第11話:死線突破、崩落のオーケストラ
ハワードが「招待状」として開放した最短ルートは、もはや道としての呈を成していなかった。
頭上からは数万トンの構造材が断末魔を上げて降り注ぎ、足元では亀裂から噴き出した高圧の海水が、鋼鉄の床を紙細工のように引き裂いている。爆炎が視界を赤く染め、焦げた絶縁体と海水の入り混じった、鼻を突く死の臭いが立ち込めていた。
「アステリア、同期率を維持しろ! ……ミラ、舌を噛むなよ、行くぞ!」
エリックは背中のミラを固定するベルトを極限まで締め上げると、猛煙の中に身を投じた。
『了解。……脳波同期、最大深度へ。……エリック、思考を捨ててください。私の演算する「音」に、あなたの反射神経を預けてください』
アステリアの声が脳内に響くと同時に、エリックの視界から無駄な情報が消え去った。
代わりに、要塞全体が発する「構造的悲鳴」が、色を持った波形として網膜に投影される。次にどこが崩れ、どこが爆発するか――それはもはや予測ではなく、エリックにとっての「既定事項」として脳に直接書き込まれていった。
一歩、地を蹴る。
直後、彼が踏んでいた床が轟音と共に奈落へと崩落した。エリックは空中で身を翻し、アステリアが示した「三秒後に崩れる支柱」の側面へと着地する。
『左から熱源接近。……三、二、一、――跳んで!』
指示と同時にエリックが跳躍すると、彼のいた場所を巨大な火柱が突き抜けた。熱波が背中を焼き、タクティカル・ベストが焦げる匂いがする。だが、エリックは止まらない。アステリアが脳内に描く「光のパス」だけを信じ、重力を無視したような速度で瓦礫の山を駆け上がっていく。
「……あ、がっ……!」
外部演算ブースター『プロメテウス』が、限界を超えた出力を維持するために、エリックの左腕の肉を内側から焼き始めていた。神経接続端子を通じて流れ込むのは、もはやデータではなく、純粋な「痛み」という名のエネルギーだ。
『エリック、ブースターの排熱が限界です! ですが、止まれば焼失します。……駆け抜けてください!』
「分かってる……! この程度、……あいつが味わってきた地獄に比べれば、……涼しいくらいだ!」
エリックは血の混じった咆哮を上げ、崩落する天井の隙間を、弾丸のような速度で潜り抜けた。
背後で通路が完全に圧壊する爆音が響く。一歩でも遅れれば、そこが親子二人の墓場になっていた。
エリックの瞳は、過熱した電子の奔流で不気味な紅に染まり、その足取りはもはや、一人の人間という枠を超えた「破壊の化身」へと変貌していた。
ハワードが「招待状」として開放した最短ルートは、もはや道としての呈を成していなかった。
頭上からは数万トンの構造材が断末魔を上げて降り注ぎ、足元では亀裂から噴き出した高圧の海水が、鋼鉄の床を紙細工のように引き裂いている。爆炎が視界を赤く染め、焦げた絶縁体と海水の入り混じった、鼻を突く死の臭いが立ち込めていた。
「アステリア、同期率を維持しろ! ……ミラ、舌を噛むなよ、行くぞ!」
エリックは背中のミラを固定するベルトを極限まで締め上げると、猛煙の中に身を投じた。
『了解。……脳波同期、最大深度へ。……エリック、思考を捨ててください。私の演算する「音」に、あなたの反射神経を預けてください』
アステリアの声が脳内に響くと同時に、エリックの視界から無駄な情報が消え去った。
代わりに、要塞全体が発する「構造的悲鳴」が、色を持った波形として網膜に投影される。次にどこが崩れ、どこが爆発するか――それはもはや予測ではなく、エリックにとっての「既定事項」として脳に直接書き込まれていった。
一歩、地を蹴る。
直後、彼が踏んでいた床が轟音と共に奈落へと崩落した。エリックは空中で身を翻し、アステリアが示した「三秒後に崩れる支柱」の側面へと着地する。
『左から熱源接近。……三、二、一、――跳んで!』
指示と同時にエリックが跳躍すると、彼のいた場所を巨大な火柱が突き抜けた。熱波が背中を焼き、タクティカル・ベストが焦げる匂いがする。だが、エリックは止まらない。アステリアが脳内に描く「光のパス」だけを信じ、重力を無視したような速度で瓦礫の山を駆け上がっていく。
「……あ、がっ……!」
外部演算ブースター『プロメテウス』が、限界を超えた出力を維持するために、エリックの左腕の肉を内側から焼き始めていた。神経接続端子を通じて流れ込むのは、もはやデータではなく、純粋な「痛み」という名のエネルギーだ。
『エリック、ブースターの排熱が限界です! ですが、止まれば焼失します。……駆け抜けてください!』
「分かってる……! この程度、……あいつが味わってきた地獄に比べれば、……涼しいくらいだ!」
エリックは血の混じった咆哮を上げ、崩落する天井の隙間を、弾丸のような速度で潜り抜けた。
背後で通路が完全に圧壊する爆音が響く。一歩でも遅れれば、そこが親子二人の墓場になっていた。
エリックの瞳は、過熱した電子の奔流で不気味な紅に染まり、その足取りはもはや、一人の人間という枠を超えた「破壊の化身」へと変貌していた。
