりと回す。安城たちはまだ掘っているらしい。
よく続くよなぁ。私なら二時間弱で放り出している。いや、それすらも保つだろうか。繰り返しの単純作業を続けるってのは気が狂う。
でも、どっちがいいのかなぁ……。何もやらないのを八時間か、単純作業を八時間。私はどっちも嫌。一時間おきにそれぞれやるんだったら、私でもやれると思う。
そういえば、さっきから甲高い連打音が二方から聞こえている。原因はまあ……。
――八時間後
やっと終業時間が来た。結局、プライマルに出入りする人間はいなかった。水しぶきの音や足音も聞こえなかった。既に定時は過ぎているが、次の見張りが来るまで検問所にいる必要がある。
あとこの間、ガーディアンはこの最深部に湧かなかった。なんでも、ヒンベルが止めたとか。あの地底湖の底に装置があったらしい。
そういえば、三時間前から段々音が大きくなっている。耳を澄まさなくても騒音が響いている。
でも、耳を澄ますと、上から風切り音が聞こえる。上を見上げる、その時だった。
水面を叩きつけるような巨大な音が轟いた。ここにきて侵入者だ。
急いで地底湖を見下げる。水中一面はプライマルにより照らされ、水面からでも見通せる。
水中から誰かが浮かんできた。
「豊川さん、交代だよ」
ルルさんが水滴を被りながら水際に寄ってきた。何ともないと言わんばかりの表情。
「ルルさん……何を……?」
「何って降りてきただけだけど?」
ダイナミック降下やめてくれんか。さっきのは心臓に悪かった。
「まあ、上行って――」
ルルさんの話を遮るように、突如岩石が崩落する音が聞こえた。
「よしゃ……、遂に……!!」
「誰あの人?」
「なあ……俺の……勝ちだよなあ……?」
安城はボロボロで疲労状態が目に見えている。壁を突き破った途端、先が潰れたツルハシを捨ててこちらに向かってくる。よろよろと千鳥足みたいな足取り。
「ヴィーインは……いない……!」
安城はキョロキョロと見渡し、ヴィーインさんがいないことに気づき、問いを自己完結させた。ガッツポーズ。
「総統に……!」
安城はヒンベルに鬼電し始めた。今、日本は深夜一時。多分寝てるぞ。安城の熱いコールにより、ヒンベルは大体五回目くらいの電話で出た。
「"ふざけんな、死ねクズ"」
到底あのヒンベルとは思えない言葉使いだ。よほどご立腹なのだろう。
「俺が先に着いたぞ!」
「"キンキンうるさい……年取ると夜更かしも厳しいんだよ……"」
安城の大声に不満があるらしい。まあ、わかる。直で聞くと、ちょっとうるさい。電話越しだと、ノイズになって寝起きには辛いのだろう。
「おい、どうなんだ」
「"わかったからもうやめて、一週間後に書類出す。寝る。次起こしたら士官の話なしだから"」
マジトーンで安城を牽制。それほど自分の眠りを邪魔されるのが嫌だったのだろう。眠りを人に邪魔されるほど殺意が湧くものはないと言っていい。
☆
次の朝、ヒンベルはリバタール大使館に顔を出した。見るからに不機嫌。ちょうど本部の方で、終業時間を過ぎた辺りだ。
「どうしたのヒンベル?」
ヒンベルは大使館のハブポータルから現れるなり、ヴィーインさんと何か話していた。
「ああ、冒険者への依頼の仕方についてね。解体と言っても、まだ業務自体は動いているから」
「何を依頼すんの?」
「来てみればわかる」
ヒンベルの言われるまま、大使館最寄りの街の冒険者ギルドに来た。ギルドに来るなり白紙の依頼書を手に取り、カウンタテーブルで書き始める。
「何書いてんの?」
私はヒンベルの依頼書を覗いた。
難易度★★★★★
安城祥太が暴れ回って地球が三個くらい壊れそうです助けてください
生息地:ニー都ムショ区ひきこ森
特徴:概ね人
依頼達成条件:死体をギルドに持ってくる
賞金:三千京ジンバブエドル(依頼達成時レート換算)
※誰も幸せになりません
↑ここ重要
と、下手なコントーレ語で書かれていた。どこからツッコんでいいかわからない。
まず、慣れない文字なのか、あらゆる文字が曲がっており、震えているような筆跡。しかも、区別すべき二つの文字もどっちなのかわからない。例えるなら、「a」と「u」が識別できないのに似ている。「a」の上がくっついていないため、「u」になっている感じ。
恐らく、現地の人がこの誤字のある単語を読むのは、日本語で例えるなら、「ラーメン」を「うーメソ」って読むのと同じだろう。
次に、支離滅裂な文章。地球三個とか言う単位に野生動物にしか使わない生息地。
極めつけは、三千京ジンバブエドル。コントーレ語は、一応サウザンドやミリオンみたいな単語はあるが、ヒンベルは数字を書き連ねているだけだ。そして、ジンバブエドルは既に使われていない通貨。
「よし、いい釣り針ができた」
「釣り針て」
「すみませーん、依頼お願いします」
ヒンベルは受付に依頼届けを渡した。
「依頼料及び賞金は先払いになるのですが……」
額面と見慣れない単位、そして内容に困惑している受付を横目にヒンベルは、
「あー、額が額なので賞金だけ後払いにさせてください。これ、連絡先です」
と、言って紙切れを渡した。
「えぇ……はぁ……。……では、あちらに貼ってください」
終始困惑を隠し切れない受付は、ヒンベルに依頼一覧ボードにその依頼書を貼り付けるよう指差した。
ヒンベルは手際よく貼り付けた途端、
「勇者ショウタの討伐……!?」
「嘘だろ……!?」
「誰だこれ貼り付けたやつ……」
と、冒険者一行も困惑の色を浮かべた。
だが、それは少数だった。大多数はというと、
「三千京ジンバブエドル……!? やるしかねえ!!」
「ジンバブエドルっていくらだ……?」
「知らねぇけど、一ジンバブエドル銅貨一枚だろ」
「銅貨三千京枚!? 一生遊んで暮らせるぞ……!」
「でも、勇者を……」
「知るか! やるしかねぇ、俺についてきたら山分けだ!」
ってな感じで、やる気満々だった。終わったな、安城。




