十二月二十五日
十二月二十五日。
身支度を整えた新は、玄関で靴を履く。
背後では紬が見送りに来ていた。
「じゃあ行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃい。お兄様」
「……随分素直なんだな」
「どういうことですか?」
「なんていうか、紬のことだからついてこようとしたり、あの手この手で行かせないようにするかと思ってたよ」
紬はきょとんとした顔を浮かべた後、やや不機嫌そうに頬を膨らませた。
「もう、私だって時と場合を考えます……そりゃ、思うところがないと言ったら嘘になりますけど……」
視線を逸らす紬の心情は「二人きりの時間が羨ましい」といったところだろう。
「……まぁ、土産は買ってくるからよしなに頼むよ」
新は半身の姿勢で紬へ振り向いたまま、玄関のドアノブに手をかけた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
やんわりとした紬の笑みを見てから、新は家を出る。
冷たい冬の空気が一気に頬に張り付いた。
いつもなら叶が藤宮家にやってくることがほとんどだが、今日に限っては新が柚木家に行って叶を迎えに行く。
といっても家は隣。
迎えに行く、なんて大袈裟に言うほどの距離ではない。
ただ、なにかがいつもと違う。
玄関前から動かない新の脳裏には、昨夜の御言との会話が残り続けていた。
叶が新以外の男に想いを寄せて、隣を歩く。
その距離が異常に近くて、一緒に笑いあって、何かあれば真っ先にその男を頼る。
そんな時がいずれ来るのだろうと、昔から思っていた。
しかし昨夜から、そんな叶の姿を想像した途端、胸の奥に言いようのない不快感が広がる。
「なんか昨日から……おかしいな」
呟いた新は大きく息を吐く。
それがいつもと違う心情の現れか、ただのため息なのかはわからない。
だが、その中でも確かなものがある。
今日の叶との外出は、いつも以上に楽しみなことだ。
それが誕生日だからなのか。
昨夜、御言にあんなことを言われたからなのか。
あるいは――別の理由なのか。
今はまだ、そこまで深く考えなくてもいい気がする。
「……とりあえず行くか」
誰に聞かせるでもなく再び呟いた新は歩を進め、門扉を開ける。
そして柚木家の方へ身体を向けた、その時だった。
「……叶?」
柚木家の外壁の前では、すでに叶が白い息を吐きながら、小さく両手を擦り合わせていた。
頭の後ろでは昨夜紬から贈られた花飾りのついたヘアゴムが藍色の髪を束ねている。
束ねられた毛先はいつもよりふんわりと巻かれ、茶色のロングコートの内側には、生成り色のニットと深いボルドーのロングスカートが覗いている。
首元には新がクリスマスプレゼントとして贈ったマフラーが巻かれていた。
「あ、新……おはよ!」
「おはよう……待ってなくて良かったのに」
「た、楽しみで落ち着いてられなくて……」
恥ずかしそうに笑う叶に、新はすぐには言葉を返せなかった。
別に珍しい格好をしているわけではない。
叶の私服姿くらい何度も見ているし、髪を巻いている姿も初めてではないのに、今日はやけに目を奪われる。
「新?」
叶が首を傾げて、新は我に返った。
「あぁごめん! 行こうか」
「うん、お願いします」
叶が嬉しそうに新の隣へ並ぶ。
これまで何度となく二人で歩いてきた道を、いつもとは違う感情を抱きながら、新は叶と共に歩み始めた。




