32話 序盤に戦うラスボスは序盤の主人公でも戦える性能(4)
ヒンベルは間一髪で刀で防いだ。だが、例に漏れず、爆発で吹き飛んだ。爆発による慣性のまま行けば、完全に場外だ。
地面にバウンド。
だが、滞空中に姿勢を変える。刀が地面に向くように構えた。刃もヒンベル自身の方へ向いている。
そして凄まじい力で刀を地面に突き刺した。その甲高い音は闘技場全体に響く。
しかし、地面に突き刺さった刀は、衝撃を殺すことができず、地面をきり裂く。ヒンベルの足も、跪くように衝撃を殺す。黄色い土ぼこりが舞った。
遂に静止すると、ヒンベルはその場で力尽きた。決闘というのは、御老体に厳しかったようだ。だが、未だ刀を手放していない。
「これは……」
マドレーヌ夫人の審議が入る。
「……!」
マドレーヌ夫人はヒンベルの様子をまじまじと見つめる。そして、判定を下した。
「この勝負――」
会場の全員が固唾を呑んだ。
「ヒンベル総統の場外踏み越しによる反則負け! よって勝者、勇者アンジョウ ショウタ!」
どっと歓声が会場を埋め尽くした。
冒険者たちは互いに抱きしめ合い、自身のヒーローを讃えた。闘技場を覆うバリアが消え、みんなのヒーローに飛びつく。
この歓声が響くと、ヒンベルはそっと刀から手を離した。手が地面につく。
私はゆっくりと、誰もいないヒンベルの方へ歩みを進める。
咄嗟の突き刺しで無理が祟ったのか、刀はやや折れ曲がっている。ヒンベルは俯いて荒い息を整え、胸を落ち着かせている。静かに誰も悟られぬように。
「大口叩いてたのに、みっともないよ」
「慰めの……言葉も……ないんか……?」
ヒンベルは息が切れていて、途切れ途切れに言葉を発した。未だ呼吸は乱れている。
「声援、いらないんでしょ?」
「……」
私はヒンベルの前に回って手を差し伸べる。
だがヒンベルは私の手を取らず、自力で立ち上がる。
「誰かさんに応えてねぇ……わざわざ無理したって言うのに……」
そう言って手に付いた砂をはたき落とした。
「……」
「『負けないで』か……」
「やっぱり、意味あったじゃん」
「結果的には意味ない」
ヒンベルは折れ曲がった白刃の刀を慎重に地面から抜いた。先端からものうちまでが曲がり、武器として使えないのは明白。ヒンベルは「やっちまった」と言うような目で刀を見つめた。
そうしているうちに、何十人もの足音が聞こえてきた。こちらに向かってくる。安城率いる冒険者一行。
「さあ、総統。約束通り、冒険者解体を撤回してもらうぞ」
「……? どういうことだい?」
「しらけんな! お前は決闘に負けたから冒険者解体を撤回しろって言ってるんだ」
安城の発言を聞き、ヒンベルは吹き出すように笑った。よほど荒唐無稽だったのだろう。
「話が見えんよ。この戦いで君の主張が認められただけで、私たちが撤回するとは一言も言ってない」
思い返して見れば、安城は「冒険者解体を撤回しろ」とは一言も言ってない。あくまで相手の否を認めさせることを告発していた。これは告訴側の落ち度。
「はあ!? そんなの無しだろ!!」
「それに、私は撤回する権限は持っていない。その権利は、ベセトアの中枢議会並びにコントーレ中央政府しか持ち合わせていない。わかるかい? 個は権利を持ってないんだよ」
これは民主主義の良いところであり、悪いところ。何かしらの物事に関して組織の総意を決めるが、組織のトップが独断で決定することはできない。それは中枢議会、中央政府も変わらない。このコントーレにも最低限の民主主義はある。
「加えて、今は中枢議会の常会中だよ。議員である私は不逮捕特権によって逮捕できない。それに、裁判をするなら、ベセトアが運営する法廷で戦う必要がある。どうする? 法廷でやり合ってる間に彼らは飢え死ぬよ?」
そう言ってヒンベルは、モバスクを広げて自身の名刺を見せる。『ベセトア中枢議会庶民院議員ヒンベル』とある。
つまりは最初から、安城はヒンベルの手で転がされていたというわけだ。ヒンベルが勝ちようが負けようが、全て彼の思惑通りに働く。
最初から裁判に出る予定もなかったし、出ても自身に有利な土地で泥沼に持っていくのだろう。判決が決まった時には、冒険者は滅んでいるかもしれない。
「汚えぞ……!」
「私はあくまで『制度』を最大限活かしてるだけだよ。力のぶつけ合いは負けたが、知恵では勝ったようだね」
ヒンベルは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。悪い大人だなぁ……。
ヒンベルは振り返り、
「では、もう定時は過ぎている」
と言って歩き始め、右手を広げる。ワープする気だ。
「「――させるか!!」」
屈強な冒険者は、急にヒンベルへ飛びつき、ワープさせまいと押さえつける。ワープは中断された。流石のヒンベルも、ワープで人に傷害を負わせない心はあったようだ。
「退きなさい……! 野蛮人共……!」
ヒンベルは腹筋するように必死に抵抗するが、非力が故に冒険者たちを退かすことは叶わなかった。前髪が少し乱れている。
「総統、解体を撤回できないなら、俺の望みを叶えろ」
「……何が望みだ?」
「俺をベセトア軍の士官にしろ」




