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35話 寝ていいよね

私以外誰もいない遺跡の入り口は、虫の音しか聞こえないほど静かだった。月明かりだけが私を照らす。スマレンの暗視ビジョンがなければ、SAN値を消耗して気が狂っていた。


ヒンベルはワープしたっきり、連絡がない。帰ろうか迷ったが、もう少しだけいてみることにした。入り口で両手を枕に寝転がりながら。目を瞑って。


やはりシールドはいい。どんなところに行っても、生身は汚れないし、虫も寄ってこない。蚊みたいな虫が寄ろうとも、ノイキャンで音はかき消される。


案外心地良い虫の音を聞きながら寝ていると、それを乱すものが現れた。


ワープ地点の警告音が虫の音をかき乱した。それにつられて私も身体を起こす。


起こすと同時に、びしょ濡れのヒンベルも現れた。


「うわ、びっくりした」


「最深部かと思ったら帯水層の空洞だった」


「通りで……」


何度も人が通ったような磨り減った石床に、水が滴っている。


「連続でワープ使えないからリチャージ待ってたんだよ」


「だから音沙汰なかったんだ」


「ちょっと周り見てて」


ヒンベルはまたも、奇妙な手の動かし方をしている。「これか……?」とか「これはさっきのか……」と、言いながらウォールハックで壁を透視している。本当に、事情を知らない人が見たら、パントマイムをやっているようにしか見えない。


「そういえばさ、なんで安城の競争相手がヴィーインさんなわけ? もっと他にいるんじゃない?」


ヒンベルはこちらを全く見向きもせず、


「あー、あいつね。昔、私が気に入らない上司相手に嫌がらせで『総統のもの好きなだけ持ってけ』ってあいつに言ったら――」


と、手を動かしながら答えた。


ナミ、ヒンベルの元上司。ヒンベルも気に入らない人間っているんだな。いや、既に安城っていう気に入らない人間いるか。露骨にベセトア入るの嫌がってるし。それでも、渋々入れるか検討してくれているあたり、懐の深さがある。


「部屋のもの全部持ってったんだよね。しかも、十分の犯行だった」


「そんなバカな」


「それ以降、私ん中ではあいつは引越し屋さんとして捉えてるから」


それは確かに引越し屋さんだわ。どのくらいの部屋の大きさかは知らないが、全部持っていくパワーと素早さがある。


「マジで度肝抜いたよ」


まあ、元を辿ればヒンベルが悪いが、ヴィーインさんもかなりイカれている。


「あー、ナミ総統のことはマジで思い出したくない」


総統、つまりはファータロスのトップなのだろう。


「そんなに嫌なの?」


「あいつ勝手に他人の自室から物持ってくわ、『金貸して』って言われて断れないから貸したけど、踏み倒されたし、散々だった」


それは嫌だな、だいぶ。それを加味したら、ヴィーインさんの行為やヒンベルの行動も評価すべきものだ。


話が一段落し、沈黙がしばらく続いた。ヒンベルはこっちから話しかけないと、本当に口を開かない。また、虫の音が辺りを支配した。そんな時だった。


「ッ!?」


視界が突如傾いた。後ろから胴体をなぎ倒された。


後ろを見ると、ヒンベルが覆いかぶさり、片手で私を押さえつけていた。


「何すんの!?」


「後ろ!」


更に後ろ、ヒンベルの後ろを見ると、緑色のヒグマサイズの液状の物体がいた。これが話に聞くスライム、ガーディアンだろうか。


間一髪でガーディアンの巨腕を避けれた。


「見ててって言ったのに」


すぐにヒンベルは片手で拳銃を発砲。これに関しては私の落ち度。


ガーディアンはその巨体で全ての弾丸を受け止める。が、大きな粘度のあまり、まったくガーディアンの体内を突き進まない。見るからに手応えがない。


続けてヒンベルは腰に手を当て、


「下がれ。豊川」


と、三つの丸い物体を取り出してガーディアンに投げつけた。


丸い物体がガーディアンに飲み込まれると、中から爆ぜた。気持ち悪い緑色の液体と共に火花が散った。グレネードのようだ。


「やったか……?」


「やめてね」


珍しくヒンベルがツッコんだ。でも、回復できない程に原型を留めておらず、木っ端微塵。確かに死んだはずだ。


「……?」


爆発四散した緑色の液体は、ゆっくりと一箇所に集まっていく。入り口を立ちふさいでいく。


「効いてないか――って豊川、何を――」


また、ガーディアンは爆発した。私が投げたグレネードによってまたも四散する。


「やめとけ、効果がないんだよ」


「じゃあどうするの?」


「待ってろ……」


ヒンベルはインベントリからなにやら円柱形の物体を取り出した。またもグレネードだろうか、ピンを抜いてしばらく持っている。レバーはまだ付いているため大丈夫だ。


「もう一回グレネード投げて」


「え? でも、効果ないって――」


「いいから」


言われた通り、グレネードを投げつけた。二度あることは三度ある。さっきと同じ結果となった。


「よし来た」


ガーディアンはゆっくりと身体が結合してゆく。その時、ヒンベルはグレネードを投げつけた。


自慢の粘度と弾性でガーディアンの体内に飲み込まれた。が、そのグレネードは一味違った。


落雷のような閃光が、液状のガーディアンを襲った。スタンガンのようにバチバチと、電流によってガーディアンの身体硬直する。


電池が切れたのか、グレネードは効力を失った。すると、ガーディアンの身体ゆっくりと、重力によって垂れ始めた。

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