シーズン1 2話 わからない日常
私は新宿にある私大の大学四年生。とっくに研究室に配属され、卒業研究に勤しんでいる。単位は基本フル単、基本は。三年までの卒業研究資格を得る単位はギリギリで取った。
大学は高層ビルの中にあり、基本はエレベーターで教室や研究室に行く。目的の階が近いなら、階段を使うほうがいい。急がば回れ。
私はリュックを背負って階段で下の階へ行く。だが、どっしりとした手が私の肩を叩いた。
「琴音ちゃーん、今日の飲みに行かな〜い?」
また来た。本当に懲りない。今回は急がば回れが凶と出た。
「やめろよ、豊川さんに構ったらお前がかぶれるって」
両サイドから一軍の男子に囲まれた。顔色は変えない。変えてはならない。
「ねえ〜あの一宮も来るよ〜」
一宮、建築学科の超が付くほどモテて、尚且つ顔がいい同学年。なんでも、この大学の中等部からの内部進学で来たやつ。
「飲んでる余裕あるの? 就職と研究は?」
「別にいいだろ、どうせ意味ないんだし」
周りの男子も便乗してヘラヘラと笑う。実にお気楽だ。
「一宮――」
「あの人嫌い」
三年も過ごしてりゃ噂は聞く。一宮は何度も彼女を作っては別れている。それで同学年の大半の女子を落とした。私の数少ない友達もやられている。どれも、三軍系なのに、一軍である一宮に一撃でやれた。
「え〜、じゃあ誰呼べばいい? 琴音ちゃんスタイルいいし、顔もいいから選び放題だよ?」
私の身長は百六十五cmで女性にしてはかなりの高身長。そして胸もEカップらしい。調べてみれば。
自負じゃないが、顔もいい方。人はなんでも、私のようなスラッとしていて顔が小さく、目が大きいのを羨むらしい。そして、母譲りの艶のある黒髪と眼と区別がつかない黒目は私の自慢。それ以外はあんまり。
「興味ない」
「またまた〜、そんなに手に職あるやつがよかったら田原なんてどう? こいつ去年御三家から内定貰ったって」
そう言って隣にいる男子を親指で指した。御三家、そういえば私の父さんも御三家グループ企業に勤めてたっけ。
「琴音さん、俺の嫁になったら絶対幸せにするよ♡」
気持ち悪いギザなアプローチが私を襲う。悪寒がした。
「死んどけ」
私は囲まれても尚、強引に足を進める。だが、男子一行も空母を取り巻く護衛艦のように同行してくる。
「つれんなぁ……徘徊伝説は……」
徘徊伝説、私のあだ名。大学に入って人に妬まれる容姿だったため、新歓なり飲み会なりに誘われた。
が、絶対に逃げたりお開きになる前に帰ったりするからそう呼ばれた。ちなみにちゃんと食った分の金は置いてった。
らちが明かないから、強引に進めた足の速度を落とす。
「横見てると足踏み外すよ」
「大丈夫だって〜」
最後尾の男子の足を横から思いっきり蹴った。
「「なっ……!?」」
思惑通り、最後尾の男子は階段を踏み外した。男子たちはドミノ倒しのように階段を転げ落ちてゆく。頭を床に打ちつける音が二つのフロアに響いた。
「それ見ろ」
私はそのままもう一つしたのフロアへ行く。だが、さっきよりも固く肩を掴まれた。
☆
「豊川琴音さん、停学ね」
「……」
「これ二回目」
指で二を表現した。
「……」
「校内暴力に至っては七回目」
続けて両手を使って七を表す。
後ろでクスクス笑ってる声がする。盗み聞きしているのは数少ない同学年の女子だろう。
特に一軍男子とつるんでいるやつら。
あの時、教職員に現場を見られた。すぐに教務課に連行された。ちなみに、あいつらは頭を床に打ち付けたので、病院行き。
そして、あいつらもあの現場に居合わせていた。私を連行した教職員を盾にクスクス見ていた。
これは久々にやられたよ。
どんなに私を妬んでも私の顔は手に入れられないぞ。
まあ、あいつらの本意はそこじゃない、邪魔者をいかに排除するか。
上に嫌な奴がのさばっていたら気が気でないらしい。
教職員の顔を見れない。そっぽを向いて少し頷く。
教職員は腹からため息を出した。
「……私も停学にしたくてやってんじゃないんだよ。もう就活でしょ? 大学としては卒業してもらいたいし、個人としてはうちの卒業生が、外で捕まってほしくないんだよ」
教職員は畳み掛けるように話し、顔をしかめて本音を晒す。
「次やったら退学だから」
「……はい」
教職員は窓の外を見て、またため息をついた。
「もうあれが迫ってるってのに、こんな面倒事起こさないでよ……」
半ば呆れとも読み取れる声のトーンだった。
私も外を見つめる。何の変哲もない青い空。だが、まだ人間の目では見えない脅威が確実に迫っていた。
私は教務課を出た。またも空を見上げる。何一つ変わらないいつも通りの空。なんでも、この視界に脅威が写っているらしい。
そう、巨大隕石。なんでも、直近の二年前くらいに発見された小惑星。それがつい最近、年始だったか、地球直撃コースに突入したとアメリカの宇宙研究機関が発表した。
発表当時は、衝突は年内に起こるとされていた。それが四月になると十月、七月になると八月に来ると、どんどんあちら側から期限は迫ってきた。
発表当初はどうせ外れるとか関係ないみたいな雰囲気だった。だが、時間が経つにつれ、現実性を帯びていき、四月に入って対巨大隕石プロジェクトが発令された。
それと同時に地球経済は、雪崩のように崩れ始めた。メテオショックと呼ばれたか。こぞって資産家は自身だけ逃れようと、資本が大規模に流動し、世界恐慌顔負けのデフレが起きた。
当然、平民である私たち一個人が対応できるわけもなく、桁外れの値上げや社会の停滞、ストライキにより社会は荒れ果てた。
そして今、来年度採用の話がほぼ崩壊している。とんでもないほどの就職氷河期。
だが、私は就活をやるしかない。それ以外、やることもないし、はっちゃけることもできない。
おばあちゃんに言われた。『自分を安売りするな』って。
やるしかないのか……。




