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7. フルフェイス野郎

 ぎゅむ、ぎし、ぎゅむ、ぎし、ぎゅむ、ぎし、ぎゅむ、ぎし、ぎゅむ。


 ゴム底で新雪を踏むと、鈍いような小気味よい音をたて、踏み固められた自分の足型だけが朝方の歩道に残されていく。歩くたびに耳をそばだててしまうのは、新雪を踏む音が春や夏、秋にはきくことができない、なにか特別な音にきこえてしまうからだろう。

 時おり遠くのほうで、どさっと、木の枝や屋根に積もった雪が重くなってずり落ちる渋い音がきこえ、なまけものが木から落ちたような映像がうかんでしまう。

 ちょっとした通りに出ると、この町がゴーストタウンではないことを改めて実感する。緑色のスチールダンプ、赤色の深型スコップ、青色のラッセル、金色のパイプ柄ショベル、みなそれぞれ自慢の除雪用品を両手で握りしめ、現場で働く職人よろしく慣れた手つきで要領よく雪掻きをしている。

 この町の昼と夜。幼い子どもが、悪戯に絵本のページをめくったかのような変わり様。

 昼の顔と夜の顔、ひとつの町に複数の人格が宿り、あたかも独立した町のようにみえても、それらは等しく同一のモノであり、昼と夜を重ね合わせることでこの町は成立している。

 有色と無色、充実と空虚、運動と静止、現実と空想、永劫と瞬間、希望と絶望、あらゆる項目が逆転し、少しずつ少しずつ町が呼吸をはじめる。

 この不思議な感覚、ぼくは知っている。魔法使いによる呪いがとけて、百年という深い眠りから目覚めた王女のように、この町の昼は希望と生気に満ちている。


 突然、内ポケットに入っている携帯電話が小刻み揺れ動き、一昨年紅白で歌われた曲が鳴り響く。右手でポケットをまさぐり、取りだした電話の液晶画面には藤澤総合病院と白い文字で表示され、ぼくは祈るような気持ちでボタンをおした。

 会話の途中で携帯電話を耳から離し、右手で強く握りしめながら走りだす。担当医の狂気じみた興奮が電話越しに伝わり、嬉しいとか安心したとか、直線的な感情ではない常軌を逸したなにかが、ぼくを病院へと走らせた。

 やわらかな笑みをうかべ、近寄ってくる看護婦や担当医をよけながら扉を開けると、顔をこちらに向け、ぎこちなく笑う姉さんと目が合った。ぼくは、ビジネスバッグを床に置き、倒れこむように姉さんを抱きしめた。

 母の帰りを待つ子どもみたいに、いつまでも泣き続け、姉さんは、そんなぼくの背中を優しくなでてくれた。ぼくたちは言葉を交わすこともなく、ただ、目の前にある現実を逃がさないために、お互いの存在を確認するように強く抱き合った。


 希望という小さな粒子を用いて脳内に映し出されたそれは、前もって告げ知らせることもなく訪れ気がつくと、もやもやした黒い蒸気だけが心に残り、脳内に映し出された希望のイメージは静かに消える。


 希望。将来に良いことを期待する気持ち、あることを成就させようと願い望むこと。

 絶望。望みの絶えること、希望をまったく失うこと。


 もう、数えきれないほど同じ光景をみてきたが、それは希望と呼べるほどに明るく、力強いものでは決してなく、限りなく絶望に近い皮肉な態度を孕んでいる。

 希望をもっていてそれを失い望みの絶えることが絶望であり、絶望があるから人は希望をもちたいと、将来になにか良いことを期待し、あることを成就させようと願い望む。

 普通に考えれば希望と絶望は互いに反対の関係にあり、ちょうどコインの表面と裏面のように密接で切り離せない関係にも思えるのだが、実際には、同時に成立することはなく二律背反の関係と捉えたほうが現実に合致している。

 希望にせよ絶望にせよ、それはまさに虚妄の世界であり、目覚めている人間がみる夢だという哲学者もいるようだが、ぼくの心のなかには小さな希望がひとつ、姉さんの生命と連結するかたちで確かに息づいている。

 しかし本心を言えば、その小さな希望は今にも絶えそうな不安定な状態にある。海のように広大な夜の樹海のなかで、今にも消えそうな命の灯火を抱えこむように守り、その周りを何頭かの絶望がヒタヒタと歩きまわり、小さな希望の火が消えるのを今か今かと牙を研いで待っている。