ダクトを抜けた先、広大な連絡通路の闇から、無数の「紅い眼」が浮かび上がった。
要塞の最終防衛端末、自律型殺戮ドローン『センチネル』。その数は、アステリアの概算によれば五〇機を優に超えている。
『エリック、前方および左右に完全な包囲網を確認。奴らはミラの身柄よりも、侵入者の確実な排除を優先するようプログラムされています。……弾薬の残数では対応不能。突破確率は……』
「確率はいい。アステリア、奴らの『群制御』に割り込め。……一個体のハックじゃ足りない。全部を俺たちの『盾』にするんだ」
『了解。……プロメテウス、ニューラル・ネットワークの全リソースを強制徴用。……エリック、脳の一次冷却が追いつきません! 視界が焼けます!』
左腕のブースターが、限界を超えた過熱により赤熱し始めた。
エリックは絶叫を噛み殺し、両手を広げて疾走を止めない。彼の指先から放たれる目に見えない電子の奔流が、空間を埋め尽くすセンチネルたちの無線回路に牙を剥いた。
先頭の三機が、一瞬だけ不自然な挙動を見せた直後、その銃口を仲間に向けて火を噴いた。
「……プロトコル、上書き完了だ!」
エリックが吠える。
掌握されたドローンたちが、エリックの周囲を円陣を組むように旋回し始めた。それは、鋼鉄の鱗を持つ巨大な蛇が、主を守るために身をよじるような光景だった。
敵側が放つレーザーサイトの紅い線がエリックを捉えるたび、ハックされたドローンがその射線に割り込み、自らの装甲で弾丸を受け止める。
激しい金属音と、飛散する火花。
エリックはその「使い捨ての防壁」が火を噴き、爆発し、剥がれ落ちていく中を、止まることなく駆け抜けた。
『センチネル、残り一二機。……エリック、これ以上の制御維持は脳に修復不能なダメージを与えます。……強行ハック、強制終了まで、あと五秒!』
「五秒もあれば十分だ。……アステリア、全個体を自爆シーケンスへ! 最後の道をこじ開けろ!」
エリックが前方の重厚な気密扉を指差した瞬間、残存するドローンたちが一斉にブースターを吹かし、扉へと特攻を仕掛けた。
一連の、暴力的なまでの爆発。
爆風がエリックの背中を押し、彼は煙が渦巻く扉の向こう側へと、弾丸のように飛び込んだ。
耳の奥で、ブースターが停止する乾いた金属音が響いた。
エリックの鼻からは鮮血が滴り、視界は真っ赤に染まっていたが、彼の足はまだ、止まることを知らなかった。
爆煙を突き抜け、エリックが辿り着いたのは、要塞の最深部に位置する「宇宙船発射ドック」の巨大な展望回廊だった。
視界の先には、重厚な耐熱装甲を晒し、離脱の時を待つ宇宙船『アステリア号』が鎮座している。その船体は、周囲の爆炎を反射して鈍く、しかし神々しく輝いていた。
「……見えたぞ。ミラ、あそこだ。あの船に……」
エリックの言葉は、要塞の底から響き渡る不気味な轟音にかき消された。
それは爆発の音ではない。要塞の基部が完全に崩壊し、数百万トンの海水が、逃げ場を失った圧力となって下層から一気に逆流してきた音だ。
『エリック、振り返らないでください! 要塞の外壁が水圧で完全に破綻しました。背後から津波が接近中。速度、時速二〇〇キロ。……ドックの防壁が閉じるまで、残り一二秒!』
「……上等だ!」
エリックは一歩ごとに砕け散る回廊を、肺が裂けるほどの呼吸で駆け抜けた。
背後からは、鋼鉄の柱を紙細工のようにへし折る「水の壁」が、白泡を立てながら迫りくる。それは単なる水ではない。あらゆる文明の残骸を飲み込み、押し潰す、巨大な墓標の化身だった。
ドックを仕切る巨大な気密扉が、ゆっくりと、しかし確実に閉まり始めている。
エリックの左腕から、再び黒い煙が立ち昇った。神経系が焼け付く鈍い音が脳内に響く。だが、アステリアがブースターの残存エネルギーをすべて「脚部ユニット」へとバイパスさせた。
『……オーバーバースト! エリック、跳んでください!』
扉の隙間は、もはや一メートルを切っている。
エリックはミラの頭を自らの胸に埋め、最後の一歩で地を蹴った。
視界がスローモーションに伸び、背後で数トンの海水が、追いついた瞬間に巨大な飛沫を上げるのが見えた。
「う、おおおおおおっ!」
エリックの身体が、閉まりゆく扉の僅かな隙間を、弾丸のようにすり抜けた。
直後、ドォォォォォ、と、この世の終わりを告げるような衝撃音が響き、気密扉が完全に閉鎖された。扉の向こう側で叩きつける海水の振動が、鋼鉄の床を激しく揺らす。
エリックは激しく床を転がり、止まっていた肺を動かそうと喘いだ。
全身を打撲と火傷が蝕み、左腕はもはや自らの肉とは思えないほど熱く、重い。だが、彼は血の混じった涙を拭い、目の前にそびえ立つ宇宙船を見上げた。
窓の外では、夕陽に照らされたメガロポリスの巨体が、ゆっくりと、そして確実に海へと沈み込んでいた。
鋼鉄の落日。
だが、その影の中で、エリックの瞳だけは、宇宙船の放つ冷たい光を反射して燃え続けていた。




