1話 総統はバニーガールじゃない
その日、豊川琴音は野生の総統に出会った。
初の月面着陸の日よりちょうど五十年目。
住んでいる家のこの辺では一番大きい図書館に来た。二度目の停学中に就活でまた門前払いを食らって、そそくさと家に帰るのも憂うつだったから。
私は図書館のテーブルに腰掛け、配信を見ていた。もちろん、あの宇宙人と地球のお偉いさんの会談の配信だ。
同時視聴者数は百万どころか千万を超えている。
「"ええ、強制はしません。是非とも地球の総意のもと返事を聞きたい"」
総統と名乗る人物が画面の中央で脚光を浴びる。
着慣れていないような新品の黒いスーツにグレーのネクタイをして、少し痩せている色白の男性。それが私たちの言う宇宙人。
姿は地球人に紛れていても見分けがつかない。
「はぁ……」
視聴中、ため息が溢れる。この華々しい場面とは正反対の、今の『現実』に。
――このメテオショックの世界恐慌に社員もボイコットしてるし、バカ真面目に就活したって今じゃ無理だよ。女のくせに変わりもんだねぇ。
面接官の言葉が過った。
隕石の衝突危機により、『現実』が変わった。
でも、突如地球に飛来した異星人が、隕石による死刑宣告を撤回してくれた。
「あぁ……」
スマホを切ってこれからどうしようか考えていると、黒い画面に反射する人物が見える。
暗くてわからないが二十代前半、歳は私とあまり変わらない。すらっとしていてやや痩せている男性。何処かで見たことあった。
「!?」
椅子に座りながら後ろをゆっくり振り返ってみると、ずっと私のスマホを覗き込んでいる人がいた。
目が合うと流石にびっくりする。
その人は紛れもないさっき配信でなんやかんや話していた人物に、寸分違わず似ている。
背丈は百七十五cm、日本にいるような普通の男性。肌は色白で髪や目は黒い。
「……?」
なにやってんだよこいつ。人のスマホ見あがって。
すると彼は私が見た先を振り返って見つめ始めた。
お前だよ。お前が異常なんだよ。
彼は首を傾げながら「光学迷彩が――」とかぶつぶつ言いながらどっかへ行った。
彼に気付かれないよう後をつけてみると、私と同じように他人のスマホやパソコン、本を覗き始めた。ショルダーハック。
パソコンの画面には『隕石の残骸の墜落の可能性』と銘打ってある。
彼らも私と同じく、ライブを見ていた。直ぐ側の彼が、画面の中にいた人物だと明らかに気付かれてもおかしくないのに。
置いてある新聞とかもしゃがんで【謎の宇宙艦隊現る】と書かれたトップニュースの見出しとかを見た。ちゃんと手にとって読めばいいものを手に取らずに読んでる。
おかしい。明らかにおかしい。
これではまるで私にだけ見えている幽霊のような存在。
背中を冷たい汗が流れていく。
どう考えても誰かが覗き込んだらその存在を検知できる。
調べ物が片付いたのか中年男性が通り過ぎるが、彼は中年男性を明らかに避けて、まるで中年男性には見えていないようだ。
しばらくして本棚の十字路のような通路で彼と目が合ってしまう。
「……」
「……」
お互いに瞬きを二回。
先に口を開いたのは彼の方だった。
「驚いた」
本当に驚いてる様子だが、声にはあまりそう感じなかった。
彼は若々しいが、少々声は低く、貫禄はあまり読み取れない声。
「君、私のこと見えてる?」
まるで他の人には自分が見えていないかのような言い草だ。
でも、彼の言葉の受け取り方としては、それで正解だったのだろう。事実、周囲の人には、さっき配信に映っていた彼の存在に、誰ひとりとして気づいていなかったのだから……。
私はどう返事していいのかわからなかったが、一応コクリと頷いてみる。
「……光学迷彩ついてるのに?」
声はさっきの配信で聞こえた総統の声と全く同じだ。
光学迷彩? そんなSF世界の技術あるの?
それっぽい奴は開発されているとは聞く。でも、現状開発されてるのは、周囲が歪んだりぼやけたりするから一目瞭然。
いや、彼が本当にあの総統ならそういうものを持っていてもおかしくないが、未だ半信半疑。
「さっき、スマホ覗いてたよね?」
私が思い切って言うとバツが悪そうな顔。
「えーあぁ……場所変えようか」
「……?」
すると青い光が彼の右手から放たれ、光の束は彼の手のひらで毛糸の球のようになった。私たちを包み込むまで膨張。
青い球が収縮し、また手のひらサイズになるとバラバラに崩壊。残骸は跡形もなく消え去る。
「……!? どこ……ここ……?」
キョロキョロと見渡すと、現代的な図書館の室内の光景とは打って変わって、木々や竹林、池に囲まれた東屋に出てきた。
見たことある。図書館近くにある公園。音楽関係の有名人の屋敷があったところに建てられた公園。
「なんで私のことが見えたのか知ないが、大事になると嫌なんだよ。私はベセトアの総統、ヒンベル」
ベセトア、この『現実』の訪問者にしてまさしく、神の使い。
――外交官になってこの『現実』を変える気はないかい?
現実を変えるためにやって来た彼の言葉は一筋の光だった。ただの光と違うのは、掴める光だと言うこと。
大学では今さら就活なんて無意味だと笑う奴らばかりだった。
それでも私は続けるしかなかった。
父さんも御三家勤めだった。その人の娘として人一倍のプライドがある。どれだけ惨めでもおばあちゃんに顔向けできる人間になりたかった。
未来を保証する行為をしない奴はゴミだと何度も言い聞かせた日があった。どれだけ無力だとしても。
現実を変えれる力があるならいくらでも変えたい。
そう、これは「鉄血外交官」、「最勝の外交官」と、あらゆる『現実』で敬われ語り継がれる、地球初の異世界駐在外交官が『現実』を変える話だ。
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