 小さな希望。前提を欠いた、偶発的な不幸が想像や理論ではなく現実に存在するのだから、同じように前提を欠いた、偶発的な幸福が起こる可能性も十分にあり、それがぼくの小さな希望の根拠である。


 古びたバス停を左に曲がり、通学用ヘルメットをかぶった集団登校中の児童の列を足早に抜かし、電信柱のそばでたばこに火をつけた。農地一面に昨日降った雪が積もり、まるで真っ白いふかふか布団をかけたように輝いて見える。

 朝の陽射しが雪肌を照らし、いくぶん暖かく感じられるが、ギラギラ眩しくて目が開かない。見慣れた景色ではあるがそれはやはり美しく、ところどころ高くなったり低くなったり起伏に富んだ農地をぼんやりと眺めながら、真っ白な岩塩の砂漠という表現が適切か、それとも口溶けのよい濃厚バニラアイスクリームと喩えたほうが的確か、などと様々な想像の産物を雪景色に重ねてみたが結局、納得のいくようなひらめきは得られなかった。

 農地の奥には、樹氷に覆われた木々が白く光り、風上側へ向かって羽毛状に成長するその姿は雪の華というよりも、白色で脆い海老の尻尾といった感じがした。

 ぼくは幅の狭い農道を歩きながら、快晴の空にそびえる富士山を眺めた。

 季節、風向、気圧の変化、周囲の温度、湿度の変化、富士山は独立峰がゆえに非常に多彩な気象変化をみせてくれる。それは代表的な笠雲にはじまり、かいまき笠、破風笠、レンズ笠、うねり笠等いろいろな名前があり、笠雲がでるとき一緒にでることが多い吊し雲では、円筒吊し、リング雲、くじら雲、ブーメラン雲など多岐に及ぶ言葉で表されている。

 六年。たしか六年前、姉さんと富士登山に挑戦したあの日から、富士山は遠くで見るから美しい、という考えが定着した。山麓周辺の不法投棄からはじまり、山小屋や木が生い茂る森のなか、岩陰に隠すように捨ててあったマッサージチェアをこの目で見たときには百年の恋も一時に冷める想いだった。

 富士山では、わりと夜間に登山する人が多く、暗いせいか思いに反して捨てたくなる気持ちはわかるし、粗大ごみを捨てるまでにかかる煩わしさも理解できなくはないが、日本の象徴であり数多くの芸術作品の題材とされる富士山をあえて選択したその心のなかを、一度切開して研究してみたいものだ。


 たて型の信号機が青色に変わると、自動車はのろのろと警戒した様子で走りだし、黒いタイヤにかぶせたチェーンが、ガラガラガラガラ、ジャラジャラジャラジャラ、重く軋んだ金属音をひびかせながら不気味な車輪の跡を雪道に残していく。

 どうやら車内には暖房という人工の春があるようで、ぼくみたいに重厚な鎧を身にまとい完全装備で車を運転しているひとは見あたらず、冬のキリリとした冷たい風に怯むことなく無表情でアクセルを踏みこんでいる。

 ああ、いよいよ車がほしい。いま現在の収入から考えても問題はないし、無駄にひろい庭をうまく活用すれば、大型車がおさまるスペースだって容易につくれるはずだ。

 最大の問題は精神的なものであり、車を買えば野郎が好き放題乗りまわすのは、火を見るよりも明らかで、態度があつかましく恥を知らない野郎のことだ、ぼくと姉さんの家を占領したように、購入したばかりの車にもそのどす黒い触手をのばし、ふと気がつくと、野郎が鍵を所持していることが普通の状態になり、貸借関係が曖昧になるおそれがある。

 とはいえ、ぼくにだって限界はある。この町に住んでいて車がないということは、明かりもなしに地中にある洞窟で暮らすのと同じくらい不便なことであり、車を買えるのにあえて買わないともなると、それはもう、変わり者を超越して気違いだと思われてしまう。

 この際、気をまわしてあれこれ邪推するのはやめにして、とりあえず軽自動車を買ってみて、それから共同で使用するための公正なルールをふたりで考えればいい。


 ぼくは立ち止まり、赤茶色に錆びた引き戸式の門扉を両手であけた。


 ポストのうえに帽子のように積もった雪をかるくはらい落とし、五分後にはごみ箱行きが確定している大量の郵便物を小脇にかかえ、誰もいない事務所の電気をつけた。

 片袖に収納がついた机が綺麗に口の字に並び、窓際には灰色のスチール書庫、それに去年買ったばかりのカラー複合機が肩を並べるように置いてあり、壁掛けホワイトボードには今月の予定がびっしり書きこまれ、その手前に所長の両袖机とぼくの席がある。

 取り立てて言うべきこともない平凡な事務所の光景である。技術者を含め二十人足らずの営業所で、本部の人間も年に数えるほどしかこないのが現状であり、この辺鄙な営業所を忘れられた営業所と馬鹿にして笑う連中もいるみたいだが、一方で離職率が異常に低いという噂を聞きつけ、遠方からわざわざ様子をみにくる輩もいる。ここはそんな職場である。

 ぼくは、パソコンの電源を順番にいれてまわり、だれかが買ってきた名前も知らない観葉植物に水をやる。この無機質な空間のなかで、唯一生命の暖かさを感じさせてくれる観葉植物は、視覚的にも感覚的にも貴重な存在といえるだろう。

 冷蔵庫からウーロン茶のペットボトルを取りだし、深ぶかと椅子に背をうずめた。各机に設置された電話機は、これから始まる嵐のような着信に備えているようでもあり、安らかに寝息を立てて眠っているようにも見える。

 キーボードに指を走らせパスワードを入力し、メールのアイコンを素早く二度クリックした。『受信トレイ(65)』。つい舌打ちする。

 マウスをぐるぐる意味もなく移動させ、それに連動して画面上のマウスポインタも旋回する。厭戦気分が漂うこのぐったりとした感覚は、休み明け月曜日特有のものであり、それは休日というゴールから最も遠い場所に自分がいるという動かしがたい事実が、たぶんこんな気持ちにさせるのだろう。

 自分を表すピンを刺した水色の自動車型のコマが、今は月曜日のマス目にとまっていて、時間の経過に伴ってコマが進み、止まったマス目の指示に従う。

 盤上ゲームの性質上、配置されたイベントは予測することが可能であり、月曜日から金曜日までの膨大な仕事を、連続した負の形で心のなかに思い浮かべてしまう愚かな想像力こそが、このぐったりした感覚の正体である。

 ぼくは、大仰に天井を仰いで溜息をついた。冷却材のように冷たい水で顔を洗い、強引に戦意の高揚をはかる手段もあるのだが、この時間帯は水道管が凍っているため、そもそも水が出ない。

 ぼくはおもむろに立ち上がり、マウスのそばに勤労意欲を置き去りにして、そのまま外へ出た。

 壁に体を預け、たばこに火をつける。

 広漠とした敷地。視界の左側には、こぢんまりとして身をひそめているような倉庫が建っていて、塗り替えたばかりのトタン屋根にはどっさり雪が積もっている。

 なかは修理工場といった格好で、どこの家庭にもあるような工具から用途がわからない電動工具まで、壁や天井を巧みに利用して整然と並んでいる。そのなかにはスペイン異端審問で使われた拷問道具かと見紛う怪しい工具も置いてあり、実際に仕事で使っているのか、それとも野郎の悪趣味のひとつなのか、いずれにせよ人の気分を害するようなものまで平然と置いてある。  

 倉庫の裏には洗濯スペースが設けてあり、黒色や青色、技術者全員分のつなぎ服がロープに干してある。ツメを地面に突き刺し、前方に倒れるように傾いた状態で静止している不格好なホークリフトは、そのまま先週金曜日の猛烈な忙しさを物語っている。

 右側の風景は、さながら格納庫といったところで、売上の大半を占める大型重機が列をつくって並び、なにか大きな戦闘に備えて待機している兵隊のような冷血な空気を感じる。

 その怪物的な馬力と不気味な外見は、時と場合によっては戦力と言えるかもしれない。もしかすると、整列した大型重機と広漠とした敷地を見て、これが日本の軍事基地だと思いこんでしまう発想力豊かな子どもが近所にいないとも限らない。


 その時、抜群に切れ味の鋭い破裂音と甲高い排気音が、町の静穏な朝を切り裂いた。

 そいつはフルフェイスをかぶり、迷彩つなぎ服に長編上安全靴という組み合わせで、前に車が通った車輪の跡をなぞるように注意深く走行している。

 その姿はどうしようもなく不均衡で、ポケットバイクレース大会にひとりだけ大人がまぎれているような違和感があり、小が大を支えるアンバランスで不格好なライダーに見える。

 ぼくは吸殻入れにたばこを落とし、フルフェイス野郎に背を向けて中へ入った。

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